蓑虫の音を聞きに来よ草の庵(いほ) 芭蕉
樹木の枝、または葉から細い糸をたらしたその先に蓑虫が下がっているのを見かける。蓑は三、四センチ、細枝や葉を噛み切って、口から吐いた糸で巻いてこしらえるものだが、よく見るとうまくできている。
清少納言は、これを鬼の捨て子だといい、「風の音を聞き知りて、八月ばかりになれば、父よ母よとはかなげに鳴く、いみじうあはれなり」と書いた。あの姿から異形の鬼を連想したのであろうが、民俗学によるとミノは来臨する神人が身に着ける約束になっていたもので、秋田の「なまはげ」がその代表的な例だというから、鬼との連想が現代よりずっと容易であったのだろう。
蓑虫はミノガの幼虫で、もちろん鳴くものではない。しかし、清少納言といい芭蕉といい、文学では秋風の中に侘しく儚げに鳴く虫ととらえたのは、あの姿にふさわしいのかもしれない。
ただ、侘しく儚げにというだけではなく、あの蓑や糸には強風にも雨にも雪にも負けず冬を越す強靭さがある。自然の造物主の工夫がすぐ近くで見られるのが嬉しい。