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信州生坂村「山紫水明 食と文化癒しの郷!」

山清路、大城・京ヶ倉等の自然。赤地蔵、百体観音等の伝統。おやき、おにかけ等の食文化を持つ生坂村!

日岐と小舟上空からの風景&我が社の弾丸ツアー

2025年06月15日 | 生坂村の風景
 6月15日(日)は午前を中心に雨が降り、午後は日差しが届いて不快な暑さとなりました。

△▽ 毎朝恒例の写真と動画は、朝早く出発したかったので、2日前に朝日が差してきた日岐と小舟上空から撮影した風景です。
日岐と小舟上空からの風景


 本日私は公務がなく、毎朝恒例のSNSの発信を済ませ、久しぶりに我が社の親睦旅行に同行しました。今回は孫たちも連れて行くことになり、明科駅始発で出発し、新幹線に乗って東京日帰り弾丸ツアーを行いました。

 3番目の孫は生まれて初めての電車の旅に、朝から食欲が旺盛で妻が握ったおにぎりを4つも食べて満足そうでした。


 予定通り長野駅で北陸新幹線「はくたか」に乗って東京を目指しました。何十年かぶりに上野動物園に行ったときには、小雨がパラついていましたが、その分空いていて、パンダやライオン、ゴリラ、ホッキョクグマなど色々な動物を見ることができました。






 お昼頃にはソラマチに行き、昼食を食べようとしましたらとても混んでいて、2班に分かれて行動することにし、私は妻と3番目の孫たちと外に出てもんじゃ焼きを食べました。

 その後、東京駅に行き、お土産などを買うためにそれぞれ分かれて行動しましたが、何処も人、人、人でごった返ししていて、孫と手をつないだり、抱っこしたりして行動しましたので、写真を撮るタイミングがあまりなく残念でした。

 孫たちには、良い社会勉強と良い思い出になったと思いますし、おとな達は人混みを15,000歩以上も歩き、とても疲れたと思いますが、楽しい一日になったかと思います。皆さん、大変お疲れ様でした。





信濃十名勝「山清路」の風景&泉小太郎伝説

2025年06月08日 | 生坂村の風景
 6月9日(月)は日差しが時々広がりましたが、雲が広がりやすい空で、昼間は気温が上がり暑く感じられました。

△▽ 毎朝恒例の撮影は、清らかな犀川と大きな奇岩で有名な信濃十名勝「山清路」の風景を撮影しました。
信濃十名勝「山清路」の風景


 北アルプスの名峰「槍ヶ岳」を源とする犀川は、松本盆地を北流し長野盆地の川中島で千曲川と合流する河川でして、その流れはところどころで蛇行しながら、美しい峡谷である「犀峡」を造り出しています。

 犀川は生坂村で、支流の金熊川、麻績川と合流するところが「山清路」と呼ばれる景勝地になっていて、この地は、民話『犀龍と泉小太郎』の山清路伝説の場所なのです。

 松本平は太古、一面に湖であった。ここに犀竜が住んでいて、白竜王(日輪、大日如来の化身)との間に泉小太郎が生まれ、泉小太郎に自分の姿を見られることを恥じて、湖水に隠れてしまった。

 泉小太郎は母の行方をたずね歩き、やっと熊倉の下田奥の尾入沢(松本市島内と安曇野市豊科田沢の境)でめぐり会うことができた。
 犀竜は「我は諏訪大明神の化身である。氏子を繁栄させたいと思う。背中に乗りなさい。この湖水を突き破り平地とし人里にしたい」といった。

 泉小太郎はいわれるままに尾入沢から犀竜に乗り、山清路の大岩を突破し、水を越後の海に流し落として、松本平を肥沃な人里とした。
この後、犀に乗った所を犀乗沢、そこから千曲川までの川筋を犀川というようになったと伝えられている。

 山清路は泉小太郎が一番苦労して突破した難所である。そのおかげで生坂の地も人里と なった。かつては、感謝とこの地の発展を祈って毎年5月に犀竜小太郎祭が盛大に行われていた。

