くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

狼おとこ(96 終)

2022-05-15 19:25:12 | 「狼おとこ」

 人間になりたいなんて、よくもまぁおまえ達の仲間は、自分達を否定するような夢を見たもんだよ。
 いいか、おまえの初代は、ようやく火が使えるようになった時代、人が使う火なんて恐れもしない獰猛な獣や、圧倒的に強大な自然と闘うために、神に望んで大いなる力を身につけたんだぞ。そうするしか、仲間を助けられなかったからだ。
 自分を認めたくないなら、好きにすればいい。それはおまえの勝手だ。だけどな、おまえ達が代々伝えてきた力は、おまえだけのものじゃない。その力を投げ出すなんて、おまえが決めていいもんじゃない。その力がなければ、助けられない命があるんだ。
 おまえは生きろ。そして助けろ。それがおまえの使命だ」
「なんで、なんでそんなにくわしいのさ」と、グレイは信じられないように言った。「ぼくの先祖のことなんて、おまえが知ってるわけがないんだ」
「よく知ってるさ。おまえ達の初代は、おれの目の前で、狼に変身したんだからな」と、男は言った。「どんなに傷ついたって、泣き言ひとつ言わなかったぜ。厳しい寒さに手足が凍傷で失われても、襲ってくる獣に心臓を食い破られても、時が満ちれば、塵ひとつになったって、元どおり蘇ってきた。おまえらがあいつと同じ血を持ってるだなんて、考えただけで悲しくなるぜ」
「――」と、グレイは言い返せなかった。できれば、もっと先祖の話を聞かせて欲しかった。
「いいか、おまえはここから引き返すんだ」と、男は言った。「おまえ一人くらいなら、この迷路に風穴を開けてやれる。外に出られたら、なんとか生き延びて、山を越えるんだ。10年後だ。今のオレとは姿が違ってるだろうが、必ず迎えに行く。おまえらの血を、これ以上あいつらに流させやしない」
「――あんたは、どうするんだ」と、グレイが言った。「ここから、無事に出られないんだろ」
「ああ。オレの命は、ここに置いていくさ」と、男は言った。「だが、またどこかで蘇る。無駄死にはしないぜ。ここの秘密を、できる限り拾っていってやるさ」

「準備はいいな――」

 と、戸惑うグレイの目の前で、男は石柱のひとつに指先で奇妙な絵を描いていった。どういう現象か、火花を散らしながら描かれる線は、なにかの文字にも、どこかで見覚えのある紋様のようにも見えた。
 素早く絵を描き終わった男は、「正体を出しやがれっ」とつぶやきながら、石柱を思いきり蹴り上げた。
 グレイが男を最後に見たのは、延々と続く石柱があっという間にどこかに消え去り、代わって、果てしなく続くかと思われるような岩だらけの荒野が、現れたところだった。
 幻だったかもしれないが、男の背中の向こうに、天使の形をした透きとおった像が立っているように見えた。
 ――と、なにか声をかけようとしたグレイが立っていたのは、アリエナと一緒にいた、山小屋の中だった。

 ――――――    

「くそっ。あんな目くらましに、誰が引っかかるかってんだ」と、男は言うと、足元の土を口いっぱいに頬ばった。「――」
 と、なにかを言いかけた男は、すぐに影も形もなく、蒸気のように消え去った。
 消え去る寸前に浮かべた男の笑顔は、確かに「ここの秘密、覚えたぜ」と、そう言っているようだった。

                        おわり。そして、物語はつづく――。

 

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狼おとこ(95)

