と、駅の入口が、遠目にも見える頃になって、おやっ――と、気がついた。
いつからか、自分のものとは違う足音が、わずかに遅れて聞こえながら、進む方向について来ていた。
思わず、アマガエルは、歩みを遅くした。
やはり、あとをつけられているのか、距離が離れているとはいえ、後ろから聞こえてくる足音も、アマガエルの歩調に合わせて、ゆっくりとしたリズムに変わった。
――誰だろう。
と、アマガエルは、歩きながら考えていた。
教団なら、先に店を出たニンジンのあとを、追いかけるんじゃないだろうか。放火事件を調べている警察なら、警察署に出向いていった時に追い返さず、事情聴取をすればよかった。
「こりゃ、“灯台もと暗し”って、やつですかね」と、アマガエルは、自分自身に苦笑した。
ニンジンのことばかり気にしていたが、一連の事件に関わっているのは、自分も同じだった。為空間から帰ってきた子供達と、最後まで一緒だったのは、ニンジンと、アマガエルの二人だった。
真人の姿は見ていないが、戻って来た恵果は、確かに寺に泊めてやった。
朝になって、どこかに行方をくらませてしまった恵果だが、直前まで一緒にいたアマガエルが、悪魔をかくまっている。と勘違いをされてつけ狙われても、おかしくはなかった。
後ろからつけてくる足音を気にしつつ、アマガエルは、地下に向かう通路を進んで行った。
――プラットフォームで、車両の到着を知らせるアナウンスが流れると、なにげないのを装って振り返り、あとをつけてきている者の姿を探した。
しかし、列に並ぶ人々に紛れて、怪しいと思われる者の姿は、まるで見つけられなかった。
アマガエルは、小刻みに列車に揺られながら、目的の駅に到着すると、つかまっていた吊革を離し、降車する乗客の中に混じって、列車を降りた。
駅の外に出てくると、寒さは相変わらずで、思わず身震いが出た。駅の階段を上り下りする人の足音で、あとをつけてくる者の足音は、かき消されていた。
まっすぐ、寺に帰ろうとは、思っていなかった。どこかで、正体を暴いてやるつもりだった。
と、遅い時間にはらしくない、小さな女の子の姿があった。
ジャンパーを着ていても肌寒い中、半袖の白いワンピースを着た女の子は、少し離れた交差点を、青信号の点灯に合わせて、駆け足で横切っていった。
「――ケイコちゃん?」と、アマガエルは、思わず声を出していた。
道路を照らす街灯の明かりだけでは、暗くてよく見えなかったが、雰囲気は、恵果にそっくりだった。
「ちょっと待って」と、アマガエルは走り出していた。「ちょっと、聞きたいことがあるんだ」
どこをどう走ったのか、なかなか距離が縮まらなかった。ちらほらと、見え隠れする小さな姿を、アマガエルは夢中で追いかけていた。
息が切れるほど走ったにもかかわらず、小さな女の子の姿は、とうとう見えなくなってしまった。立ったまま、膝についていた手を離して顔を上げると、そこは、知らない住宅街の中だった。
「――」と、周りを見回しつつ、アマガエルは、車の往来が見える道路に向かって、歩き始めた。
歩きながら、見失った女の子の姿がないか、あきらめきれず、きょろきょろと辺りに目を走らせていた。
と、いつのまにか、後をつけてきていた足音が、聞こえなくなっていた。
追っ手が見失うほど、息せき切って走っていたわけではなかった。アマガエルは、立ち止まって後ろを振り返ったが、がらんとした夜中の道路には、誰の姿もなかった。
車が走る通りに出ると、道路に掲げられた標識の案内で、自分の居場所を知ることができた。
それほど、駅から遠く離れていないのはわかっていたが、どことなく、見覚えのある町並みだったのは、ニンジンの探偵事務所がある近所だったからだった。
「やれやれ」と、アマガエルは、ほっとしたように言った。「まかり間違えば、歓迎されない客を連れて行くところでした」
くるり踵を返そうとして、アマガエルは、振り向いたまま足を止めた。
かすかに、鉄のような匂いを感じていた。血のにおいだった。
アマガエルの表情が、とたんに厳しくなった。
引き返そうとしていた体を戻し、わずかに漂ってくる匂いを、慎重に追いかけていった。
等間隔に並ぶ電柱に設置された街灯が、住宅街に延びる道路を、点々と照らしていた。
と、駐車場にしては狭い、物置を置くには広めな住宅の陰で、アマガエルは足を止めた。
街灯の光が届くか届かないか、微妙な距離感の場所は、身を隠そうとするなら、ちょうどいい場所かもしれなかった。
膝を折ったアマガエルは、敷き均された砂利に目を凝らした。街灯の明かりを、自分の影が遮って暗かったが、なにやらわずかに色の変わった場所に手を伸ばすと、指先に液体が触った。
匂いを確かめると、鉄のような匂いが、ツンと鼻をついた。
「血ですね――」と、アマガエルは言った。
立ち上がったアマガエルは、怪我を負っているだろう、人影を探した。
血の跡の残る隙間の奥は行き止まりで、誰もいなかった。と、奥の突き当たりまで足を伸ばそうとして、硫黄の匂いが、かすかに残っているのに気がついた。
「いまじき、花火をする人はいないよな」と、アマガエルはつぶやいた。
道路に出て、血の跡がないか見回したが、どこにも残っていなかった。
さて、怪我人はどこに行ったのか――と、道路の先を見ながら顔を上げたアマガエルは、あきれたように、ため息をついた。
