日本経済新聞 関連サイト中国の世界地図が北方領土に塗った色 現代世界の歩き方(2) 東工大講義録から
- 2012/5/21 4:00
2回目の講義は、国際情勢です。
日々目にしたり耳にしたりする国際ニュース。それぞれの国や地域には、領土や国境線をめぐって、それぞれの言い分があります。そんな主張の違いを知る方法のひとつとして、世界地図を見るという手法があります。
実は私は世界各地に取材に行った際、それぞれの国や地域で発行されている世界地図を買い求めるのが趣味なのです。それぞれの政府がふだんは声高には言わない建前や主張が、地図の表現に込められているからです。
私たちがふだん目にしている世界地図は、日本が中心に描かれています。でも、世界の人々は、こうした形の地図を見ているわけではありません。
■世界を英国から見れば
たとえば英国の世界地図。欧州中心の世界地図です。日本は右端つまり東の端にあります。日本周辺のことをなぜ「極東」と呼ぶか、この地図を見れば明らかです。英国にとって日本は、「極端に東」にあるのです。
いけがみ・あきら ジャーナリスト。東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年(昭25年)生まれ。73年にNHKに記者として入局。94年から11年間「週刊こどもニュース」担当。2005年に独立。近著に「池上彰のやさしい経済学」(日本経済新聞出版社)。長野県出身。61歳。
かつて「極東」の範囲が国会で問題になったことがあります。それは、日米安保(日米安全保障条約)の中の「極東」の範囲が問われたからです。安保条約の第6条には、次のような条文があります。
「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリ力合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される」
日本に駐留する米軍は、日本を守るために駐留するという理解の人が多いと思いますが、これを読むと、「極東における国際の平和及び安全の維持」のためにいるんだということがわかります。つまり、もし「極東」で国際紛争が起きた場合、在日米軍は出動するのです。
そこで、「極東」とはどこであるか、が問われたのです。1960年2月、政府は統一見解を発表しています。それによると、「大体において、フィリピン以北並びに日本及びその周辺の地域であって、韓国及び中華民国の支配下にある地域もこれに含まれている」となっています。つまり、台湾海峡で中国と台湾が衝突したり、朝鮮半島で紛争が発生したりした場合、日本にいる米軍が出動することもあると規定されているのです。
極東の範囲がわかったら、次は中東です。 私たちが「中東」と呼ぶ地域は、日本から見ると西に位置しています。それなのに、なぜ「東」という文字が入っているのか。英国から見ればわかりますね。英国から見て「中くらい東」にある地域だからです。
では、極東でも中東でもない、ただの東はあるのか。英国にとっては、インド周辺が「東」に該当するのです。かつてインド周辺(インド、パキスタン、バングラデシュ、スリランカ)は、英国の植民地(英国領インド)でした。英国から見れば、インドのあたりが東の基準になっているのです。
かつて英国は「大英帝国」と呼ばれ、世界の海を支配していました。このため、国際情勢を語る上でのさまざまな用語が、英国からの発想で生まれたのです。
■イランや台湾から見ると
イランの世界地図を見ると、イスラエルが存在していません。イスラエルの場所には「パレスチン」と表記されています。パレスチナです。イランは、イスラエルを国家として承認していません。対立関係にあります。イランとしては、「イスラエルの建国によって多数のパレスチナ難民が生まれた」という思いがあり、イスラエルを認めていないのです。
イランのアハマディネジャド大統領が就任したとき、「イスラエルを一刻も早く世界地図から抹殺しなければならない」と発言して世界を驚かせましたが、イランの世界地図では既に“抹殺”されているのです。
そんな立場のイランには、核開発を進めているという疑惑があります。これはイスラエルにとって脅威です。このため、イスラエルは、イランの核開発を阻止するため、空爆など何らかの手段に出るのではないかと国際社会は心配しているのです。
地図は、時代によっても変化します。私が持っている古い台湾の地図には、「中華民国全図」と書いてあるのですが、中国大陸もモンゴルも含まれています。実際に「中華民国」を名乗っているのは台湾だけなのに、中国大陸もモンゴルも入っているのです。
これは、かつて大陸に中華民国が建国されたとき、モンゴルもその一部になっていた経緯があるからです。その中華民国は、支配政党だった国民党が中国共産党との国共内戦に敗れ、大陸に存在しなくなりましたが、国民党は台湾に逃げ込んで、中華民国を名乗り続けました。その当時の地図なのです。
しかし、これはフィクションです。実際にはモンゴルは第2次世界大戦後、独立国になったのですから。そこでフィクションはやめようということになり、現在の台湾の地図では、モンゴルは別の国になっています。
一方、大陸にある中華人民共和国の地図を見ると、中華民国は存在していません。台湾島と表記してあります。「中国はひとつ」というのが中華人民共和国政府の方針ですから。
■中国の「敵の敵」は味方
あなたの家の世界地図帳で、中国とインドの国境線を見てください。ブータンの東側です。二重の点線が引かれているはずです。中国とインドは国境線をめぐって戦争をしたことがあります。中印戦争です。国境が確定していないので、第三者の日本では、点線で表示しているのですが、中国の地図ではインド側に入ったところが国境になっています。
このように国境線が国によって異なるということになりますと、では、北方領土はどうなっているのか気になります。
北方領土とは、国後(くなしり)、択捉(えとろふ)、歯舞(はぼまい)、色丹(しこたん)の4島ですね。日本の領土ですが、旧ソ連に占領された後、いまもロシアに占領されています。この北方領土が、中国の地図では、どちらの国の色に塗られているでしょうか。学生諸君に聞いてみましょう。どうかな?