2022-05-14 21:34:55 | 「狼おとこ」

 魔女達がここを聖地とあがめて、自分達で道を隠しているのはわかったが、連中の魔法を破れば道が開く、なんて簡単なもんじゃなかった。あいつらの使う魔法なんて、昔の連中を知ってるオレに言わせりゃ、使ってる呪文はところどころ歯抜けだし、でたらめもいいところだ。だけど道の入り方がわからなかったんで、仕方なく話を聞きに行ったのさ。ま、おまえと同じように、最後は半分言い争って終わっちまったんだけどな。
 ――見てわかったろ。星と関係があるんだよ。ここの道を開くには、その条件が揃わなきゃならなかったんだ」
「それって、ぼくと同じ、月と関係あるってこと?」と、グレイは言った。
「おまえが変身する条件と、ほとんど同じさ」と、男はうなずいて言った。「だから、今日だったのさ。そのためにオレは、審問官達の注意を森じゃなく、町の方に向けたかったんだ」
「――じゃあここって、魔女の聖地なの」と、グレイは言った。
「魔女の連中はさ、おまえ達と同じで、自分達の魔法は、この場所で授かったと思いこんでるんだ。“はじまりの場所”とかって、最初の魔女が誕生した場所だってな。
 笑っちゃ悪いが、空に向かって口を開けてたら、魔法の呪文がどこからか口に入ってきた、なんてあるわけがないだろ? それが遠い昔からの伝説なら、なお疑わしいってんだ。誰も見ちゃいないんだから、無責任な夢物語をでっちあげられる」そうだろ――。
 と、グレイは、信じられないというように首を振った。「おまえこそ、なんのためにここに来たのさ? この場所に来れば、人間に戻れるって噂は、確かに間違いだった。でも、この遺跡からは、見たこともない強い力を感じる。そんな場所で、おまえはなにをするつもりだったんだ」

「この先にいるやつに、文句を言いに行くんだよ」と、男は言った。

「この先に、誰かがいるの?」と、グレイは驚いた顔をして言った。「それはもしかして、神様かい。それとも、天使なの――」
 と、男は頭を掻き掻き言った。
「おまえが言うようなやつがいたとして、人の願いなんか、都合よく叶えてくれるはずがないだろ」――ちょっとは考えろよ。「自分達の祖先が力を授かったっていう昔から、今の今まで、この場所に通じる道を守ってきた魔女が、自分達に危機が迫っても助けてもらえず、審問官からさっさと逃げ出したんだぞ。まぁ、道を守ってきたっていうより、あいつらはこの場所を、自分達だけのものにしたかっただけだろうがな」
「ぼくも、この奥にいるやつに会いに行く」と、グレイは決心したように言った。「人間にして貰うんだ」
「それは、だめだ」と、男は首を振った。「この奥にいるのは、おまえが考えてるようなやつじゃない。命を落とすだけだ」
「――」と、グレイは黙って首を振った。
「今のおまえならわかるだろ」と、男は考えさせるように言った。「オレは命を落としても、新しい体を得てまた復活できる。だけどおまえが命を落とせば、普通の亡骸になるだけだ。いや、面白がって剥製にされるかもしれねぇな。

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狼おとこ(94)

2022-05-13 20:46:41 | 「狼おとこ」

「森に近道を作って逃がしてやったのに、やっぱりおまえは、カッカを見殺しにできなかったらしいな。おとなしくしているとは思わなかったが、のこのこ山を下りてきやがって――。
 で、審問官達も、ここに連れてきちまったんだろ?
 普通の人間じゃ、ここは抜け出せやしない。あいつらがやってきたことを考えりゃ、いい気味だが、余計なことしやがって。
 審問官達が森で消えた。なんて迷惑な伝説が、ひとつ増えちまうじゃねぇか」
 グレイは男と距離を取り、品定めをするように男の周囲を回った。
「ぼくを助けたのは、魔女だ」と、グレイは言った。「普通の人間が、魔法を使えるはずがない」
「おいおい、そりゃないぜ。そのおかげで、命が助かっただろ」と、男は困ったように首を振った。「おまえの言うとおり、オレは人間だよ。けどな、十字教の連中には、悪魔とか、大魔人とか言われてるんだぜ」

