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北海道の名付け親と札幌

2007-07-07 20:30:31 | 北海道・歴史探訪


         私の住んでいる、北海道。

 この北海道という名前を付けた人物を知っていますか?


  その人物とは・・・
    伊勢国一志郡須川村(現在の三重県松阪市小野江町)の出身の
           松浦 武四郎 (まつうら たけしろう) という人です。
           
   文政元年2月6日(1818年3月12日)生まれ- 明治21年(1888年)2月10日没

       幕末から明治時代探検家です。
 

 幼い頃から、全国からお伊勢参りに来る人たちにふれ、自分も旅をしてみたいという気持ちを
強くしていったのと同時に、私塾で学ぶうちに自分の見聞をさらに高めたいと、16歳の時に江戸
への旅へ出ました。これを皮切りに全国各地を旅をして回りました。

 武四郎が28歳の時に初めて、念願の蝦夷地を訪れました。
この後の旅(3回分)の記録を「初航・再航・三航蝦夷日誌」という本にまとめました。

 安政2年(1855年)37歳の時に、箱館(函館)奉行所の支配勤方を命じられ、蝦夷地へ
役人として渡ることになりました。この時の仕事は、新しく道路を整備することでした。

 江戸時代が終わり明治時代へと変わると、明治政府は「開拓使」という役所をつくり、武四郎を
「開拓判官」に任命しました。

 明治政府の役人になった武四郎は、蝦夷地の新しい名前や開拓政策を提案します。
 
武四郎が目指した北海道は、アイヌと和人(日本語を母国語とする人々)が共に仲良く暮らす
ことができる大地でした。



 「北海道名選定上申書」という、蝦夷地の新しい名称を決める上での
提案書で・・・。

道名として、日高見道北加伊道、海北道、海島道、東北道、千島道の六案を挙げました。

  すべての候補名に「道」が付くのは、律令制時代の五畿七道の東海道、
 南海道、西海道の呼称に倣う形としてつけられているそうです。


 

 「北海道」という名前は、「北加伊道」として候補に
挙げられました。


 「加伊」の意味については、アイヌの古老アエトモより
     「カイとは此国に産れし者の事」であることを聞き、引用しています



 
すなわち、武四郎は「北海道」という名前を「北の国に生まれたアイヌの大地」という思いをこめて名づけたそうです。


 
支庁名、郡名についても、武四郎は「地名はその土地の文化である」として
アイヌ語地名に基づいて選定をおこないました。


  そのため、北海道の地名はアイヌ語に由来するものが多いのですね
 アイヌ語に漢字を当て字にしたので、難解な地名も・・・。




  札幌(サッポロ)という名前の由来は・・・

   札幌市中心部を流れる豊平川(とよひらがわ)は、アイヌ語で
「サッ・ポロ・ペツ」 (乾いた 広い 川) と呼ばれていたそうです。

 その流路一帯の地名にも転用されたもので、これが札幌の語源だそうです。
 

      松浦武四郎と札幌についてですが・・・

  明治2年に置かれた、「開拓使」の箱館府の位置が南に偏りすぎている
 ため、北海道の中央部に本庁を設けることになっていました。

   松浦武四郎の「札幌に移したほうがいい」という意見から
  札幌が北海道の中心都市となったのです!

   札幌の街の成長を、うながした人物なのです。
 

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