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自 遊 想

ジャンルを特定しないで、その日その日に思ったことを徒然なるままに記しています。

金子みすゞ

2015年07月07日 | Weblog

 もう30年も前に、金子みすゞという詩人の名を聞いていたのだが、わずか二十六歳でこの世を自ら去った女性に畏れをなして、読まず知らずで来ていた。が、5、6年前に気を取り直してと言うと大袈裟だが、読んだ。大正十五年の『日本童謡集』(童謡詩人会編)には、北原白秋、西條八十、野口雨情、三木露風、泉鏡花、竹久夢二などとともに、みすゞの詩が二編選ばれている。彼女の詩をひとつ。

   繭と墓

  蚕は繭に 
  はいります、
  きうくつそうな 
  あの繭に。
  けれど蚕は
  うれしかろ、
  蝶々となって 
  飛べるのよ。 
  人はお墓へ 
  はいります、 
  暗いさみしい 
  あの墓へ。
  そしていい子は 
  翅がはえ、 
  天使になって 
  飛べるのよ。

 みすゞは早世したが、彼女にはその詩とともに翅がはえ、天使のように飛んでいる。

明日は七夕

2015年07月06日 | Weblog

(画像はWiki.より)

 明日は七夕。本来は旧暦七月七日の話で、新暦では八月下旬にあたる。とは言っても明日を七夕とする慣習は長い。
 牽牛と織女、つまりひこ星とひめ星が一年に一回出会う。
 ものの本によると、天の川にかかって羽を広げている白鳥座、その近くに白く輝くのが牽牛と織女である。「七夕のちぎり」と言えば、生涯変わらぬ男女の固い約束をさすが、この二つの星、近いようでも距離は15、5光年である。もし織女が「天の川の白鳥橋のたもとで待ってるわ」と無線電話でささやいても、その声が牽牛に届くまでには十五年半かかる。「きっとだぜ」という返事が伝わるのにまた十五年半を要する。星の恋は気長なものだ。
 これでは遠距離恋愛で相当の忍耐力を必要とする。気長に待つ必要がある。これだけ我慢して成就した愛は永遠の契りとなるのであろう。
 まあ、僕には関係のない話ではある。

ミル 『 自由論 』( 再掲 )

2015年07月05日 | Weblog

 僕が影響を受けた人物は多いが、その内の一人はジョン・スチュワート・ミル。彼の『自由論』はもっと緻密に考察されてもよいと思う。要点だけを。
 自由には哲学的な「意志の自由」と政治的・社会的な「思想・行為の自由」の二種がある。ミルが論じているのは、社会の一員である個人が自らの幸福を追求する際に必要となる政治的自由である。ポリティックスとはギリシア語「ポリス(都市)」に由来し、ポリティコスとは市民という意味である。つまり市民的自由が論じられているのである。特に第二章「思想と言論の自由について」、第四章「個人を支配する社会の権威の限界について」が必読の箇所だろう。
 もともとミルはベンサム主義者の父の影響のため政治的過激派だった。26歳の時に論理学を徹底的に研究し、その結果、政治哲学は理論科学ではあり得ず、実験科学でしかあり得ないことに気がつく。そこで、彼は一切のイデオロギーから脱却できた。彼は市民社会に見られる多数派の押し付けを一貫して批判し、この視点から自由の限界を指摘した。つまり多数派といえども、その自由に限界があるのである。(例えば、最重要問題を議論する国会における多数派による自由の乱用である。)
 ミルの自由論の核心を一言で表現するとすると、「自分が正しいと思うことを、他人に強制する権利は誰にもない」ということになるだろう。だが、他者の言論や行為を間違っていると判断した時には、言論による粘り強い説得や教育が必要であり、それには思想と言論の自由、出版の自由が不可欠であるということである。

胸中にしまっておけばいいものを・・・(再掲)

