ポケットの中で映画を温めて

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忘れ得ぬ作品・2〜『エル・スール』

2016年01月22日 | 1980年代映画(外国)
1985年にビクトル・エリセ監督の『ミツバチのささやき』(1973年)が日本公開され、その評判からか同年に、長編二作目の『エル・スール』(1983年)も公開された。
前作のみずみずしさに感銘し、この作品が公開されるや、すかさず観に行った記憶が残っている。

場所は、スペインの北の地。
父アグスティンがもう帰ってこないと、エストレリャが予感したのは15歳の時の、1957年秋、夜が明けるベッドの中。

エストレリャの年少時代に遡って。
一家は、城壁がある川沿いの町の郊外の、“かもめの家”と呼ばれる家に移り住んだ。
県立病院に勤める父は、振り子を使った霊能力で村人に尊敬されている。
そんな父を慕い、一緒にいられることだけで嬉しいエストレリャ。

エストレリャの初聖体拝受の前日、南の地から祖母と父の乳母がやって来た。
その乳母から、スペイン内戦の政治的主義の違いから、父は祖父と仲たがいして家を出たと、エストレリャは聞かされる。
南に想いをはせる父。そして、雪が降らないという南を知ってみたいと憧れるエストレリャ。
祖母たちが南へ帰ったある日、エストレリャは、父の机の中にあった封筒に、ひとりの女性の名が繰り返し書かれているのを発見した。
母にその名をそれとなく尋ねてみても、母も知らなかった・・・・

エストレリャの回想による父についての思い出の物語。

ある日の学校帰り、エストレリャは映画館の壁に貼ってあるポスターの中に、ひとりの女性の名、イレーネ・リオスを見つける。
車の陰で映画館から父が出てくるのを待つエストレリャ。
その父は、喫茶レストランに入って手紙を書く。
それを窓の外から眺めるエストレリャには、そのことの意味合いがまだのみ込めない。
だが、理由も分からずに不安だけが残る。

それ以降、父、母、エストレリャの心は、それぞれに異なった方向へ進んでいく。
少しずつ、穏やかで平和だった家庭に重苦しい空気が流れ、崩壊していく。
エストレリャは、父を苦しめているもの、過去の謎を子供ながらに解明しようとするがわからない。

15歳になったエストレリャは、どことなく淋しげで孤独な少女に成長している。
憧れの父も、人生に疲れ切った憐れな様子の男になっている。

ある日のこと、学校の昼休みに珍しく父アグスティンが来て、エストレリャを昼食に誘う。
ホテルでのレストランで、幼い頃の疑問をエストレリャは聞いてみる。
イレーネ・リオスって誰?
父は、その名の人は知らないと曖昧に答える。
エストレリャは、その名を何度も書き連ねていた封筒を見たこと、
映画館でその名を知ったこと、その後で父が手紙を書いていたことを話す。
アグスティンは黙って洗面所へ立つ。
隣りの部屋では、結婚式の宴会が行われていて、舞踏曲のメロディーが流れている。
その曲は、初聖体拝受の日、家で父とエストレリャが楽し気に踊った曲だった。
エストレリャは父に手を振り、学校に帰っていく。これが父を見る最後だった。

静かに流れる物語に、そこはかとなく哀感が漂う。
そして、ラストのホテルのレストランの場面のように、余分な会話がない。
それでいて、何もかも、いろんなことが凝縮されている。

映像だって、そう。
父親が国境と呼ぶ、家の前の並木道が象徴する意味。
庭にあったブランコがなくなって、樹だけになっている風景。
さりげなく映しながら、その底では緻密に計算されている映像の数々。
それらが心に沁みつき、記憶の奥底に残って忘れられない作品となっている。

最後の場面で、エストレリャは南に向かって出発する。
この作品は、本来この先、“南(エル・スール)”での物語が続いていくはずだったという。
資金不足でプロデューサーからストップが掛かり断念したと聞いている。
エストレリャに異母兄弟がいて、父アグスティンの過去の秘密が具体的になって、自殺した真相も明白になる内容だと思っている。
といっても、作られなかったから、この『エル・スール』の作品自体の評価が下がるというわけではない。

ビクトル・エリセの長編映画は40年以上の期間に、わずか三本だけである。
まだまだ現役の監督であるから、是非『エル・スール』の後半を作ってもらいたいと、ファンの一員として願っている。

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