「――マジン?」と、グレイは眉をひそめた。

「ああ。あいつらの狙いは、本当はオレだったのさ。ここ最近じゃ、追跡技術が進歩してきて、逃げるのにも骨が折れるんで、さっさと殺されてやってたんだが、確かめなきゃならないことができたもんだから、ここんところは、うまいこと逃げ続けてたんだ。
 で、オレの命を狙う審問官達は、なかなか尻尾を出さないオレの代わりに、狼男だの魔女だのって、手近な標的をでっち上げて、自分の立場を守ってるのさ。
 逃げ続けてるのは、おまえも同じだろ――」
 男に同じと言われて、グレイは大きく首を振った。
「おまえなんかと一緒にするな。この裏切り者」と、グレイは吐き捨てるように言った。
「へぇ。おまえが今ここにいるのは、誰のおかげだよ」と、男は言った。「魔女に助けられたと思ってるらしいが、そりゃとんだ思い違いだ。逆に、狼の小僧に罵られたって、そりゃお冠だったからな。審問官が動きだしたとたん、魔女のやつらは仲間を連れて、さっさと別の土地に逃げていったよ。ただ、叱責された恨みを晴らすのに、おまえを最後の最後で、罠にはめたのさ」
「じゃ、この遺跡に来られたのって――」
「やっと考えが追いついたか」と、男は言った。「そうさ、出口のない場所に迷いこませて、おまえを困らせようとしたんだよ」
「でも、今のぼくなら、絶対に出口を探せるさ」と、グレイは「そんなことはない」と言い返した。
「その思い上がりに、つけこまれたんだぜ」と、男は言った。「この場所を守ってる魔女が、安易によそ者を立ち入らせるわけがないだろ。はかりごとがあるから、この場所にいられるのさ」
「――」と、グレイがなにかを言うより早く、男が言った。
「この森に道が通じているのはわかってたんだ。それは、おまえも同じみたいだな。ただ、探すのに苦労したんだぜ。オレにも審問官達の追っ手がついて回るからな。で、見た目どおり、年を食っちまったってわけさ。

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狼おとこ(93)

2022-05-12 19:36:57 | 「狼おとこ」

 遠目に見れば、やすやすとたどり着けそうなのだが、走っても走っても、段差の着いた石柱が延々と続き、いっこうに中心は近づいてこなかった。

 見るのはいいが、誰も近づけさせたくないのか――?

 森の中に道を出現させたのと同じく、魔女の仕業かと思ったが、そんなはずはなかった。
 ここが、探していた“はじまりの場所”に違いなかった。ここから先に進むめるかどうかは、きっと自分次第なのだろう。
 さらに奥へ奥へと進んで行くと、辺りに霧が立ちこめてきた。
 だんだんと白く、息苦しいほど濃くなっていく霧は、鋭くなった感覚を眩ませ、足元の石柱を踏み外して、危うくまっ逆さまに落ちそうになった。
 しかたなく、草むらに降りたグレイは、石柱の間を手探りで、遺跡の中心に向かって進んでいった。

 ――と、白い霧の先から、人のいる気配と、覚えのある匂いが伝わってきた。
 
「誰だ」と、グレイは白い霧の向こうを見ながら言った。「そこにいるのは誰だ」
 審問官達の誰かか、と歯ぎしりをしたグレイだったが、聞こえてきた声を耳にしたとたん、その思いは怒りに変わった。

「おまえこそ、誰だよ」

「ニック!」と、グレイは火を吐くように言った。「この裏切り者が」
 白い霧の向こうに現れたのは、アリエナの居場所を密告したニックだった。
 グレイは、怒りにまかせてニックを引き裂こうと、鋭い爪の伸びた両手を広げた。
 が、ニックの姿を目の前にすると、なにかが違うことに気がついた。

「おまえ、ニック――? だろ」

「なんだ、おまえか」と、ニックの姿をした男が残念そうに言った。「ぞろぞろ人がやって来た気配がしたが、おまえを追いかけてきた連中だったのか。カッカの処刑が行われるって、みんなそこにいるはずだったんだけどな」まぁ、しょうがねぇか――。
「おまえはニックじゃない」と、グレイは言った。「ニックはどうしたんだ。ここで、なにをしてるんだ」
 ちぇっ、と男は舌打ちをすると、つまらなさそうに言った。
「満月の日になにを言っても、おまえは騙しとおせないか」と、男はあきらめたように言った。「オレはさ、審問官達が追いかけていた、本当の標的だよ」
「――」と、グレイは首を傾げた。