2015年07月03日 | Weblog

 一ヶ月余りで今年もまたあの日がやって来る。僕の気持ちでは本当は胸中にしまっておけばいいのですが、記した後またしまいます。

    コレガ人間ナノデス  原 民喜(「原爆小景」より)
  コレガ人間ナノデス
  原子爆弾ニ依ル変化ヲゴラン下サイ
  肉体ガ恐ロシク膨張シ
  男モ女モスベテ一ツノ型ニカヘル
  オオ ソノ真黒焦ゲノ滅茶苦茶ノ
  爛レタ顔ノムクンダ唇カラ洩レテ来ル声ハ
  「助ケテ下サイ」
  ト カ細イ 静カナ言葉
  コレガ コレガ人間ナノデス
  人間ノ顔ナノデス

 広島出身の原民喜が大正13年に上京して以来、広島に住んだのは昭和20年1月から昭和21年4月にかけての一年数ヶ月だった。あたかも運命に導かれるかのように広島に帰り、原爆に遭遇した。代表作『夏の花』(原題は『原子爆弾』であったが、GHQの検閲を恐れ、掲載が見送られられたという経緯がある。)などを発表。昭和25年6月朝鮮戦争が勃発。民喜は人類の将来に対する暗い予感と戦争に対する抗議が届かない無力感に襲われる。翌年3月13日自死。享年46歳。


(繰り返しになりますが、原爆と原発のエネルギー放出原理は同じ。)



建材選びの要点

2015年07月02日 | Weblog

(森や樹木に精通している畏友・パンダさんは建材選びに関してもよくご存知である。戸外のロッカーの中で古い本の背表紙を見ていたら、ジョージ・ナカシマ『木の心』(鹿島出版会)を見つけて立ち読みした。パンダさんの顔を眼に浮かべていたら何故か蚊に刺されるので家の中に持ち込んで、しばらく読んだ。建材選びについてその要点をまとめる。)

1.木材に関して熟達した手仕事を備えた職人気質
2.伝統的な工具と現代の機械の両方についての優れた知識
3.材料と木工技術の知識に基づいたデザインに対する直観
4.丸太が倒木を切ったものか立木を伐ったものか判断でき、しかも、切断せずにその中の木目や節斑や玉杢の優美さを感じ取る事ができる、丸太仕入れの秀でた経験
5.経済と簿記に関する厳格な処理能力
6.木挽職人の仕事を理解し、進んで彼に付き添って、どう丸太を回しすえて切ったら最高に魅力的な板材、一番良い形、ぴったりと見合った厚さに切り出せるか、こうした無数の決定を素早く下せる判断力を身につける
7.アイデアを適切に図面で表現できる図像化力
8.樹木学に関する知識
9.家具がその環境に適切に関わるよう、建物の室内と形式につての精通
10.接合部にかかる「モーメント」を予知し、失敗の可能性を予見できる、工学と力学の若干の知識
11.天然と人工の乾燥保存状態に関する知識
12.それぞれの木材には色合いと材質に深い関係があるから、色彩と質感に関する芸術的感覚

(以上の要点は建材選びのみに必要なのではなく、多くの分野で応用できるのではないかと、思い、感心もした。)

病む事( 再々掲 )

2015年07月01日 | Weblog

 (過去の記事で案外に気に入っているものを時々再掲しています。) 
十四年前(今年から数えると十八年前)に大病というのか急病というのか、とにかく一歩間違えば彼岸にいく病を得た。それ以来、投薬を続けている。体調はいたって順調ではあるが、順調であるように思えるだけで、病んでいる事は事実のようだ。
 近頃思うのだが、病は生命のひとつの姿ではないかと。(当然だと言われれば返す言葉がないが。)病む事があるからこそ、生命のバランスを保っているのではないかと。一病息災とはよく言ったものだと。一病であればいいのだが。
 病んだとき、例えば風邪で寝たぐらいのときでも、風の音に耳を傾け、流れる雲を静視する自分に気がつく事があった。
 志賀直哉は交通事故の後養生に城崎温泉へ出かけ、蜂や鼠やイモリの死を見つめる事で死生観を問い直し、『城の崎にて』を書いた。梶井基次郎は肺結核の療養で滞在した伊豆の湯ヶ島で『闇の絵巻』や『交尾』などを書き、自然と生命を凝視する眼を澄ませた。島木健作は修善寺に病身を運び、そこで見た蛙の死に、小さな命に宿る崇高さを感得し、『赤蛙』を書いた。彼は敗戦の翌々日に病死するが、『赤蛙』には、四十二歳という若すぎる最期が未完でなかった事が窺える。
 病んで、場合によっては死ぬ事があっても、自然の本当の姿を垣間見る事が出来る。病む事は生を豊饒にするとも考えられる。僕の場合、問題は、「考えられる」という事だけで、上に挙げたような作家のようには感受性がはたらかないという事である。