 山清路という地名は、昔この付近に山(三)清寺という寺があったことからつけられたといい、今も寺跡がある。山清路の名勝は明治以降、犀川下りの人々により有名となり、昭和3年新愛知新聞社 主催により、信濃十名勝の第二番に選ばれた。

 昭和62年には朝日新聞社、長野県、テレビ信州、森林文化協会の公募により、長野の自然100選の一つに認定された。
 当村としても山清路のVR動画、パンフレットの製作、看板の修繕と更新、百体観音の遊歩道の整備、駐車場整備などを行い、山清路を当村北部の観光名所にするため取り組んでおります。

 私は公務がなく、毎朝恒例の撮影とSNSの発信を済ませ、一般質問の対応を始めました。
 午後は、6月5日の旧暦の端午の節句が過ぎたので、皆で鯉のぼりや内飾りを片付けました。年に一回ですし、3人分がありますから、説明書も見ながらどうにか片付けました。

 本日生坂村では、海洋センター救命講習、海洋センタープール開きなどが行われました。


山清路大橋上空と周辺からの風景

2025年05月31日 | 生坂村の風景
 5月31日(土)は雲に覆われ時より日差しが届きましたが、午後にはザーッと雨が強まり、引き続き昼間もヒンヤリしました。

△▽ 毎朝恒例の写真と動画は、先日久しぶりに山清路大橋に行き、雲が優勢の上空と周辺からの風景です。
山清路大橋周辺からの風景


 当村山清路地籍において平成18年に大規模な岩盤の崩落によって、2トン車以上通行規制の旧山清路橋を通行することになり、長野県建設部がビルド・バック・ベターで取り組まれ、山清路バイパス工事が始まりました。

 主要地方道大町麻績インター千曲線は、長野県の中央部を東西に結ぶ最短路線で、麻績インターから東北信地方、大北地方へのアクセス道路として、地域間の交流、観光や産業の振興に寄与するとともに、地域の皆様にとっては大切な生活道路です。

 お陰様で山清路大橋の犀川上流側に歩道を整備していただきましたので、旧道を遊歩道として、山清路を周遊でき、新山清路橋、旧山清路橋、山清路大橋を介し、東は込地の釣り場、西は山清路の郷資料館など、国道19号や県道大町麻績インター千曲線など、広範囲にわたり周遊できるようになりました。

 加えて、金戸山百体観音の鷺の平集落側の板東33番から西国33番へ行き、秩父34番を見て回るトレッキングもできますので、山清路一帯でゆっくりと楽しめる観光地を目指したいと考えております。

 しかし、山清路大橋から先の区間、特に差切峡付近は崩落が多い箇所であり、主要地方道大町麻績インター千曲線整備促進期成同盟会ではトンネル化の要望をしております。これにより、安全性の向上と冬季の通行確保が期待されます。

 山清路バイパスと山清路大橋の整備は、地域の安全性と利便性を高める重要なプロジェクトでした。今後のトンネル化要望も含め、地域の発展と住民の生活の質の向上に寄与することが期待されます。

 私は、小学校運動会が明日に順延になったため、東京から朝一番で帰ってきてから、役場に行って溜まった決裁をした後、家でブログの作成や孫の子守りをして疲れを癒し、午後6時からは松本でのわらびの会で楽しいひとときを過ごしました。

 本日生坂村では、小学校運動会は明日に順延、マイナンバーカード休日受付申請窓口開設などが行われました。



信濃十名勝「山清路」の風景&耐震工事後の旧山清路橋

2025年05月24日 | 生坂村の風景
 5月24日(土)の天気は下り坂で、午後から段々と雨が降り出し、気温もあまり上がりませんでした。

△▽ 毎朝恒例の撮影は、山清路に行き、耐震工事を施した旧山清路橋の周辺の風景を撮影しました。
信濃十名勝「山清路」の風景


 北アルプスの名峰「槍ヶ岳」を源とする犀川は、松本盆地を北流し長野盆地の川中島で千曲川と合流する河川でして、その流れはところどころで蛇行しながら、美しい峡谷である「犀峡」を造り出しています。