 

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狼おとこ(92)【8章 それから】

2022-05-11 19:13:16 | 「狼おとこ」

         8 【それから】
 グレイは、ひりひりと感じる強い力の方に向かって、そびえ立つ石柱の上を軽々と移動していった。
 人のままであったなら、聞き取ることができなかっただろう天地のうなり声が、

 ゴゴゴゴゴ――……

 と、わずかな振動となって、グレイの全身を震わせていた。
 カッカを助けなければ、という一心で、山小屋を飛びだしたものの、アリエナが危うさを感じていたとおり、後先のことなど、なにも考えていなかった。
 狼の姿に変身したせいか、気持ちまでもが恐れ知らずになり、冷静さを保っているのは難しかった。
 カッカが張りつけられていた十字架を引き抜いた時、森の奥で、どこかに通じる道が開いたのがわかった。警戒して意識を集中させたが、新たな追っ手が向かってくることはなかった。
 アリエナから聞いていた、森の中に現れた近道だと、すぐに直感した。
 ただ、実際に足を踏み入れるまで、遺跡に通じる道だとは、思いもしなかった。
 しかし、探していた古代の遺跡を目の前にして、うわさに聞いたとおり、人間に戻れる場所が確かにあった、という感動よりも、そびえ立つ遺跡から伝わってきた“人間になれはしない”というくやしい事実が、ため息となって口をついた。
 魔女が、どうしてこの場所を隠していたのか、理由はわからなかった。ただ、人間になれる場所を探していたグレイにとって、たとえ魔女が真実を話したとしても、けして信じようとしなかったことだけは、明らかだった。だから自分の目で、真実を確かめさせたのだろうか――。
 追い求めてきた幻想から目を覚まされたせいか、気がつけば変身が解け、人の姿に戻っていた。
 もしや、普通の人間になれたのでは? と淡い期待にほくそ笑んだが、能力は狼に変身した時と変わらなかった。
 この遺跡の力だ、とグレイにはわかった。遺跡の中にいるだけで、満月が上っている時と同じか、それ以上の力が、体中に充ち満ちてきた。狼に変身しなくても、自分が持っている能力が、自然に使えるようだった。
 普通の人間に戻ることはできなかったが、そんな噂が伝わるのも理解できるほど、強い力がほとばしり出ている場所であることは、間違いなかった。
 その源まで行けば、ひょっとすると、魔女も知らない奇跡が起こるかもしれない……。グレイは、遺跡の出口を探すことよりも、あきれめ切れない希望を抱き、力の源を探ることしか、ほかに考えられなかった。

 どこだろう……。

 と、グレイは石柱の上を次々と飛び移っていったが、遺跡の中心に行こうとしても、まるで近づけなかった。

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狼おとこ(91)

2022-05-10 19:21:58 | 「狼おとこ」

「あんたもだよ」と、ゲリルは素早く振り向くと、銃を撃った。しかし、石柱の上から見下ろしているグレイには、当たらなかった。
「もう見切ったよ。その銃は、そこからじゃ当たらない」グレイが言うと、ゲリルは銃を構えながら近づこうとした。
「おっと、待った」と、グレイは服の下から、手の平ほどの石を取りだした。ゲリルは、その時はじめて気がついた。グレイは、もう狼の姿をしていなかった。

