9月29日(日)は雲が広りスッキリしない空で、朝晩は過ごしやすくても、昼間はジメジメと暑くなりました。
△▽ 毎朝恒例の写真と動画は、先日撮り溜めの朝霧が立ち込めていた上生坂上空から風景です。
上生坂上空からの風景
本日は朝4時45分に我が家を出発し、羽田空港には9時頃に着いて、11時35分発のANA471便に乗り、羽田空港の混雑で30分ほど遅れて14時40分頃に那覇空港に着きました。
そしてさっそく首里城に向かい、令和元年10月31日未明火災に見舞われ、同年12月16日に視察した私は、復元がどの様に進んでいるか皆で視察しました。
まず、首里城公園のインフォメーションセンターである首里杜館に行き、総合案内をしていただける方をお願いして出発しました。ここには、情報展示室のほか、レストランや売店などがあり、首里城に関する情報を学んだり、ゆっくりと休憩したり出来ます。
次に、エレガントな外観が美しい守礼門に行き説明を受けました。「守礼」とは、「礼節を守る」という意味が込められている言葉で、「琉球は礼節を大切にする国である」というメッセージが詰まった門なのです。
中国風の建築デザインも豪華で美麗な門の前で記念撮影をしました。
園比屋武御嶽石門は、琉球の石造建造物の代表的なものであり、1933年国宝に指定されましたが、沖縄戦で一部破壊され、1957年に復元されました。現在は、国指定重要文化財となっていて、2000年には世界遺産へ登録されました。
歓会門は、首里城の城郭に入る前の最初の正門で、「歓会」には「歓迎する」という意味があり、創建は、1477年~1500年頃。沖縄戦で焼失したものを1974年に復元しました。
魔除けのために、一対のシーサーが設置されているところも見どころです。
次に向かったのは、「立派な泉」という意味が込められた端泉門です。石造かつアーチ状の歓会門とは異なり、門の上に直接やぐらが乗っています。これは日本本土でもよく散見される建築様式ですが、やぐらの中央にある扁額が琉球らしさを醸し出していました。
続いて、「福を行き渡らせる」という意味がある広福門に向かいました。建物全体が門になっており、これは首里城の城門における特徴でもあります。非常に眺めがよい場所に設置されているため、龍潭の池・円覚寺の総門・虎瀬山などが見下ろせるところも注目です。
奉神門は、首里城正殿がある「御庭」に入るまでの最後の門です。1562年以前に建設されたと考えられており、現在は首里城公園を管理する改札所として利用されていました。
火災の影響を受けながらも奇跡的に立っていた大龍柱。補修作業のため台座から取り外し、仮設補修作業場へ移動して大龍柱の本格的な補修作業が行われました。補修された大龍柱は、新しい令和の大龍柱の見本として活用するまでの約2年間、下之御庭の補修作業場で公開しています。
続いて、復元工事をおこなっている今しか見られない復元工事エリアに向かいました。職人たちが木材の加工などをおこなう「木材倉庫・原寸場見学エリア」で、補修が完了した「大龍柱補修展示室」などが見学できました。大型モニターでは、大龍柱の補修の様子を映像で視聴可能でした。
建築中の正殿を雨風や埃から守るための建物「素屋根」です。この素屋根の中に、工事の様子を間近で見られる見学エリアを設けて、正殿にあわせて3階建てとなっている見学エリアからは、復元工事の様子を臨場感たっぷりに視察できました。
復興工事についてもっと詳しい情報を学べるのが、復興展示室です。2020年10月にオープンし、火災時の残存物や、残った瓦を使った屋根などを展示しています。VTR「首里城 復興へのあゆみ」を放映しているほか、解説パネルや実際の素材といった展示物も充実していました。
国王の家族などが居住していた、御内原の中にある世誇殿。琉球王朝時代に即位の儀礼がおこなわれていた部屋です。2019年に外観が復元されました。現在は休憩スペースで、琉球王国の歴史と首里城正殿跡の魅力について学べる映像資料を18面モニターで放映していました。
今後の復元予定として、2026年秋の正殿完成を目標に作業が進められていました。
その際には、正殿内部にて、2022年の公開以来、二度目の一般公開がなされるとのことで、現在も、2026年に完成予定の正殿の復元作業が行われている現場や復元過程は一般公開されていました。
本日生坂村では、しべつあきあじまつりに出展、リビング・ウィル講演会などが行われました。