舌打ちをした男は、取りだした機械を上着のポケットにしまったが、顔を上げると、駆け戻って来た仲間の男達が、ぐるりを取り囲んでいた。
「……なにやってるんだ、おまえら」
と、言った男の顔は、なぜか、先ほど逃げていったはずの、多田にそっくりだった。
「さっさと、持っていった物を返せ」と、男達の一人が言うと、周りを取り囲んだ男達が、徐々に距離を詰め始めた。
「――待てよ。おい、おまえら。なにを言ってるのか、さっぱりわからねぇ」と、多田の顔をした男は、たまらず逃げ出した。
「待て!」と、男達は口々に声を上げながら、逃げ出した多田を追いかけていった。
「来るな。おまえら、来るな――」
と、息を切らせて逃げる男が、街を縦断する豊平川までやって来た時だった。橋を渡る直前で、鼻歌のような声が聞こえてきた。ブツブツともシムシムとも聞こえる声は、川面を吹き過ぎる寒風に乗って、男の耳にも、悠々と届いていた。
「――な」と、多田の顔をした男が、急に足をもつれさせ、スチール製の硬い欄干にしがみついて、体を支えた。
「動けねぇ 」と、多田の顔をした男は、急に足を引きずりながら、欄干を抱きかかえるようにして、橋を進んで行った。
――ブツブツツブツ。シムムシムシムシム。
と、なにかの経典を読むような、くぐもった声が近づいてきた。
多田の顔をした男を追ってきた男達が、はたと立ち止まって、振り返った。
男達は、くぐもった声が静かに近づいてくると、ササッ――と左右に素早く避けて、道をあけた。
胸の前で両手を組み、聞き取れない声で祈りながら姿を見せたのは、金色のあごひげを生やした、十字教の審問官、ヨハンだった。
ヨハンは、耳慣れない言葉をもごもごと唱えながら、多田の顔をした男に近づいて行った。
「来るな、こっちに来るな」と、ヨハンの姿を目にした男が、声を震わせて言った。
「ストーンはどこだ」と、ヨハンは、多田の顔をした男に言った。「聖なる秘宝はどこだ」
ヨハンは、必死で逃げようとする男を見下ろしながら、くぐもった声に力をこめて、祈りの言葉を繰り返し唱え始めた。
「――くそっ。そんな物、知るか」
と、言った男の顔は、首を絞められたように赤らみ、苦しそうな重い息を繰り返していた。
「おまえらなんかに。おまえらなんかに、やられてたまるか 」
多田の顔をした男は、なにを思ったのか、動かない足を引きずりながら、見せつけるように橋の欄干を乗り越えると、凍りつきそうな冬の川へ、まっ逆さまに転落していった。
「ちっ――」
と、ヨハンは舌打ちをすると、男が落ちていった川を確かめることもなく、つまらなさそうに踵を返した。
「――」と、振り返ったヨハンは、思わず足を止めた。
先ほどまで後ろにいた男達の姿が、どこにも見あたらなかった。
代わって、フリースを着た見知らぬ男が、ただ一人、ヨハンの前に立っていた。
「何者だ?」と、ヨハンは男に言いながら、胸の前で手を組もうと身構えた。
「ストーンっていうのが、文字どおり宝石なら、あなたはやはり、宝石を集めるのが趣味のようですね」と、アマガエルは言った。「安心してください。はじめてなので手加減できませんでしたが、ここにいたあなたの仲間達は、地球上のどこかに飛んで行って、離ればなれになっただけですから」
ヨハンが、胸の前で手を組み、早口でなにかを唱え始めた。
「人の命を奪ってまで手に入れたい物とは、なんなんですか」と、言ったアマガエルは、ヨハンの正面からかき消え、真後ろに姿を現した。
「……」と、アマガエルは、ヨハンに向かって腕を伸ばしたまま、凍りついたように動きを止めていた。
「妙なやつだな」と、ヨハンは、身動きのできないアマガエルを振り返ると、注意深く見回した。「――道具? を使ってるわけではなさそうだな」
「まさか」と、ヨハンは言った。「聖人でもあるまいに、天然の能力者なんて、いるわけがない」
ヨハンは、片手を伸ばしてアマガエルの喉に向けると、見えないリンゴを握り潰すように空気をつかみながら、もごもごと、くぐもった低い声で、なにかを唱え始めた。
身動きのできないアマガエルは、まばたきすらできず、空気をつかむヨハンの手が小さく握られるのに従い、喉を絞められたように、顔を赤黒くさせていった。
――ピューイ。
と、ヨハンがはっとして、辺りを見回した。
甲高い口笛が、どこからか、不意に聞こえたような気がしたからだった。
早朝の街は、まだ寝静まったままで、人影はどこにも見あたらなかった。