 犀川は生坂村で、支流の金熊川、麻績川と合流するところが「山清路」と呼ばれる景勝地になっていて、この地は、民話『犀龍と泉小太郎』の山清路伝説の場所なのです。

 松本平は太古、一面に湖であった。ここに犀竜が住んでいて、白竜王(日輪、大日如来の化身)との間に泉小太郎が生まれ、泉小太郎に自分の姿を見られることを恥じて、湖水に隠れてしまった。

 泉小太郎は母の行方をたずね歩き、やっと熊倉の下田奥の尾入沢(松本市島内と安曇野市豊科田沢の境)でめぐり会うことができた。
 犀竜は「我は諏訪大明神の化身である。氏子を繁栄させたいと思う。背中に乗りなさい。この湖水を突き破り平地とし人里にしたい」といった。
 
 泉小太郎はいわれるままに尾入沢から犀竜に乗り、山清路の大岩を突破し、水を越後の海に流し落として、松本平を肥沃な人里とした。
 この後、犀に乗った所を犀乗沢、そこから千曲川までの川筋を犀川というようになったと伝えられている。

 山清路は泉小太郎が一番苦労して突破した難所である。そのおかげで生坂の地も人里と なった。かつては、感謝とこの地の発展を祈って毎年5月に犀竜小太郎祭が盛大に行われていた。

 山清路という地名は、昔この付近に山(三)清寺という寺があったことからつけられたといい、今も寺跡がある。山清路の名勝は明治以降、犀川下りの人々により有名となり、昭和3年新愛知新聞社 主催により、信濃十名勝の第二番に選ばれた。

 昭和62年には朝日新聞社、長野県、テレビ信州、森林文化協会の公募により、長野の自然100選の一つに認定された。

 当村としても山清路のVR動画、パンフレットの製作、看板の修繕と更新、百体観音の遊歩道の整備、駐車場整備などを行い、山清路を当村北部の観光名所にするため取り組んでおります。

 本日私は公務がなく、毎朝恒例の撮影とSNSでの発信を済ませ、孫の子守りをしながらブログを作ったりしました。
 本日生坂村では、保育園で親子レクなどが行われました。

宇留賀上空からの風景

2025年05月03日 | 生坂村の風景
 5月3日(土)は晴れて新緑が映える空で、昼間は薄着で過ごしやすく日向で動くと暑く感じられました。

△▽ 毎朝恒例の撮影は、気持ち良く晴れた空に新緑が映えていた宇留賀上空からの風景を撮影しました。
宇留賀上空からの風景


 宇留賀の金熊川沿いには、江戸時代から用水路があって、米を作り米のご飯を食べられたが、近くの村々では米が作れなかったので、「花の宇留賀は銀の飯」と威張っていたと言われています。(生坂村誌より)

 こちらの用水路も、県営中山間総合整備事業により改修され、ここの水田は用水を心配することなく、江戸時代からの稲作が続けられると思います。

 山清路方面は朝日に新緑が映えていて、手前から新山清路橋、旧山清路橋、山清路大橋と3橋が一枚の写真に入るのは、この地の交通の歴史を感じる風景です。

 北アルプスの名峰槍ヶ岳を水源とする犀川は、松本平、安曇野を過ぎて善光寺平へと至る間、蛇行を繰り返しながら深い峡谷を成し、犀川は生坂村にて支流の金熊川と麻績川を合流していて、このあたり延長1km区間が景勝の地「山清路」となっています。

 私は、朝一番に草取りをして、朝食後撮影とSNSの発信を済ませた後、孫と一緒に野菜の苗床を作りました。
 トマトの苗床の上には、トマトの生育を保護し、害虫や病気、気象条件の影響から守るためビニールハウスの骨組みもしました。慣れない農作業と草取りで足腰が痛くなりました。



