和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

それでは勇気を出して参りましょう。

2022-01-22 | 幸田文
長谷川伸著「我が『足許提灯』の記」(時事通信社・昭和38年)の
第一話「娘観音の話」は
「近松物や源氏物語、枕草子などに就いての著書のある
 小林栄子という老女が・・・」とはじまります。

次のページに「このことは『露伴清談』(小林栄子)にある」
とあります。うれしいことに、今はネットで古本が簡単に検索できて、
しかも購入できる。以下には『露伴清談』(昭和24年)について
感想を書いてみます。

「・・何回かの先生との対談は、私が参上のたびのお咄を
 反芻して帰り、忘れない中にすぐ書きとめて置いたものです」(p20)
それぞれの書きとめた年月日も記載されておりました。
それが昭和10年から昭和17年とつづきます。

まえがきは幸田文が書いております。まえがきのその題は、
いささか長く
「この御本をお読みになる方々へ、つたないことばをもって
 おとりつぎをさせていただきます」と題してあります。

『父逝いてすでに一年有半、ひとさまの写してくださる
 父の姿にあふことは、感慨無量でございます・・・』(p4)

ちなみに、幸田文の年譜をひらきますと、
 昭和4年に女児を出産、玉と命名。
 昭和13年に、玉をつれて実家にもどる。
 昭和14年に、夕飯のとき、父から芭蕉七部集『炭俵』の講義を受け始める。

はい。小林栄子さんが露伴家へ出かけていたころは
幸田文もたいへんな時期と重なっていたようです。

この「露伴清談」にも、そのことに関連する箇所があります。
ありますが、カットして、小林さんが聞いている雰囲気を
ちょこっと紹介。

「俳諧も、芭蕉が季吟の弟子ですから、あの頃の俳人は
 源氏なども読んで居るので、それを言った句が中々あるけれども、
 後の人は源氏の類を読んで居ないから、
 分からない句が沢山あるんで御座んすね。
 蕪村あたりになると、古典の匂ひは全然なくなってしまって居る。」
 (p57~58)

こう語る露伴について、小林栄子さんは小文字にて
その様子を書きこんでおります。

  ( 『御座んす』といふお詞が実に多い。 )

 ( 叩いても容易に音の出ない方もあるが、
  露伴様は叩かなくとも、よく語って下さる。
  殆どお咄しつづけ。悪罵などはなく極めてにこやかに、
  いや味という処の少しもないお咄しぶりである。 )

うん。この古本を購入したのは、気になる箇所があったからでした。
その箇所は、小林さんがご自身で書かれている箇所なので引用します。

「近江の石山寺に今年の満月を見る。
 昼の中に源氏の間や月見堂を見、夜、又宿を出て瀬田川べりをゆく。
 大阪から来るといふ月見客の群集の中を、石の多い路を、
 足許も暗いにのぼって見ずともと思案して佇む処に、
 下りて来た品のよい娘さんがひょいと立ちどまった。
 
 『上るのも大へん、どうしませうかと思って』
 と問はず語りをすると、ご一緒しませう。
 もう一度お詣りしてもよろし『おす』は口の中で、
 つと身を反してもとへ戻る。

 『まあ、いって下さいますか、御深切に。
  それでは勇気を出して参りましょう』
 とついてゆく。

 しばらくながめて、下りるにも ふとつまづきそうになると
 『おあぶなう』と手をさしのべて、支へそうにする
 優しさ、又つつましさ。

 宿の傍で別れる間際に、家をきけば京都といふ。
 京都はどちらときけば、こればかりの事を恩がましく、
 とでも言ふように『ほ』と微笑したらしく、
 『御所のそばで御座います』といふ。

 その返事がまたたまらなくよさに、それ切りに別れた。
 昼のような月の下を、人ごみに紛れてゆく後ろ姿、
 物は何か非常につやつやした銀鼠地の、しやんとしたのに、
 墨絵で一面のすすき其の他の秋草もやうが大きく、
 赤地の糸錦ででもあるような帯を、窮屈げでなく結んで、
 中肉のおしたちのよいのが、振り返りなどしずに、
 すんなりとゆくのを飽かずながめて、
 何か此処の観音様ででもあるやうに貴く思はれた。

 『観音の化身かもしは式部かや、ともに月見し石山をとめ』
 とあとまで忘れられない。

 宿へ入るは惜しくて、瀬田川べりを逍遥して居ると、
 から船が三四艘もやつてあつて、一つのには船頭が居る。
 船で月を御覧なさい。のせてもらふと、
 『昔はこの川は大阪あたりからの月見客で賑やかいものでした。
  酒もりだの笛太鼓で』と話して、戦以来は、ただ月見堂だけで
  みんな帰り、宿もとらないといふ。その二つのお咄をしたらば、」

 このあとに露伴の言葉が二行ありました。

「その船頭は何ですが・・・・娘がおもしろいですね。
 そんなのを昔の人は、観音様にしてしまふんですね」(~p141)


はい。私は、これを読めて満足。
関連して、小林勇著「蝸牛庵訪問記」が思い浮かびました。


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