「それ以上近づくと、この石を投げる――」

「小僧、狼男はもうやめたのか?」と、ゲリルは訊いた。「やっぱりおまえは、半端な小僧だよ。牙も生えない、変身もできないんじゃ、“狼おとこ”が精一杯だな」
「もうあんたの銃は通じない。さっきもこの石が守ってくれた。変身は解けたが、まだ五感の鋭さは残っている。銀の弾をこの石で受けるくらい、なんでもないさ」
「――勝ったつもりでいるらしいが、この森から一歩でも外へ出てみろ、おまえは必ず捕まるぞ」
 ゲリルは不敵に笑った。
「まだわからないんだね」と、グレイは同情するように言った。「ここは、獣も人も関係ない、聖なる土地なのさ。ぼくも、ここまで入りこむのははじめてなんだ。本当はここから、どう外へ出ていいのかもわからない。あんたの仲間達は、もうとっくに迷宮でさまよい始めたよ。残ったのは、ぼくらだけさ――」
 ゲリルはグレイの乗った石柱にさっと回りこむように近づくと、頭を低くして銃を構えた。しかし、またしてもグレイは身を翻し、いつのまにか石柱の上からいなくなっていた。
 と、ゲリルの手から銃がもぎ取られた。あわてて取りかえそうとしたが、拳銃を持ったグレイは手の届かないところに立っていた。
「ここでは、ぼくもあんたも、同じだ」と、グレイは拳銃をゲリルに向けた。「この遺跡は、聖なる森に自由に出入りできた古代の人々が、ぼくらにはまったく想像もできない技術で作ったものだ。きっと、この聖なる土地の力を得るためだと思う。その力を、何に使ったのかなんて、誰も知らない。遠い昔のことだもの、忘れられてしまったんだろう。けど、この土地は変わらない。ここは、命の源のような気がする。だからここでは、獣も人も、区別がない――」
「うるさいぞ、小僧。なら、ここは神の領地だというのか」
「神様はそっちの専門だろ。ぼくは、感じることしかわからない。――でも、もしきっとみんなが考えを積み重ねていけば、その時は本当のことがわかるかもしれない」
 グレイは、ぽん――と、拳銃をゲリルの足元に放り投げた。
「ぼくは、あんたが憎い。だからここへ誘ったんだ。あんたの力が及ぶ世界では、ぼくはただの魔物にすぎないから。ここからは、簡単には抜け出せない。屁理屈は通用しない。頼れるのはただ、自分だけなんだ」
 グレイは、ゲリルを見据えながら、ゆっくりと後ろへ下がっていった。姿が月明かりに飲まれ、しかし声だけは、ゲリルの耳に届いてきた。

「あんたは、好きなところへ行けばいい。自分の力で、自由にしていいんだ。ぼくも。正直生きていられるか自信がない。けど、生き残ってみせる。それが最大の復讐だって、友達が教えてくれたから。
 君達だって、動物じゃないか。ぼくは感じるよ。この森は、命に満ち溢れているって。
 じゃ、さよなら――」

 ゲリルは銃を手に取ると、グレイが去っていった星空の向こうを撃ちまくった。弾を撃ち尽くすと、ゲリルは拳銃を放り投げ、膝を突きつつ、月を見上げて吠えた。その声は、しんと静まり返った遺跡に吸いこまれた。断末魔にも似た声は、明るい闇夜にも響かず、雨が地中に吸いこまれるように、静かにかき消えた。

                           おわり。そして、つづく――。

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狼おとこ(90)

2022-05-09 19:36:35 | 「狼おとこ」

「いや、いいんだ。これだけは言わせてくれ。
 審問官達と戦わなければならなかったのは、おれ達の方なのさ。
 逃げろ、逃げ延びてくれ。おまえは、おれの目を開けてくれたんだから……」
 グレイは、差し出されたカッカの手を握りしめた。

「ここにいれば、アリスが見つけてくれます。がんばって――」

「おまえもな」と、二人は互いの目を見て、力強くうなずいた。
 グレイはカッカを残し、さらに獣道を奥へと走っていった。


 ゲリルは困惑していた。山が、どこか変わっていたからだった。松明のあかりに照らされた目の前には、人が作ったようなきれいな道が、はるか先まで延びていた。
 森の中は、不自然なほど暗かった。あれほどまぶしく輝いていた満月の光が、森の中にはまったく差してこなかった。
「こいつは、一体なんなんだ」と、供をしている兵卒達も、それぞれに怯えの色を浮かべていた。
 山へ入る直前に別れた仲間達がどうなったのか、それすらわからなかった。いくら呼びかけても、返ってくる声すらなかった。松明のあかりは、月明かりも届かないほど暗く深い闇の中では、あまりに頼りなかった。