信濃十名勝「山清路」の風景

2025年04月29日 | 生坂村の風景
 4月29日(火)は気持ちの良い青空が広がり、朝晩は少しヒンヤリしても、昼間は過ごしやすい陽気となりました。

△▽ 毎朝恒例の写真と動画は、澄み切った青空から朝日が差してきて、新緑が映えていた山清路の風景です。
信濃十名勝「山清路」の風景


 北アルプスの名峰「槍ヶ岳」を源とする犀川は、松本盆地を北流し長野盆地の川中島で千曲川と合流する河川でして、その流れはところどころで蛇行しながら、美しい峡谷である「犀峡」を造り出しています。

 犀川は生坂村で、支流の金熊川、麻績川と合流するところが「山清路」と呼ばれる景勝地になっていて、この地は、民話『犀龍と泉小太郎』の山清路伝説の場所なのです。

 山清路では国道19号と長野県道55号大町麻績インター千曲線が交差しており、北は長野市、南は安曇野市・松本市、東は東筑摩郡筑北村・麻績村、西は大町市へと、それぞれつながっています。


 現在の山清路橋は1934年(昭和9年)に架けられたもので、完成当時発行されていた建築および土木工学関係の技術雑誌である『土木建築工事画報』でも紹介されました。1960年代後半には新山清路橋が開通しました。

 現在はさらに、長野県道55号大町麻績インター千曲線の山清路バイパスとして山清路大橋が2020年(令和2年)12月13日に開通し、長野19号防災事業として山清路の西側を通過する国道19号のトンネルが建設中です。

 当村としても山清路のVR動画、パンフレットの製作、看板の修繕と更新、百体観音の遊歩道の整備、駐車場整備などを行い、山清路を当村北部の観光名所にするため取り組んでおります。

 私は公務がなく、孫と散歩をしたり、ブログを作成したり、庭の草を取ったりしながら、ノンビリ過ごしました。
本日生坂村では、マイナンバーカード休日申請交付窓口開設などが行われました。

高津屋森林公園周辺からの風景

2025年04月26日 | 生坂村の風景
 4月26日(土)は晴れて気持ちの良い青空が広がり、朝晩はヒンヤリしても、昼間は過ごしやすい体感でした。

△▽ 毎朝恒例の撮影は、高津屋森林公園に上がり、ハナモモなどが綺麗に咲いている周辺や上空からの風景を撮影しました。
高津屋森林公園の風景
 高津屋森林公園は、雄大な北アルプスを望む森と山と季節と遊ぶリゾートエリアです。
 家族やグループの宿泊だけでなく、企業の研修やクラブ活動でもご利用いただいています。

 毎年恒例のしいたけ駒打ち体験は、GWの最終日5月6日(火)に高津屋森林公園で開催されます。

 わらび収穫体験は、5月3,4、5日は午前中のみです。5月6日は駒打ち体験のため、午前中は受け付けできません。また、想定以上にお客様が多く、収穫体験が中止になる場合もございますのでご容赦ください。

 国道19号線からわずか15分のスムーズなアクセスと、リーズナブルな料金設定も魅力です。
 セミナーハウスは、会議室、宿泊スペース、そして本格的な厨房さらに浴室など、多彩な機能を備えています。

 コテージは、キッチン・バス・トイレ・エアコン完備で寝具も付いています。
 バーベキューハウスは、テーブルとイスがセッティングされ、また炊事場も付いているので、気軽にキャンプ感覚の食事が楽しめます。また、バーベキューコンロの貸出をしております。

 高津屋森林公園は、マレットゴルフ場の一部を新たにオートキャンプエリアとして整備し、洗面所・トイレなどを改修してオープンし、翌年も好評でしたオートキャンプエリアを増やしてキャンプブームに対応しています。