誰もいないのを確かめたヨハンは、アマガエルに向き直った。
「前」
「次」
「……なにやってるんだ、おまえら」
と、言った男の顔は、なぜか、先ほど逃げていったはずの、多田にそっくりだった。
「さっさと、持っていった物を返せ」と、男達の一人が言うと、周りを取り囲んだ男達が、徐々に距離を詰め始めた。
「――待てよ。おい、おまえら。なにを言ってるのか、さっぱりわからねぇ」と、多田の顔をした男は、たまらず逃げ出した。
「待て!」と、男達は口々に声を上げながら、逃げ出した多田を追いかけていった。
「来るな。おまえら、来るな――」
と、息を切らせて逃げる男が、街を縦断する豊平川までやって来た時だった。橋を渡る直前で、鼻歌のような声が聞こえてきた。ブツブツともシムシムとも聞こえる声は、川面を吹き過ぎる寒風に乗って、男の耳にも、悠々と届いていた。
「――な」と、多田の顔をした男が、急に足をもつれさせ、スチール製の硬い欄干にしがみついて、体を支えた。
「動けねぇ 」と、多田の顔をした男は、急に足を引きずりながら、欄干を抱きかかえるようにして、橋を進んで行った。
――ブツブツツブツ。シムムシムシムシム。
と、なにかの経典を読むような、くぐもった声が近づいてきた。
多田の顔をした男を追ってきた男達が、はたと立ち止まって、振り返った。
男達は、くぐもった声が静かに近づいてくると、ササッ――と左右に素早く避けて、道をあけた。
胸の前で両手を組み、聞き取れない声で祈りながら姿を見せたのは、金色のあごひげを生やした、十字教の審問官、ヨハンだった。
ヨハンは、耳慣れない言葉をもごもごと唱えながら、多田の顔をした男に近づいて行った。
「来るな、こっちに来るな」と、ヨハンの姿を目にした男が、声を震わせて言った。
「ストーンはどこだ」と、ヨハンは、多田の顔をした男に言った。「聖なる秘宝はどこだ」
ヨハンは、必死で逃げようとする男を見下ろしながら、くぐもった声に力をこめて、祈りの言葉を繰り返し唱え始めた。
「――くそっ。そんな物、知るか」
と、言った男の顔は、首を絞められたように赤らみ、苦しそうな重い息を繰り返していた。
「おまえらなんかに。おまえらなんかに、やられてたまるか 」
多田の顔をした男は、なにを思ったのか、動かない足を引きずりながら、見せつけるように橋の欄干を乗り越えると、凍りつきそうな冬の川へ、まっ逆さまに転落していった。
「ちっ――」
と、ヨハンは舌打ちをすると、男が落ちていった川を確かめることもなく、つまらなさそうに踵を返した。
「――」と、振り返ったヨハンは、思わず足を止めた。
先ほどまで後ろにいた男達の姿が、どこにも見あたらなかった。
代わって、フリースを着た見知らぬ男が、ただ一人、ヨハンの前に立っていた。
「何者だ?」と、ヨハンは男に言いながら、胸の前で手を組もうと身構えた。
「ストーンっていうのが、文字どおり宝石なら、あなたはやはり、宝石を集めるのが趣味のようですね」と、アマガエルは言った。「安心してください。はじめてなので手加減できませんでしたが、ここにいたあなたの仲間達は、地球上のどこかに飛んで行って、離ればなれになっただけですから」
ヨハンが、胸の前で手を組み、早口でなにかを唱え始めた。
「人の命を奪ってまで手に入れたい物とは、なんなんですか」と、言ったアマガエルは、ヨハンの正面からかき消え、真後ろに姿を現した。
「……」と、アマガエルは、ヨハンに向かって腕を伸ばしたまま、凍りついたように動きを止めていた。
「妙なやつだな」と、ヨハンは、身動きのできないアマガエルを振り返ると、注意深く見回した。「――道具? を使ってるわけではなさそうだな」
「まさか」と、ヨハンは言った。「聖人でもあるまいに、天然の能力者なんて、いるわけがない」
ヨハンは、片手を伸ばしてアマガエルの喉に向けると、見えないリンゴを握り潰すように空気をつかみながら、もごもごと、くぐもった低い声で、なにかを唱え始めた。
身動きのできないアマガエルは、まばたきすらできず、空気をつかむヨハンの手が小さく握られるのに従い、喉を絞められたように、顔を赤黒くさせていった。
――ピューイ。
と、ヨハンがはっとして、辺りを見回した。
甲高い口笛が、どこからか、不意に聞こえたような気がしたからだった。
早朝の街は、まだ寝静まったままで、人影はどこにも見あたらなかった。
誰もいないのを確かめたヨハンは、アマガエルに向き直った。
「前」
「次」