久しぶりかな? ゲーテ

2015年06月29日 | Weblog

 「虚飾を捨てさえするならば、人間はなんとすばらしい生物であることか。」(『箴言と省察』より)

つまり、人間の諸悪の源は虚飾にある、ということなのだろうか。もっともなことであるとは思う。
だが、反面、人間を人間らしくしているのも、虚飾と言えよう。場合によっては、この虚飾が、人間の生き甲斐になっている事も大いにあるだろう。
虚飾がなければ、文化も貧弱なものになっていたかも知れない。
虚飾を捨て切れない人間!人間とは哀しくも、面白い存在である。
だが、過ぎたる虚飾は人間とその文化をつまらなくしてしまう。これも事実であろう。

死刑制度について考えさせられた

2015年06月28日 | Weblog

 加賀乙彦『宣告』上中下1500頁弱
 死刑囚の刑務所内での生活と心理を延々と細密に描いているこの長編を読み切るのには難儀した。
 独房の扉に付けてある番号札は黒塗りの板で、水で融かした白墨で六一〇番と書いてある。
 主人公の感慨:
 「おれは人間であることを許されていない。法律規則という人間が作った文章が、おれから人間の属性を一つ一つ剥ぎとっていった。
 しかし・・・しかし、それでもなおおれは考える、おれは死刑囚でも番号でも一枚の板でもなく、人間でありたいと。なぜならばおれは絶望することができるから、一枚の板のように従順に静かに平和に存在するのではなくて、おれには絶望する自由が残されているから。絶望する自由をもつかぎりにおいておれは人間であるのだから、おれは絶望しなくてはならぬ。絶望によってのみおれは人間に復帰できる。」
 監獄医の若い精神科医の自問:
 「お前、近木医官、善良で無邪気な青年よ。形而上学にひそむ苦しみを知らぬ若き科学者よ。死ぬまで悪人であらねばならぬ恐怖、それが本当の死の恐怖なんだ。いいかね、安らかに処刑台に上がるには、自分が処刑台に価する人間だと百パーセント納得していなくてはならないだろう。もし悔悟し改心し悪人であることをやめたら、信仰によって神の許しを得てしまったら、もはや自分は処刑台に価しないじゃないか。お前にこの矛盾が解けるかね。イエスと立場が正反対なんだよ。無垢なる人は殺されることに意義があった。しかし悪人は殺されることに意義がないことで、はじめて意義があるんだ。おれが死がこわいと言ったのはそのためさ。わかるかね、お医者さん。」

 六一〇番は最後に宣告されて従容として刑に服する。

 死刑制度反対を声高に叫んでいる小説ではない。読者に論理的思考を促している。
 さて、上の若い監獄医の自問にどう応えたらいいのか。それが問題だ。


歩く

2015年06月26日 | Weblog

 孫引きなんですが、ある旅人が、詩人ワーズワースのメイドに「ご主人の書斎を見せてください」と頼んだところ、彼女は「書庫ならここにありますが、書斎は戸外にあります」と応えたそうだ。詩人にとっては散策する野や森、風や光こそが書斎だったのであろう。
 『森の生活』を書いたH.ソローは、「僕は一日に少なくとも四時間、普通はそれ以上だが、あらゆる俗事から完全に解放されて、森の中や、丘、野を越えてさまよわなければ健康と生気を保つことは出来ない」と書いている。ソローにとっては、森や野を彷徨することは生きることと同義語であった。
 散策を人生の糧にしていたソローは、また次のようにも書いている。「僕はこれまでの人生において、歩く術、散歩の術を心得ている人には、一人か二人しか会ったことがない」。
 こんなことを記しながら、この2年余り、僕は歩くことを忘れているようだ。足腰が弱くなっている。その分、頭もずいぶん老化しているに違いない。