 テントサイトはオートキャンプサイトとフリーキャンプサイトがあり、トイレ・炊事棟、シャワー室がありますので、快適にお過ごしいただけます。

 セミナーハウスから遊歩道を歩いて、土俵がある林間広間へ上がると 北アルプスを望む絶景のビューポイントになっています。
 また、施設の近くには上野農村公園へとつながる「グリーンパークブリッジ」という吊橋があり、こちらへも足を運んでみてはいかがでしょうか。

営業期間は、4月~11月中旬頃【冬期休業】
 〈コテージ〉は12,000円(午後2時~翌日午前11時)1棟あたり
 【予約】電話または楽天トラベルにて予約を承っています。
  電 話 0263-69-3900【森林公園管理事務所】 (FAXも同じ)
  メールアドレス:takatuya@lagoon.ocn.ne.jp
  皆さんのご利用をお待ちしております。

 私は公務がなく、恒例の撮影とSNSに発信した後、畑を耕起し長ネギを植えてから、孫の子守りをしながら過ごしました。

 本日生坂村では、村議会議員一般選挙期日前投票、やまなみ荘で風呂の日などが行われました。


下生野上空からの風景&東京見学

2025年04月21日 | 生坂村の風景
 4月21日(月)は日差しが届き、昼間は過ごしやすい体感でしたが、朝晩との気温差大きい一日でした。

△▽ 毎朝出勤前恒例の撮影は、青空が広がり朝日が差してきた下生野上空からの風景を撮影しました。
下生野上空からの風景


 本日私は、毎朝出勤前恒例の撮影とSNSの発信を済ませ、役場に顔を出した後、翌日の春の園遊会に招待されたため、妻と一緒に東京に向かいました。

 私が村長になってから19年目に入り、初めて妻と二人だけで東京に行きましたので、東京駅で昼食を食べた後に東京駅をバックに記念撮影をしました。

 その後、タクシーの運転手さんにお願いして、私が主に5月と11月に要望活動をする、国会議事堂周辺の国土交通省をはじめ各省庁、衆議院議員会館、参議院議員会館を回ってもらって、妻に説明をしました。

 宿泊先の全国町村会館にチャックインしてから、東京スカイツリーに行ってみることにしました。最寄りの永田町から地下鉄半蔵門線で30分ほど乗って着きましたが、月曜日なのに、こちらもインバウンドの外国人が多くて驚きました。

 ソラマチひろばは、噴水やモニュメントのある憩いの空間で、ひろばを取り囲むように東京ソラマチの店舗が並んでいて、東京スカイツリー撮影の人気スポットで記念撮影をしました。

 東京スカイツリーは、東京都墨田区押上にある電波塔で、2012年2月29日に完成し、同年5月22日に電波塔・観光施設として開業しました。 東京のランドマークの一つで、高さは634 m、タワーとしては世界第1位です。建築物としてはブルジュ・ハリファ、ムルデカ118に次ぐ世界第3位となっています。

 私はここができた頃に1回上がったことがありましたが、妻は初めてなので、展望デッキと天望回廊のセットにし、こちらもエレベーターに乗るために時間が掛かってやっとのぼれました。

 東京スカイツリーの天望デッキと天望回廊は、高さと特徴が異なりました。まずは、天望デッキの地上350mに着き、続いてエレベーターを乗り継いで、天望回廊の地上445mに上がりました。そこからは名探偵コナンシリーズの「名探偵コナン 煌きの青天塔」や「名探偵コナン 隻眼の残像」等の展示がありました。


 また、フロア445からスロープ状の天望回廊を空中散歩の気分も味わいながら進んでいき、最高到達点「ソラカラポイント」のあるフロア450へ到着しました。

 天気は良かったのですが、春霞が掛かっていて富士山は見えませんでした。でも、360度の大パノラマが楽しめました。

 そして帰りは、天望回廊から天望デッキの地上345mまで下り、5m下った340mのガラス床の迫力ある景色も体験できました。



 最後は、スカイツリータウン内にあるショップやレストラン、エンターテイメント施設などが集まっています、大きな商業施設の東京ソラマチで、我が家や孫たちなどにお土産を買って全国町村会館に帰りました。