「前」
「次」
いつからか、自分のものとは違う足音が、わずかに遅れて聞こえながら、進む方向について来ていた。
思わず、アマガエルは、歩みを遅くした。
やはり、あとをつけられているのか、距離が離れているとはいえ、後ろから聞こえてくる足音も、アマガエルの歩調に合わせて、ゆっくりとしたリズムに変わった。
――誰だろう。
と、アマガエルは、歩きながら考えていた。
教団なら、先に店を出たニンジンのあとを、追いかけるんじゃないだろうか。放火事件を調べている警察なら、警察署に出向いていった時に追い返さず、事情聴取をすればよかった。
「こりゃ、“灯台もと暗し”って、やつですかね」と、アマガエルは、自分自身に苦笑した。
ニンジンのことばかり気にしていたが、一連の事件に関わっているのは、自分も同じだった。為空間から帰ってきた子供達と、最後まで一緒だったのは、ニンジンと、アマガエルの二人だった。
真人の姿は見ていないが、戻って来た恵果は、確かに寺に泊めてやった。
朝になって、どこかに行方をくらませてしまった恵果だが、直前まで一緒にいたアマガエルが、悪魔をかくまっている。と勘違いをされてつけ狙われても、おかしくはなかった。
後ろからつけてくる足音を気にしつつ、アマガエルは、地下に向かう通路を進んで行った。
――プラットフォームで、車両の到着を知らせるアナウンスが流れると、なにげないのを装って振り返り、あとをつけてきている者の姿を探した。
しかし、列に並ぶ人々に紛れて、怪しいと思われる者の姿は、まるで見つけられなかった。
アマガエルは、小刻みに列車に揺られながら、目的の駅に到着すると、つかまっていた吊革を離し、降車する乗客の中に混じって、列車を降りた。
駅の外に出てくると、寒さは相変わらずで、思わず身震いが出た。駅の階段を上り下りする人の足音で、あとをつけてくる者の足音は、かき消されていた。
まっすぐ、寺に帰ろうとは、思っていなかった。どこかで、正体を暴いてやるつもりだった。
と、遅い時間にはらしくない、小さな女の子の姿があった。
ジャンパーを着ていても肌寒い中、半袖の白いワンピースを着た女の子は、少し離れた交差点を、青信号の点灯に合わせて、駆け足で横切っていった。
「――ケイコちゃん?」と、アマガエルは、思わず声を出していた。
道路を照らす街灯の明かりだけでは、暗くてよく見えなかったが、雰囲気は、恵果にそっくりだった。
「ちょっと待って」と、アマガエルは走り出していた。「ちょっと、聞きたいことがあるんだ」
どこをどう走ったのか、なかなか距離が縮まらなかった。ちらほらと、見え隠れする小さな姿を、アマガエルは夢中で追いかけていた。
息が切れるほど走ったにもかかわらず、小さな女の子の姿は、とうとう見えなくなってしまった。立ったまま、膝についていた手を離して顔を上げると、そこは、知らない住宅街の中だった。
「――」と、周りを見回しつつ、アマガエルは、車の往来が見える道路に向かって、歩き始めた。
歩きながら、見失った女の子の姿がないか、あきらめきれず、きょろきょろと辺りに目を走らせていた。
と、いつのまにか、後をつけてきていた足音が、聞こえなくなっていた。
追っ手が見失うほど、息せき切って走っていたわけではなかった。アマガエルは、立ち止まって後ろを振り返ったが、がらんとした夜中の道路には、誰の姿もなかった。
車が走る通りに出ると、道路に掲げられた標識の案内で、自分の居場所を知ることができた。
それほど、駅から遠く離れていないのはわかっていたが、どことなく、見覚えのある町並みだったのは、ニンジンの探偵事務所がある近所だったからだった。
「やれやれ」と、アマガエルは、ほっとしたように言った。「まかり間違えば、歓迎されない客を連れて行くところでした」
くるり踵を返そうとして、アマガエルは、振り向いたまま足を止めた。
かすかに、鉄のような匂いを感じていた。血のにおいだった。
アマガエルの表情が、とたんに厳しくなった。
引き返そうとしていた体を戻し、わずかに漂ってくる匂いを、慎重に追いかけていった。
等間隔に並ぶ電柱に設置された街灯が、住宅街に延びる道路を、点々と照らしていた。
と、駐車場にしては狭い、物置を置くには広めな住宅の陰で、アマガエルは足を止めた。
街灯の光が届くか届かないか、微妙な距離感の場所は、身を隠そうとするなら、ちょうどいい場所かもしれなかった。
膝を折ったアマガエルは、敷き均された砂利に目を凝らした。街灯の明かりを、自分の影が遮って暗かったが、なにやらわずかに色の変わった場所に手を伸ばすと、指先に液体が触った。
匂いを確かめると、鉄のような匂いが、ツンと鼻をついた。
「血ですね――」と、アマガエルは言った。
立ち上がったアマガエルは、怪我を負っているだろう、人影を探した。
血の跡の残る隙間の奥は行き止まりで、誰もいなかった。と、奥の突き当たりまで足を伸ばそうとして、硫黄の匂いが、かすかに残っているのに気がついた。
「いまじき、花火をする人はいないよな」と、アマガエルはつぶやいた。
道路に出て、血の跡がないか見回したが、どこにも残っていなかった。
さて、怪我人はどこに行ったのか――と、道路の先を見ながら顔を上げたアマガエルは、あきれたように、ため息をついた。
「前」
「次」