和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

りん読。

2009-08-22 | 幸田文
え~と。「りん」というのは、石垣りん。
石垣りんの詩に「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」があります。
そこに、こんな箇所

「 それらなつかしい器物の前で
  お芋や、肉を料理するように
  深い思いをこめて
  政治や経済や文学も勉強しよう、

  それはおごりや栄達のためでなく
・・・・・・
全部が愛情の対象あって励むように。 」


りん読の「読」は、読書の読。

松岡正剛著「多読術」(ちくまプリマ―新書)を、読むともなく、
パラパラとめくっていたら(この新書、インタビューに答える座談のかたちなのでお気軽に、ページを飛ばして)、こんなエピソードが語られておりました。


「あるとき、逗子の下村寅太郎さんのところに伺ったことがありました。日本を代表する科学哲学者です。そのとき七十歳をこえておられて、ぼくはレオナルド・ダ・ヴィンチについての原稿を依頼しに行ったのですが、自宅の書斎や応接間にあまりに本が多いので、『いつ、これだけの本を読まれるんですか』とうっかり尋ねたんですね。そうしたら、下村さんはちょっと間をおいて、『君はいつ食事をしているかね』と言われた。これでハッとした。いえ、しまったと思った。・・・」(p141)

こうして、すこし後に松岡さんは、こんな話をしております。

「昨今はグルメの時代で、誰もが、日々の会話でもテレビでも、食べものの話ばかりをしますね。お店へ行っても、食べながらまた料理の話をする人も多くいる。『このタコは南フランスの味だ』とか、『ここの店のはちょっとビネガーが強いけれど、タマネギが入るとまたちがうんだよ』という会話が、食事をそれなりに愉快にしたり、促進している。
それにくらべて本の話は日常会話になりにくいようですが、これはもったいない。『あの店、おいしいよ』というふうに、『あの本、いいスパイスが入っていた』という会話があっていい。・・・・
食べものと同じでいいんです。本のレシピや味付けや材料の新鮮さでかまわない。『この著者のこの本はこういう料理の仕方がいい』『この著者は焼き加減がうまい』『あれはソースでごまかしているなあ』というようなことでいい。あるいは、店のインテリアや『もてなし』がよかったということもある。店のインテリアというのは、たとえば本のブックデザインとか中見出しがうまかったというようなことです。それを『知のかたまり』のように思ってしまうのは、いけません。これは書評や文芸批評が『本についての会話のありかた』を難しくしすぎているということもあるかもしれませんが、本はリスクはあるものの、知的コンプレックスを押し付けるためのものじゃないんです。もっとおもしろいものであるはずです。これはね、日本にリベラルアーツ(教養文化)の背景が薄くなってきているということも関係があるようにも思います。大学からも教養課程がなくなっているし、どうもリベラルアーツを軽視する傾向があるね。そのくせ漢字クイズや歴史クイズや、観光地の検定が流行する。これは『○愴#12398;知』にはいいかもしれないけれど、人間にとって一番たいせつな『語り』にはなりません。」(~p148)

う~ん。「語り」が出てきたので、
ここで最後に、長田弘詩集「食卓一語一会」から詩「イワシについて」を引用。


「 ・・・・
  けれども、イワシのことをかんがえると
  いつもおもいだすのは一つの言葉。
  おかしなことに、思想という言葉。
  思想というとおおげさなようだけれども、

  ぼくは思想は暮らしのわざだとおもう。
  イワシはおおげさな魚じゃないけれども、
  日々にイワシの食べかたをつくってきたのは
  どうしてどうしてたいした思想だ。

  への字の煮干にしらす干し。
  つみれ塩焼き、タタミイワシ無名の傑作。
  それから、丸干し目刺し頬どおし。
  食えない頭だって信心の足しになるんだ。

   おいしいもの、すぐれたものとは何だろう。
   思想とはわれらの平凡さをすぐれて活用すること。
   きみはきみのイワシを、きみの
   思想をきちんと食べて暮しているか?   」



ということで、
 石垣りんの詩「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」と
 松岡正剛著「多読術」と
 長田弘の詩「イワシについて」。

以上の炊事・食事と読書とを、
私は、「りん読」と命名したいと思います。
いかがでしょう。

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