学生A 「ロシアの色」
どうしてかな?
学生A 「中国とロシアは仲がいいから」
ほかには?
学生B 「日本の色」
ほう、どうして?
学生B 「日本人としては、日本の領土が広いほうがいいから」
おっと、願望と事実を混同してはいけないよ。実は答えは、「中国の世界地図で北方領土は日本の色」なのです。答えは合っていたけど、答えを出すまでの経過が違っていては、正解とは言えないね。
しばしば反日の姿を見せる中国が、なぜ北方領土に関しては、日本の言い分を認めているのか。それを理解するキーワードは、「敵の敵は味方」という言葉です。
かつての東西冷戦時代、中国とソ連は厳しく対立していました。国境線をめぐって軍隊同士の衝突もあり、死傷者が出たこともあります。中国は、本気で核戦争を覚悟していたこともあります。こうした危機感のもと、双方とも、相手の国の包囲網を築こうとしていました。ソ連にとって、敵である中国は、インドと敵対していました。ということは、中国の敵であるインドは、「敵の敵」だから味方になります。ソ連はインドと手を結ぶことで中国を包囲しました。
一方、中国はインドの敵であるパキスタンと結び、インドを包囲しようとしました。世界規模のオセロゲームが繰り広げられたのですね。
では、ソ連を包囲するには、どうしたらいいのか。ソ連と対立する米国、日本と関係を改善すればいいと中国の毛沢東は考えました。1972年、当時の田中角栄首相が中国を訪問し、日中友好ブームが巻き起こりました。これは、中国がソ連包囲網を築く一端だったのです。中国の敵であるソ連と北方領土問題で対立している日本との関係を改善するためには、北方領土を日本のものと認める。これが中国の当時の戦略であり、それがいまも地図の上に残っているのです。
お隣の韓国の地図を見ると、日本海という名称が見当たりません。そこには「トンヘ」(東海)と書いてあります。
朝鮮半島は、かつて日本に支配されていました。その間に、自分の目の前の公海に日本海という、まるで「日本の海」であるかのような名前をつけられてしまった。韓国は、そう考えているのですね。そこで韓国は、世界各国や国際機関、地図会社に対して、「Sea of Japan」ではなく、「East Sea」と表記するように働きかけています。その結果、Sea of Japan」の後にカッコで「East Sea」と表記する地図が登場しています。
世界地図の読み解き方を学生に話す(東京都目黒区)
さて、朝鮮半島の首都はどこでしょうか?
変なことを聞くなと思ったでしょうね。韓国の首都はソウル、北朝鮮の首都はピョンヤンだと思いますよね。では、韓国の地図を見ましょう。朝鮮半島に首都はひとつ。ソウルとなっています。
では、北朝鮮の地図ではどうなっているのでしょうか。
■北朝鮮から見ると
北朝鮮の地図では、朝鮮半島の首都はひとつ、ピョンヤンです。韓国も北朝鮮も、自分たちの首都が、朝鮮半島全体の首都であると主張していることが、これでわかります。
北朝鮮の世界地図を見ると、面白いことに気づきます。日本と米国だけ、国の色が塗っていないのです。
日本と米国は、北朝鮮と国交を結んでいません。国交を、結んでいないということは、建前としては、相手を国家として承認していないということになります。日本や米国の地図では、北朝鮮を独立国家として色を塗ってありますが、北朝鮮は建前にこだわり、色を塗っていないのです。
これをどう見るか。北朝鮮は日本や米国を敵視している表れなのでしょうか。私のような意地の悪いジャーナリストは、そうは見ません。「北朝鮮は、それほどまでに日本や米国と国交を結びたいのだな」と読み解くのです。
米国の地図を見ましょう。世界の中心は米国。それがよくわかる地図です。子どもの頃からこうした地図を見て育てば、そんな意識にもなろうというものです。米国は、世界中のことに口を出す「世界の警察官」気取りと批判されることがありますが、この地図を見ると、「さもありなん」、という気になってきます。
1945年 | 国際連合成立 |
46年 | インドシナ戦争 |
48年 | イスラエル成立。パレスチナ戦争(第1次中東戦争) |
49年 | 北大西洋条約機構(NATO)発足 |
50年 | 朝鮮戦争 |
51年 | 日米安全保障条約調印 |
53年 | 朝鮮休戦協定成立 |
55年 | ワルシャワ条約機構発足 |
