ハンフリー・ボガード主演男優賞の「アフリカの女王」
この映画は同名の小説をベースにしたもので、単純に娯楽大作として楽しめばいいのだが、正直言ってこの作品、日本人にヒンと来るだろうか。そもそも女性がアフリカ奥地をうろつき歩くことなど考えられるだろうか。
しかし西洋人にとって(アメリカ人も含め)アフリカは隣の大陸、自分達が征服する土地。だから女性にもそういう意識はあったろう。日本人にすれば台湾の山奥か、満洲のはずれの地といったところだろうか。
問題はこの映画の歴史背景・・・いったいアフリカの奥地で何が起きていたのだろう。
1、焦るドイツのアフリカ植民地政策
ドイツは英米に比較し、国家としての統一や植民地政策も遅れ、ビスマルクが植民地獲得に本気になって乗りだすのが、1885年のベルリン会議。
この会議は主にコンゴの領有を巡ってベルギー国王レオポルド2世とポルトガルとのあいだを調停するためのものだが・・・参加国は英仏独伊米露など14ヶ国に及び、結果的にアフリカ植民地化に関する基本的考え方が協定される。
その内容は、「各国はアフリカ沿岸部においては、他国の(他の先進諸国のという意味)権益のない地域を自由に併合してよい」「権益が衝突しそうな場合は国際会議で調整する」「併合したら責任をもって統治する、沿岸部を併合したらその後背地(内陸部)もそこのものとなる」……といった勝手なもの。
その会議の真最中も誰も侵略の手を休めていない。タンザニアの内陸部ではドイツの民間人(ドイツ植民会社)が動き回り、原住民の首長にサインさせた「ドイツの保護を認める」旨の条約文を本国に持ち帰る。ビスマルクはベルリン会議が終わった時点で、ドイツ植民会社に「ドイツ保護領東アフリカ」の統治を委託することを発表する。
2、ザンジバルを巡る歴史
しかしこの地域は長い経緯を経て、この時期はイギリスの影響下にある地域。
① 大航海時代はポルトガルがモンサバ(現ケニヤ)に本拠をおき、インド洋の制海権を握っていたが、
② 17世紀中盤からアラビア半島東部のイスラム国家オマーンが、アフリカ東岸に進出し、本拠地マスカットと東アフリカのザンジバルを結ぶ一大海洋国家を築き上げる。
③ しかし強いスルタン、サイードの没後、オマーン帝国は衰退。スエズ運河開通後、ザンジバル領はヨーロッパ諸国の植民地化争いの餌食になる。
④ 特に、インド人が多数住むザンジバル島周辺はイギリスが重要視し、原住民もイギリスに対して親近感を持っている。
3、ザンジバルについての協定
従って、ドイツの勝手な振舞いに対し、現地人はイギリスに支援を要請する。しかしイギリスはドイツの後手に回ったことに焦り、逆に東アフリカ内陸部に侵入する。
その結果、1885年10月、ドイツ、イギリス、そしてフランスによる委員会が設置され、ザンジバル周辺の国境を画定する作業を開始し・・・その間もドイツ・イギリスは次々と探検隊を送って奥地の首長たちと勝手な条約を結んでいるが・・・1986年秋、国境協定がまとまった。
① ザンジバル原住民の勢力圏は海岸から10マイル奥地までに限定される。
② ドイツ・イギリスの縄張りは、現在のタンザニアの地がドイツ領、ケニアの地がイギリス領と決められる。しかしこの協定では奥地のヴィクトリア湖以西については触れていない・・・別途ウガンダを舞台とする難問を生ずるが、省略する。
③ フランスはこの協定の立会人のお土産として、インド洋コモロ諸島の保護領化を承認してもらう。
4、1914年年夏、第一次世界大戦が勃発
第一次世界大戦は、当初はオーストリアとセルビアの小競合いに過ぎないのだが、網の目の如く張巡らした各国同盟関係のしがらみから、瞬くうちにヨーロッパ各国が巻き込まれる世界大戦に成長する。
この対戦中アフリカ戦線では、そう大規模な戦いはないが、各地で小競り合いは絶えない。
もともと、ドイツ皇帝はアフリカでカメルーンと東アフリカを繋ぐ夢をもっている(大陸横断)。
しかし西海岸のドイツ植民地トーゴが英仏軍に攻略され、カメルーンの港湾も敵艦隊によって封鎖され各国植民地軍に攻め入られる。 東アフリカではイギリスは海軍力をもって東アフリカの沿岸部を封鎖したので、現地はドイツ本国と連絡がとれない。
ドイツの現地軍は兵力も少なく戦意は高くはないのだが呑気なことは言っておれない 。近隣奥地のコンゴ等でイギリス・ベルギーを相手に奮戦し、大戦終結まで降伏しなかった。 ドイツ軍の主力は現地で徴用された黒人で、戦争の巻き添えを喰って多くの黒人の村落や畑が破壊されたといわれる。
セシル・スコット・フォレスターの小説「アフリカの女王」は、この時のアフリカの戦いを背景として描かれていることは言うまでもない。最後のシーンでドイツの戦艦を沈めて、めでたく結ばれるヘップバーンとボガードに乾杯というところだろうか。
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