 


 本日生坂村では、小学校でNINO週間(~25日)、のらのら青空塾総会、重層的支援体制整備事業検討委員会、分館長・社会教育委員・スポーツ推進委員合同会議、スマホ予備校などが行われました。


松本駐屯地創設75周年記念式典&万平集落の桜並木の風景

2025年04月19日 | 生坂村の風景
 4月19日(土)は日差しが届き、昼間は気温が上がり、季節外れの暑さとなりました。

 午前10時から、昭和25年11月創設以来、長野県の郷土部隊として「地域に貢献する魅力ある松本駐屯地」として着実に歩み続けてきて、通称「山岳連隊」の異名を持つ第13普通科連隊等が所属しています松本駐屯地の創設75周年記念式典に出席いたしました。

 松本駐屯地を拠点とする第13普通科連隊等の隊員が整列され、駐屯地司令の秋山1等陸佐の下、記念式典が始まりました。

 私は、東日本大震災、熊本地震、能登半島地震、多くの山林火災など数々の災害派遣の被災地支援等に感銘を受け、長野県内で発生した平成26年9月の木曽御嶽山噴火災害、令和元年東日本台風災害等の災害派遣任務に敬意を表し、都合の付く限り出席させていただいております。

 また、我が地域は糸魚川―静岡構造線断層帯に位置し、昨日も近隣の大町市八坂地区で発生した地震など、その影響の大地震や昨今多様化している大災害が危惧される中、それらの有事の際の対応として自衛隊の皆さんに派遣要請することを鑑み、平素のお付き合いを大切に思い、今回も出席させていただきました。

 執行者臨場、執行者に敬礼、国旗掲揚、巡閲、秋山1等陸佐の執行者式辞、新田副知事と臥雲松本市長の来賓祝辞、来賓紹介と進みました。






 観閲行進・飛行は、音楽隊の演奏に併せ、多くの隊員の行進と充実した各種装備を備えた特殊車両等がパレードしました。






 次は松本アルプス太鼓と滝ヶ原雲海太鼓と空自入間修武太鼓による息の合った素晴らしく力強い演奏を聞かせていただきました。


 今年も模擬戦闘訓練として、松本駐屯地を拠点とする第13普通科連隊の隊員たちが、オートバイ、ヘリコプター、高機動車、戦車、追撃砲などを使っての訓練を見せていただきました。







 スピーディーに正確に役割を果たし、実戦がないことを願いながら、有事の際の対応の素晴らしさと危機感迫る迫力に日頃の厳しい訓練の成果を感じました。




 今後も日本、長野県、市町村の住民の生命と財産を守るとともに、安全で安心な生活の確保のために、多くのご活動やご支援を賜りますようお願い申し上げます。松本駐屯地創設75周年、誠におめでとうございました。


万平集落の桜並木の風景
△▽ 毎朝恒例の撮影は、万平集落に上がり、毎年恒例の満開の桜並木と花曇りの上空からの風景を撮影しました。


 本日生坂村では、道の駅いくさかの郷特産市などが行われました。



犀川対岸からの大日向の風景

2025年04月13日 | 生坂村の風景
 4月13日(日)は雨が降ったり止んだりで、一時的にザッと雨が強まり、昼間の気温は昨日より低くなりました。

△▽ 毎朝恒例の撮影は、雨が降る中、犀川対岸から大日向の春たけなわの風景を撮影しました。
大日向の風景


 本日私は公務がなく、毎朝恒例の撮影をし、各SNSで発信してから、来週22日(火)に園遊会に招待された準備として買物と理髪に行きました。


 午後は、孫3人を連れて妻たちと一緒に食品の買物に行きまして、帰ってきてから広報いくさかの校正と、ブログを発信したりして、ゆっくりとした雨の一日でした。
 その他生坂村では、中学校で修学旅行、日置神社等で春季祭典などが行われました。