56年 | スエズ地帯の動乱(第2次中東戦争) |
60年 | 日米安全保障新条約調印 |
61年 | 東西ベルリンの境界封鎖 |
62年 | キューバ危機。中国とインドの国境紛争激化 |
65年 | 米国、北ベトナム爆撃開始 |
67年 | イスラエル、アラブ諸国と交戦(第3次中東戦争) |
69年 | 中国とソ連の国境紛争激化 |
71年 | 国連、中国の中国代表権を承認。台湾が国連脱退 |
72年 | 日中国交正常化 |
73年 | ベトナム和平協定調印。米国、南ベトナムから撤兵完了。イスラエル、エジプト・シリアと交戦(第4次中東戦争)。東西ドイツ国連加盟 |
79年 | 中国とベトナムの国境紛争。エジプトとイスラエルが平和条約調印。ソ連、アフガニスタンへ侵攻 |
80年 | イラン=イラク戦争 |
(池上教授の講義録、山川出版社『世界史総合図録』など参照)
私たちがふだん見ている、日本が中心の世界地図では見えてこないもの。それは、米国と欧州の近い関係です。
日本が中心の地図ですと、米国は右の端、欧州は左の端です。でも、米国の地図を見ると、米国と欧州が非常に近いことがわかります。この関係を頭に入れておきましょう。
ただし、米国中心の世界地図を作ると、インドシナからインド、パキスタン付近が分断され、右と左に分かれ、位置関係が不明確になります。米国人の中には、アフガニスタンやイラクの場所がよくわからないという人が意外に多いのではないかと思わせられる地図なのです。
ちょっと変わった地図もお見せしましょう。オーストラリアの南北逆転の世界地図です。
もちろんオーストラリアの子どもたちが、この地図で勉強しているというわけではありません。パロディーの世界地図です。
これまで見てもらったように、世界各国・地域は、自国中心の世界地図を作製しています。だったら、オーストラリアを“世界の中心”にするには、どうすればいいのか。南北逆転の地図を作ればいい、というわけでした。
■宇宙から見ると
でも、この地図を見ると、日本列島が不思議な格好をしています。実に新鮮な視点です。こういうのを「逆転の発想」と呼ぶのでしょうね。たまには地図を逆さや横から見てみましょう。見慣れた世界とは一味違った地図が出現するはずです。こうした柔軟な発想が大切なのです。
宇宙から人工衛星で撮影した写真を組み合わせて世界地図にしたものがあります。これを見ると、当たり前なのですが、国境線などありません。私たち人間は、地球の上で勝手に線を引いているのだということを改めて感じます。
宇宙から見た地球に国境線はありませんが、地球ははっきり2つに分かれることがわかります。それは、「緑の地球」と「砂漠の地球」です。
南米アマゾン川流域に広がる緑。最近は熱帯雨林の伐採が問題になっていますが、アマゾン川流域は、「地球の肺」と呼ばれる理由がわかります。
一方、アフリカのサハラ砂漠は、緑がまったくありません。この砂漠地帯は、アラビア半島まで広がり、中国内陸部にも拡大しています。春先日本に飛来する黄砂が増えているのも、中国内部での砂漠化が進んでいることをうかがわせます。環境問題は国際問題でもあるのです。
そして、日本。宇宙から見ると、日本列島は緑一色です。宇宙から見た日本列島は美しい。それを知っておいてください。
■ドイツの児童用地図では
最後にドイツ、オーストリアで現在使われている児童用の世界地図をご紹介しましょう。児童用ですから、かわいいイラストで世界各国の様子が描かれています。この地図で、日本はどう描かれているのでしょうか。
なんと、芸者、忍者、お相撲さんに広島にはキノコ雲です。
これが、現代のドイツ、オーストリアの日本認識なのかと思うと愕然(がくぜん)とします。
でも、ちょっと待ってくださいね。あなたは、ドイツというと、どんなイメージを持つでしょうか。「ビールとソーセージ」なんてことはありませんか?
これが、ステレオタイプなモノの見方ということなのです。現地を自分の目で見たことがないまま、「あの国はあんなもんだよ」と思ってしまいがちなのです。
若い皆さんは、固定観念やステレオタイプな発想に汚染されてはいけません。自分の目で見て、自分の頭で判断する。この力を、ぜひ身につけてください。
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