知の及ばぬところ( 改稿再掲 )

2015年06月25日 | Weblog

 近頃、とりわけ近頃思うんですが、僕(ら)の知はしれたものではないかと。しれたものだから、畏れる気持ちをもたねばならないのではないかと。

  「孔子曰く、君子に三畏有り。
  天命を畏れ、大人を畏れ、聖人の言を畏る。
  小人は天命を知らずして、畏れざるなり。大人に狎れ、聖人の言を侮る。・・・・・」

 私見では、天命とは自然の摂理であり、大人とは弱者の味方であり、聖人の言とは市井の人の言である。

 この三者を畏れる心を僕はしばしば忘れる。大多数の政治家はもとよりであるが。まだまだ小人、これ忘るるべからず。

沖縄・翁長知事の「平和宣言」(全文)

2015年06月24日 | Weblog

 沖縄県の翁長雄志知事は糸満市で開かれた県主催の戦没者追悼式で、「平和宣言」を次のとおり、読み上げた(6月23日)。

 70年目の6月23日を迎えました。私たちの郷土沖縄では、かつて、史上稀に見る熾烈な地上戦が行われました。20万人余りの尊い命が犠牲となり、家族や友人など愛する人々を失った悲しみを、私たちは永遠に忘れることができません。それは、私たち沖縄県民がその目や耳、肌に戦のもたらす悲惨さを鮮明に記憶しているからであり、戦争の犠牲になられた方々の安らかであることを心から願い、恒久平和を切望しているからです。戦後、私たちは、この思いを忘れることなく、復興と発展の道を力強く歩んでまいりました。
 しかしながら、国土面積の0.6%にすぎない本県に、日米安全保障体制を担う米軍専用施設の73.8%が集中し、依然として過重な基地負担が県民生活や本県の振興開発に様々な影響を与え続けています。米軍再編に基づく普天間飛行場の辺野古への移設をはじめ、嘉手納飛行場より南の米軍基地の整理縮小がなされても、専用施設面積の全国に占める割合はわずか0.7%しか縮小されず、返還時期も含め、基地負担の軽減とはほど遠いものであります。
 沖縄の米軍基地問題は我が国の安全保障の問題であり、国民全体で負担すべき重要な課題であります。特に、普天間飛行場の辺野古移設については、昨年の選挙で反対の民意が示されており、辺野古に新基地を建設することは困難であります。そもそも、私たち県民の思いとは全く別に、強制接収された世界一危険といわれる普天間飛行場の固定化は許されず、『その危険性除去のため辺野古に移設する』、『嫌なら沖縄が代替案を出しなさい』との考えは、到底県民には許容できるものではありません。国民の自由、平等、人権、民主主義が等しく保障されずして、平和の礎を築くことはできないのです。
 政府においては、固定観念に縛られず、普天間基地を辺野古へ移設する作業の中止を決断され、沖縄の基地負担を軽減する政策を再度見直されることを強く求めます。一方、私たちを取り巻く世界情勢は、地域紛争やテロ、差別や貧困がもととなり、多くの人が命を落としたり、人間としての尊厳が蹂躙(じゅうりん)されるなど悲劇が今なお繰り返されています。
このような現実にしっかりと向き合い、平和を脅かす様々な問題を解決するには、一人一人が積極的に平和を求める強い意志を持つことが重要であります。戦後70年を迎え、アジアの国々をつなぐ架け橋として活躍した先人達の『万国津梁』の精神を胸に刻み、これからも私たちはアジア・太平洋地域の発展と、平和の実現に向けて努力してまいります。未来を担う子や孫のために、誇りある豊かさを創りあげ、時を超えて、いつまでも子ども達の笑顔が絶えない豊かな沖縄を目指します。慰霊の日に当たり、戦没者のみ霊に心から哀悼の誠を捧げるとともに、沖縄が恒久平和の発信地として輝かしい未来の構築に向けて、全力で取り組んでいく決意をここに宣言します。

(よくよく噛み締めなければならない。)

