映画で楽しむ世界史

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「副王の一族」、「山猫」と比べて

2011-03-18 18:40:04 | 舞台はギリシャ・イタリア
「副王家の一族」は、2007年のイタリア映画。原作はフェデリコ・デ・ロベルトの小説「副王たち」(1894年、邦訳がない)。

この小説は、1958年のラペンドゥーサの小説「山猫」に影響を与え、それを映画化したのがヴィスコンティ監督のあの名作「山猫」(1963年)。

という謳い文句につられて、この映画に触手を伸ばした人も多かろう。しかし映画とすれば、圧倒的に「山猫」が良い、比べるべくもない。

いくつもイタリア・アカデミー賞をとっていて、それなりの重厚さは感じる。

主人公の二人ははっきりしている。スペイン・ブルボン家の下、シチリア統治の「副王」を勤めた貴族の家長(守旧派・頑固一点張り)と、彼に反発するその長男。

しかし彼らに絡んで登場する準主人公たち(家長の弟や妹夫婦、長男の妹と腹違いの従兄弟など)が夫々の物語を展開し、ストーリーがその度に「ぐらぐら」する。

要するに監督なのか脚本なのかが「あの話この話」と欲張り過ぎで、全体としては印象の薄い、感動には程遠い映画になってしまっている。

「山猫」とほぼ同じ材料を扱っていながら、映画の出来上がりがまったく異なるのは何故なのか。

「山猫」は、原作がしっかりしているし(岩波文庫に入っている)、映画のヴィスコンティ監督は原作の主人公と同じく貴族出身(ミラノの名家ヴィスコンティ家)。

ということもあって、主人公の立場や心の動きにたっぷり感情移入している。そういうこともあって贅沢三昧・丁寧極まりない映画つくり。それが見る人に伝わってくるのだろう。

山猫は何度も見たくなるが、「副王家の一族」はどうだろう?

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