「くそう、小僧め、どこに行った――」

 ゲリル達は、道をたどって、奥へ奥へと進むしかなかった。
 やがて、月明かりに照らされた草原が広がった。森の中にぽっかりと開いたその場所には、見上げるほど巨大な石柱が、延々とそびえ立っていた。
「なんなんだ……」と、兵卒達が口々にどよめいた。ゲリルは、汗ばんだ手を拭いて拳銃を握り直し、鋭い視線を周囲に向けた。
「手分けして探すんだ」と、ゲリルは言った。
 ゆっくりと、ゲリルは松明を掲げながら、古代の遺跡らしい石柱の間を縫っていった。
 点々とそびえる石柱は、ゆったりと円を描いて立てられていた。重く高い石柱の内側を、また別の石柱が、やはり円を描くように据えられていた。そのさらに内側にも、一見乱雑に石柱が立ち並び、どこまでも続くかのような石柱の間を見通すと、遙かにそびえ立つ石柱の真上に、煌々と光り輝く満月が、まぶしく浮かんでいるようだった。

「なんなんだ、これは――」

「ぼくにもわからない」
 ゲリルはくるりと向き直ると、声のした方を目がけて銃を撃った。
「くそっ、逃げられたか」と、ゲリルは舌打ちをした。「小僧、姿を見せろ、もうどこへも逃げられないぞ」

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狼おとこ(89)

2022-05-08 18:42:57 | 「狼おとこ」

「そんな、ばかな――」と、ゲリルは夢中で走った。「銀の弾を食らって、平気なはずがない。それとも、新たな月の魔力なのか」
 ゲリルはいっさんに駆けた。

 ――――……
 カッカを十字架ごと背負ったグレイは、町を下りる方向に踏み出したが、なにを思ったのか、不意に踵を返すと、逆に山に向かって走っていった。

「ばか野郎、助けになんか来やがって――」

「ぼくは、誰も見殺しになんかできない」
「けっ」と、カッカはグレイの背に揺られながら、唇をほころばせた。「ばか野郎、おまえは本当にばか野郎だよ」

 ゲリルは、馬に乗った兵卒の後ろに飛び乗り、グレイの後を追っていた。

「逃がすな、奴を捕まえるんだ」と、ゲリルは叫んだ。

 山は、もう目と鼻の先に迫っていた。
「くそっ、やつを山に入れるな」と、ゲリルは後ろに続く者達に叫び、正面に向き直ると、言った。「小僧め。山に入れば逃げられると思っているのか。人間だって、山狩りができることぐらい、知らぬはずはなかろうに――」
 グレイは、寸前に迫った追っ手を振り切り、山へと走りこんだ。それを見たゲリルは歯がみし、馬をおりて部下に指示をくだした。

「山狩りだ、松明を持ってこい! やつはもう袋のネズミだ」

 ゲリル達は何人かのグループに分かれ、松明を手に山へ分け入っていった。

 ――――――    

 グレイは、カッカを十字架からおろすと、獣道の脇に生えている木の根元に横たえた。
「ここにいれば、もう大丈夫です」
「おまえは、どうするんだ――」
 グレイは、言葉を飲んだ。
「おれ達が間違っていたよ。あそこに張りつけられていた時、そう思った。正々堂々戦うべきだったんだ。おまえ一人に荷物を預けちまったな、許してくれ」
「カッカ、もうしゃべらないで。無理しちゃいけないよ」

 

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狼おとこ(88)

