信州生坂村「山紫水明 食と文化癒しの郷!」

山清路、大城・京ヶ倉等の自然。赤地蔵、百体観音等の伝統。おやき、おにかけ等の食文化を持つ生坂村!

昭津上空からの風景&送り盆のお墓参りと庭の草取り

2023年08月16日 | 生坂村の風景

 16日(水)は雲が広がってスッキリしない空で時より少し雨がパラつき、昼間は蒸し暑さが続きました。

▽ 毎朝恒例の撮影は、昭津橋の袂に行き、犀川や周辺と上空からの風景を撮影しました。

昭津上空からの風景

 株式会社レゾナック(旧昭和電工株式会社)広津発電所は、昭和14年に完成し、高低差203メートルを利用して水力発電をしています。平成12年4月から無人化になり、今は遠隔操作で稼働していますが、80年以上の長きにわたりお付き合いをさせていただいています。

 生坂村史によりますと、初代昭津橋が昭和13年、広津発電所建設の地元への補償の一つとして、また資材の県道からの運搬、社宅から通勤のため、昭和電工の費用により架設されました。

 しかし、50年の歳月を経て老朽化し、昭和62年5月に昭和電工により交通規制表示板が立てられました。区民は総会を開き「昭和電工と長年の友好の精神を尊重し、村当局で交通不便をきたさぬよう万全の方途を講じられたい」と区長から村長・村議会議長に陳情しました。

 翌63年2月には地元昭津区をはじめ近隣5地区の協力を得て昭津橋架け替え促進期成同盟会が発足して、関係区の区長・村議会議員・地元昭津区から数人が参画、村長が顧問になりました。


 そして、現在地より少し下流に4メートル嵩上げして斜橋が計画され、長野県過疎対策代行特別事業で平成16年12月に供用開始になり、翌17年3月に村道1級1号の付帯工事が、昭津橋架け替え促進期成同盟会や地元の皆さんの念願が叶って竣工しました。

 15~16日とお盆休みをいただき、お盆の3日間で早朝2時間ほどの草取りを妻と一緒に行いました。

 本日は草刈り後、畑の保全耕起と周りの草刈りを優先しましたので、庭の草取りは若干残ってしまいましたが大方綺麗になりました。

 午後は斎日(おせいにち)の送り盆で、私は家族と本家の家族でお墓参りに行きました。

 

 

 我が家の孫たち2人と本家の子どもたちが集まり、賑やかなお墓参りになり、ご先祖様も跡取りができたと喜んでいると感じました。

 お墓参りに行った時の我が家のお墓ですが、昨今お供え物は、カラスやタヌキなどの餌になるため、お墓参りには持参しないで、生花とお線香を上げてお参りしました。

 小舟集落の藤澤家13戸が、今日の繁栄は祖先の遺徳の賜物と感謝し供養するとともに、子孫の弥栄を祈念して昭和60年に建立した供養之碑です。

 お座敷の盆棚や盆提灯、お供え物などを片付け、位牌などを仏壇に戻して、夕方には送り火を焚いてご先祖様を見送りました。

 本日生坂村では、小学校でアウトメディアチャレンジデー、中学校で2年職場体験学習①、やまなみ荘通常営業などが行われました。