日本近代文学の森へ 289 志賀直哉『暗夜行路』 176 本当の終幕 「後篇第四 十九」その2 【最終回】
2025.8.26
直子が着いたのはそれから間もなくだった。しかし寺の上さんは謙作が直子の到着を切(しき)りに心待ちにしている事を知っていたから、不意に会わし、もし気のゆるみから、どうかあってはという心配で直ぐ会わす事に反対した。謙作はそれほど衰弱していた。医者も注射した食塩水が吸収されれば、もっと脈もしっかりして来るから、その時にしてもらいたいといったので、直子は吃驚(びっくり)してしまった。直子は色々悪い場合を想像しては来たが、恐らく想像よりはきっと軽いに違いない、「電報なんか打ったから驚いたろう?」こんな事をいって微笑する謙作まで考え、それを希望として来たから、現在の容態が、想像以上なので、すっかり驚いてしまった。そしてそんなに衰弱した謙作を見るのが恐しくもなった。何故なら炎天下の三里の登り道を急いだ彼女は疲労と亢奮とから、自分自身にも自信がなかったから、会って、余りの変り様に、もし気を取乱したりしては病人のためにも悪いと思うと、医者のいうように暫く様子を見てからにするのが本統かも知れぬと思った。
寝不足と、夜汽車の煤(すす)と、汗とで顔色の悪く見える直子に寺の上さんは小声で頻(しき)りに入浴を勧めたが、直子はなかなか尻をあげなかった。
予想以上に容態の悪い謙作に、直子は驚く。「炎天下の三里の登り道」を徒歩で来たであろう直子の疲労も相当なものだろう。
今は大人気のSLだが、煙が大変だった。トンネルに入るたびに、窓を閉めなければ、室内は煙で大変なことになる。ぼくは子供のころに、何度もSLに乗って新潟へ行ったから、その匂いまでよく覚えている。この時代、京都から、「大山口駅(現在は伯耆大山駅)」までは、既に山陰本線が通っていたが、9〜10時間かかったらしい。今なら3時間半というから、まあ、大変な時代だったわけだ。
「浴衣にお着更(きか)えなされませ」とも上さんはいった。
「ありがとう、そんなら、顔だけ洗わして頂きます」
直子は湯殿を案内してもらい、漸くそれだけをし、其所にあった小さい鏡台の前で乱れた引結(ひっつめ)の髪を撫でつけ、還(かえ)ろうとすると、庫裏(くり)の炉を挟み、医者と上さんとが何か小声で話込んでいるのを見た。二人は足音で一せいに直子の方を見たが、医者が、
「奥さん、どうぞ、ちょっと」といった。
「…………」直子はどきりとしながら、其所へはいって行った。
「脈は大分よくなりました。今、眠っておられますが、今度眼が覚めた時、なるべく静かにお会いになったらいいでしょう」
「随分危険な容態なのでございましょうか?」
「はっきりは申し兼ねますが、とにかく、急性の大腸加多児に違いないので、子供の場合とか、よほど不健康な人の場合は別ですが、普通には、そう恐しい病気ではないので……御心配なさらんでいいと思いますが、……実は今、此所の奥さんとも御相談していたのですが、一度米子の○○病院の院長さんに診ておもらいになっては如何かと思いまして……」
「ぜひお願い致します」直子は早口にそれをいった。「どうか直ぐ、そうお願い致します。様子によっては鎌倉におります兄にも知らせなければなりませんので……」
「いや、いや。まだ、そんな容態とは私は思いません。とにかく、それでは早速、使を出して、電話か電報で、○○博士にお願いして見ます。勿論今日というわけには行きませんが、明日午後にはきっと来てもらえるでしょう」
「それからその時、看護婦さんを一人お願いしたいのですが……」
お由が入って来た。お由は「驚いた」といった調子で、「奥さんの来ていられる事を知っていられますわ」と、三人を見廻すようにしていった。
「そうかね?」と医者はことさら首を傾け、それを疑問にしながら、「夢を見たのだよ、それは」といった。
「そんな事ありませんわ。会われるのをお母さんが止めた事まで、よく知っていられますわ」
直子はもう中腰になり、黙って、医者の顔を見ていた。それと気がつくと、医者はお由に訊いた。
「それで、奥さんに来て欲しいといわれるのかね?」
「へえ、そういっていられます」
医者は炉の炭火から煙草に火を移し、一口、それを深く吸込んでから、
「なるべく感情を刺戟せんように、貴女(あなた)御自身も泣いたりせんようにしてお会いになったらいいでしょう」といった。直子はちょっと頭を下げ、お由と一緒に離れの方へ行った。
「どうでしょう?」寺の上さんは眉間に深い皺(しわ)を作って、今まで恐らく何遍か、訊いたに違いない事をまた繰返した。
「さあ、うちの先生は何といわれたか知りませんが、私にはどうもはっきりした事はいえませんよ。実はコレラかという心配もあったが、そんな事はないらしい。腹と尻を充分に温め、強心剤で持たしていれば、余病の出ないかぎり、大概直ると思うんだが……」