2022-05-07 21:50:14 | 「狼おとこ」


「あいつは、必ず来る……」

 同じ頃、ゲリルはかがり火のそばに立ちながら、つぶやいていた。星明かりで明るい空には、真円の月が静かに浮かんでいた。
「あいつは、必ず来る」と、ゲリルは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
 十字架にかけられたカッカの周りを、鎧を纏った兵卒達がぐるりと取り囲んでいた。銃を持つ者を前に、剣を手にした者は後ろに。そして、手に手に松明を持った僧達が、町中を巡回していた。
 カッカは、赤紫色に腫らした顔をうつむけ、力のこもった目だけをギョロリとさせ、唇を噛みながら、グレイが来ないでくれることを一心に念じていた。
「くっそう――あのガキめ」と、ゲリルは膝を絶えず動かし、イライラとした口調で言った。
「ケッ、あいつはそんなにばかじゃねぇよ」と、カッカが小さな声でつぶやいた。
 ゲリルはその声を聞き、どきりとするような悪意に満ちた笑いを浮かべると、言った。
「山男め、おまえが望むなら、ひと足早くあの世に送ってやろう――」と、ゲリルはそばにいた兵を向き、手で首をちょん切る真似をしながら、「やれ」とつまらなさそうに言った。
 兵卒はうなずくと、構えていた銃をおろし、腰に帯びた剣を抜いて、カッカの足元に近寄った。
 いまにも、重たい剣がカッカの体を突き刺そうとする時、松明を持って見回っていた僧達が、色めき立った。

「来たか――」

 ゲリルは兵卒を制すると、拳銃を取りだして声のした方へと駆けていった。
 グレイは、やって来た。
 夜の町は、放り投げられた松明と、僧達があげる苦悶の声で溢れかえっていた。
 グレイは、まるで風のようだった。短刀を手にした僧をたたき伏せ、取り押さえようとする僧達を飛び越し、その鬼神のごとき前進を止めようとする者は、すべて天を仰いで泡を吹いた。

「来たな、小僧!」

 と、ゲリルは片膝を突いて銃を構え、走って来るグレイに照準を合わせた。
 グレイがゲリルの横を走り抜けようとした刹那、引き金が絞られた。
 轟音がこだました。「やった」という思いが、ゲリルの脳裏に浮かんだ。しかし、確かにグレイの胸を撃ち抜いたはずの銀の弾は、グレイの足を止めることができなかった。あっけにとられるゲリルを尻目に、グレイはカッカが張りつけられた十字架にたどり着き、兵卒をことごとく打ち倒した。

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狼おとこ(87)

2022-05-06 19:26:46 | 「狼おとこ」

「カッカは、あなたを助けるために犠牲になったのよ。カッカは、あなたが助けに来ることなんて、望んじゃいないわ」
「ぼくは、もうぼくのために人が殺されるのを見たくないんだ」と、グレイは言った。
「ぼくは、今夜狼になる。牙で、ゲリル達を切り刻んでやるんだ。ぼく達の仲間がそうされたように、審問官達を同じ目に遭わせてやるんだ」
「死なないで、お願い」と、アリエナは涙ながらに言った。「わたしはもうだめかもしれないけど、グレイまで命をなくすことはないわ。
 ――復讐なんてやめて。
 カッカがあの日わたしに言ってたわ。あいつを遠くへ逃がしてやってくれって。
 グレイ、あなたの向かう先は、ゲリルじゃないわ、日の昇るところよ」
 グレイは唇を噛みしめると、アリエナに背を向けた。

 アリエナは見た。グレイが醜い獣に変身するのを――。

「アリエナ、ぼくはやっぱり行くよ。ぼくを信じてくれた人がいるから。アリエナには迷惑をかけたけど、許して欲しい」と、アリエナは、背を向けているグレイにうなずいた。
「ずっと守ってあげたかったけど、ごめんね。アリスが、そばにいてくれるよ。オモラさんに会ったら、ありがとうって、そう言って欲しい」
 アリエナは涙を拭きながらうなずいた。
「きみは、もう一人でも大丈夫さ。オモラさんと同じ、女になったんだから。たくましい人間の力を持ったんだから――」
 グレイは、アリエナを振り向かないまま、外へ飛びしていった。

「グレイ!」

 アリエナはグレイの後を追って外に出ると、薄闇に飲まれた山に向かって、どこに消えたかもわからないグレイに呼びかけた。

「グレイ! 生きていて、それが、最大の復讐になるのよ」

 こだまが、アリエナの声を真似て何度も叫び返した。
「――アリエナ?」と、カンテラを手にしたオモラが、息を切らせながら顔を出した。
「オモラさん」と、駆け寄って抱きつくアリエナを受け止めて、オモラは、グレイが行ってしまったことを知った。
「――大丈夫。あの子は必ず戻ってくるさ。必ず、戻ってくる」
 ――――……

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