映画で楽しむ世界史

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さすが秀作「マンデラの名もなき看守」

2012-07-22 19:00:36 | 舞台はアフリカ
「マンデラの名もなき看守」

アカデミー賞の外国映画賞を受賞したというだけあって、確かに秀作。
歴史&ヒューマンドラマとして爽やかな感動を覚える、歴史に残るものだろう。

少しコメント

観客、特に日本人などは主人公のグレゴリー・は何国人だと思っているだろう。
失礼ながら、あまり歴史に意識のない人は、映像から受ける印象からいって、
てっきりイギリス人と思ってしまうのではなかろうか。
未確認なのだが、この映画の内容からして彼は南アフリカ人に違いないのだ。

そこで問題は、この国では1991年、つい20年前まで何故あのような、
前時代的な酷い目に余るアパレルヘイト政策が続いたのかという疑問。

奴隷差別や人種差別問題は至る所で会ったのだが、南アのものは
ちょっと独特の事情・構造をもっていたのではなかろうか。

先ず間違いないのは歴史と産業事情。

現在の南アフリカ共和国は、古くはオランダ東インド会社の支配した土地。
それをイギリスが奪取したのだが、最早アフリカ人になりきっていた
オランダ人(アフリカーナ)との間で激しい覇権争い・領地争いを演じる。

金やダイヤモンドが絡み、イギリスは各国からも大非難を浴びる強引なやり方で
(ボーア戦争=南アフリカ戦争)、1910年にイギリスの自治領とする。

問題は、特にイギリス自治領時代の鉱山経営・・・深層で含有率の悪い金山を開発するに

オランダ出自のアフリカーナ=貧困白人層を上手く宥め、
未熟な黒人達を使い採掘させねばならない。
そこで資本家は黒人の隔離を伴う出稼ぎ労働制度を導入せざるを得ない。

これが総ての始まりとなって社会全般に及ぶ
・・・1943年から94年まで精緻なアパレルヘイト法規が続けられる。

その間政治的には1961年イギリスより完全独立したが
・・・最早現地白人政府はアパレルヘイト政策を替えようとしない。

これに対抗したのが、ネルソン・マンデラ等が組織した「アフリカ民族解放会議」
(シャープヴィル事件、ソウェト闘争)。
1991年アパレルヘイト法規撤廃、1994年には全人種参加の総選挙がおこなられ、
マンデラも大統領職につく。

この映画のテーマは「グレゴリーとマンデラの心の交流」ということで、それはそれでいい。
しかし南アではイギリス人は終始エリートだった、
彼らが作り上げたシステムが如何に酷いものであったか、
そのことを顧みずに映画をあまりにも美しく作りすぎている。

南アフリカのアパレルヘイト政策は廃止されたかもしれないが、
何故現在、南アは世界で最も犯罪率が高く治安の悪い国として名高いのか。
アパレルヘイトの反動があるのではないかなどと思うが・・・誰も旨く説明してくれない。

尚、映画の出てくる「ロベン島」はケープタウンの沖合10キロ、面積6平方キロの小島だけれど、
世界遺産に指定されているのが驚きだ。

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