「何しろ家の人が留守なので、留守中そんな事があると、私も実に困るんですよ」
「もう先方(むこう)の奥さんが来たのだから、貴女はそうやきもきせんでもいいでしょう」
「私はどうも様子が悪いように思われて……」
「心臓が甚く衰弱してしまったので、私も本統の所、何方ともいえないんだが……」
「どうも様子が悪い」そう繰返し、寺の上さんは大袈裟に溜息をついた。医者は黙って、ただ煙草を喫(の)んでいた。
この辺りのやりとりは実にリアルで、繊細である。医者にもはっきりとしたことは分からない。とにかく、米子の病院の先生にみせたほうがいいが、コレラではなさそうだから、たぶん治るだろう、という程度では、とてもじゃないが安心できない。しかし、これも時代だろう。
なにもかも曖昧な状況の中で、「お上さん」の言葉だけが、するどく現実を突きつける。「何しろ家の人が留守なので、留守中そんな事があると、私も実に困るんですよ」──どんなに親切そうに見える人でも、切羽詰まったときには、こういう残酷な言葉を吐いてしまう。さすがに医者は、奥さんが来たからいいじゃないかと苛立たしげに言うが、それでも、お上さんはブツブツ言っている。うんざりして、タバコを吸っている医者の気持ちもよく分かる。そしてそんな「世間」の真っ只中にポツンと一人いる直子の孤独感も、痛いほど伝わってくる。
前回も指摘した「視点」の観点から言えば、この辺は、「三人称視点」で書いている。直子の心の中には深く立ち入らず、そこに集まった人たちのやりとりで、状況を見事に描ききっている。
そして、最後の最後、視点は直子に徐々に移っていき、最後は直子の思いで、終わる。
直子は胸を轟かせ、しかし外見は出来るだけ冷静を装うたつもりで入って行ったが、やはり亢奮から、眼を大きく見開き、見るからに緊張していた。謙作は仰向けに寝たまま、眼だけを向け、そういう直子を見た。直子もまた、眼のすっかり落窪んだ、頬のこけた、顔色も青黄色くなった、そして全体に一卜まわり小さくなったような謙作を見て胸が痛くなった。彼女は黙って、枕元に坐り、お辞儀をした。謙作は聰きとりにくい嗄(しゃが)れた声で、
「一人で来たのか?」といった。
直子は点頭(うなず)いた。
「赤ちゃんは連れて来なかったのか?」
「置いて参りました」
大儀そうに、開いたままの片手を直子の膝のところに出したので、直子は急いで、それを両手で握締めたが、その手は変に冷めたく、かさかさしていた。
謙作は黙って、直子の顔を、眼で撫でまわすようにただ視ている。それは直子には、いまだかつて何人にも見た事のない、柔かな、愛情に満ちた眼差に思われた。
「もう大丈夫よ」直子はこういおうとしたが、それが如何にも空々しく響きそうな気がして止めたほど、謙作の様子は静かで平和なものに見えた。
「お前の手紙は昨日届いたらしいが、熱があったので、まだ見せてくれない」
直子は口を利くと、泣出しそうなので、ただ点頭いていた。謙作はなお、直子の顔をしきりに眺めていたが、暫くすると、
「私は今、実にいい気持なのだよ」といった。
「いや! そんな事を仰有(おっしゃ)っちゃあ」直子は発作的に思わず烈しくいったが、
「先生は、なんにも心配のない病気だといっていらっしゃるのよ」といい直した。
謙作は疲れたらしく、手を握らしたまま眼をつむってしまった。穏かな顔だった。直子は謙作のこういう顔を初めて見るように思った。そしてこの人はこのまま、助からないのではないかと思った。しかし、不思議に、それは直子をそれほど、悲しませなかった。直子は引込まれるように何時までも、その顔を見詰めていた。そして、直子は、
「助かるにしろ、助からぬにしろ、とにかく、自分はこの人を離れず、何所までもこの人に随(つ)いて行くのだ」というような事を切(しきり)に思いつづけた。
これが、この長い小説の幕切れである。あっけないほど短い。
直子は、見る。「いまだかつて何人にも見た事のない、柔かな、愛情に満ちた眼差」を。そして謙作の「静かで平和」な様子を。これらは、直子が今まで決してみることのできなかった謙作の眼差しであり、様子なのだ。そして、謙作の「私は今、実にいい気持なのだよ」という言葉を聞きながら、この人はこのまま、助からないのではないかと思い、「助かるにしろ、助からぬにしろ、とにかく、自分はこの人を離れず、何所までもこの人に随(つ)いて行くのだ」と思い続ける、というところで、幕をおろす。
この幕切れは、すっきりしない。いったい謙作は助かるのか、助からないのか。
謙作は、元気になって、直子と手を携えて山をおり、京都で新しい生活を始めるのだろうか。それとも、直子の予感どおり、直子に見守られながら静かに息を引き取るのだろうかという疑問が当然でてきて、すっきりしないのだ。
ぼくは、謙作が元気になって直子と暮らし続けるという状況を想像できない。たぶん、謙作は亡くなるのだろう。まだ30歳の謙作だが、この「老成」した謙作は、すでに「仙境」にいるような気がしてならないのだ。