惨禍、もう二度と きょう沖縄慰霊の日

2015年06月23日 | Weblog

(新聞より)
 沖縄県は二十三日、太平洋戦争末期の沖縄戦が終結したとされる「慰霊の日」を迎えた。七十年前に最後の激戦地となった糸満市摩文仁(まぶに)の平和祈念公園では二十二日、追悼式の前夜祭が開かれた。戦没者の遺族らが会場に詰め掛け、日本最大の地上戦で犠牲となった二十万人以上の冥福を祈った。
 戦後七十年を迎えても沖縄には在日米軍専用施設の約74%が集中しており、基地負担軽減は依然として進んでいない。
 国籍や軍民を問わず、沖縄戦の全犠牲者らの氏名が刻まれた石碑「平和の礎(いしじ)」には今年八十七人が追加され、合計で二十四万一千三百三十六人となった。
 公園内の平和祈念堂前では午後七時すぎ、「鎮魂の火」が燭台(しょくだい)にともされると、鐘が鳴り響く中で参列者が黙とう。公園には無数のろうそくが並べられ、戦後七十年にちなんで「平和70」の文字が浮かび上がった。
 「どうかこれからも家族を見守ってほしい」。沖縄戦で防衛隊として動員された父親ら家族七人を失った那覇市の宇地原雄孝(うちはらゆうこう)さん(80)は石碑に手を合わせた。
 沖縄戦では米軍が一九四五年春、沖縄本島や周辺諸島に上陸し、激しい地上戦で県民の四人に一人が犠牲になった。
 平和祈念公園では二十三日、安倍晋三首相と翁長雄志(おながたけし)知事が出席し、沖縄全戦没者追悼式が開かれる。

育ちゆくもの

2015年06月22日 | Weblog

 ひとが、何かしら目的を持ったとき、現在の能力だけでそれを達成しようとすると、まもなく行き詰まってしまう。そんなとき、場合によっては自暴自棄になったり、あるいは方向転換を考えてしまう。
 見通しをつけて事に着手するのは大事だが、人間万事に完璧な見通しの分かるはずはなく、先のことは分からないが、このことは是非やり遂げたいと切に考えるときは、何を頼りに前に進めばよいのか。
 夢というか希望というか、そんなものを設定できたら、自分の中の「育ちゆくもの」を信頼して進む他はない。進む道に困難が立ちはだかれば、根気を奮い起こさねばならない。素朴に何の衒いもなく愛を込めて奮い起こさねばならない。「育ちゆくもの」に信頼を込めて、そして出来ることなら、情熱を傾けて、一歩一歩前に進むことだ。それが若人の特権というものだ。
 僕の中に未だ「育ちゆくもの」があるとすれば、もしあるとすれば、それに促されて、残された日々を歩み行かねばならない。

ヒトの厚み( 再掲 )

2015年06月21日 | Weblog

 生態学の本には興味深いことが一杯載っている。次はその一つ。
 地球という生態システムにおけるヒトの占める位置の量は極めて小さい。
 地球の半径は約6400km。その周囲に生物は貼りつくようにして生きている。生物が生存する範囲は、高さがせいぜい数千m、深さは最深の深海生物が棲む所でも10km。この範囲に生きている生物を全部集めて地球の表面に均等に並べると、その厚みは(驚くなかれ)1.5cmにしかならない。
 しかもその90%は植物で、動物だけの厚みは1.5mmにしかならない。動物の大部分は海の動物で、陸上動物はその250分の1、つまり0.006mmの厚みにしかならない。
 現在、陸上動物の中で量的に最も繁栄しているのはヒトである。勿論個体数だけをとれば、バクテリア、微生物などはヒトより遥かに多い。が、重さを含めて計算すると矢張りヒトが一番である。大雑把な計算によると、ヒトの総重量は約1億6000万トン。これは陸上動物のほぼ4分の1だと推定される。だから厚みにすれば0.0015mmぐらいになる。半径6400kmの地球に対して0.0015mmの厚み。
 この微小なヒトの存在が地球という生態システムに甚大な悪影響を及ぼしてきた。ヒトは生活するためにも様々な有害物質を排出してきた。このまま行けばこの生態システムはいつまでもつのだろう。