思えば、この小説のクライマックスは、やはり「十八」にある、謙作の大自然に溶け込んでいく心境を描いたところにあって、そこで幕を下ろしても構わなかったのだと思う。
現に、長くこのシリーズを読み続けてきてくれた旧友は、「十八」の回が終わったときに、「長い長い思索の重厚な終幕。おつかれさま、でも、ありがたかった。ありがとう。」というメールをくれた。ぼくは、「まだ終わりじゃないよ。ほら、直子が『助かるにしろ、助からぬにしろ、この人についていこう』とか思うところがあるでしょ?」って返事をしたら、「あ、そうだ、それ思い出した。」と返してきた。彼も、昔読んだけれど、ちっともおもしろくなくて、ぼくの連載で再読していたのだ。
しかし、彼が感じた「終幕」は、正しかったのだと思う。あれで終わってもよかったのだ。その後の「十九」は、後日談のようなもので、小説のストーリー展開上は必要なものだろうけれど、謙作の「自我」との長い格闘という観点からすれば、あれが「終幕」だったのだ。
そして、そここそが実は『暗夜行路』の重大な問題でもある。というのは、この時任謙作を主人公とする小説は、最初から最後まで、謙作という一人の男の「自我との格闘」だけを描いてきたということがはっきりするからだ。
直子が過ちを犯し、それを謙作に告白したとき、謙作は、これは自分だけの問題だから、お前は口を挟むなと言い放った。ほんとうなら、直子が謙作の妻として犯した過ちなのだから、二人で乗り越えなければならない問題であるはずだ。謙作が直子を許すとか許さないとかいうことも、謙作「だけ」の問題ではない。二人が共に悩み、苦しみ、罵り合い、慰めあい等などの経過を経ていかざるを得ない問題なのだ。しかし、謙作は直子を「排除」して、自分「だけ」の問題として向かい合おうとした。その結果、家を離れて大山へ行ったのだ。そして、そこで、謙作「だけ」、謙作の心の中「だけ」で、解決してしまった。
最近読んだ本の中に、「遊びは自分一人ではできない。自己と他者とが重なるところ、つまり『中間領域』で行われるのだ。」というような言葉があった。この「中間領域」が成立するためには、あるいは成立するのは、「自己」が「他者」に「依存」できるからだ、という。ここで言われる「遊び」を、あらゆる人生上の事柄に当てはめることができる。人間が生きていくためには、どうしても「他者」と「重なる」ことが必要なのだ。「重なる」ためには、「他者」に「依存」することができなければならない。「依存」は、「信頼」といってもいいが、代表例として、「母子関係」が挙げられていた。子供は、母親に依存しているから、安心して遊ぶことができる。遊んでいる子供は、外からは見えないけれど、その心の中に母親がいるというのだ。精神分析学者のウィニコットの本である。
この「依存」とか「中間領域」とかいう言葉を補助線として『暗夜行路』に引いてみると、『暗夜行路』に描かれている謙作ほど、この補助線から遠い人物はないということが分かる。
謙作は、とにかく徹底して「依存」を避け続けた。というか、「依存」できる相手がいなかった。それは生母の不在という生まれながらの環境からして当然のことだっただろうが、それが謙作の生涯を貫いた。誰にも依存せず、自分だけで人生を切り開き、自我を確立すること、それが謙作の生きる意味だったわけだ。
最後の最後で、謙作は、その「自我の確立」というオブセッションから解放されたのだが、それは「自然」が「依存」の対象となったということではなく、もう「依存」すら必要としない、「自我の消滅」といった境地だったのかもしれない。
けれども、ほんとうは、謙作は「依存できる相手」を心から求めていたのだ。愛子、お栄、そして直子。つまりは、生母への憧れ。しかし、その憧れはかなわなかったのだ。
直子は、謙作の言葉を聞いて、その穏やかな眼差しを見て、この人にどこまでもついていこうとしきりに思い続けるのだが、それが、二人が「重なり」、二人で生きて行くことにつながっていくのかどうかは分からない。分からないどころか、不安でいっぱいだ。謙作に「依存」が可能だろうか、と思うからだ。
人生は、自分一人で生きていくことはできない。常に「他者」との「関係」において生きていくのだ、という真実を、謙作が心から理解するには、まだまだ多くの時間がかかりそうだ。
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ということで、なんとかかんとか、最後まで辿りつきました。2019年5月28日に第1回を書いてから、6年かかってしまいました。この間、様々な方から、感想をいただいたり、励ましをいただいたりしました。毎回のように、誤字脱字をチェックしてくれた旧友もいました。ここまで来ることが出来たのは、そんな皆さまのおかげです。心より感謝致します。