和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

佐藤哲三の柿。

2007-11-22 | Weblog
3年前(2004年)。東京ステーションギャラリーに佐藤哲三展を見に行ったことがあります。立ち去りがたくって、何回も展示会場をうろうろしておりました。そのたびに印象に残る作品はあるのです。最初はどの絵に興味をもったのだったか。柿の絵が気になりました。ふつう作品としての評価は度外視されるような絵です。私が楽しかったというのは、「コドモと柿の夢」という作品でした。縦46.0×横75.5の油絵。ちょうど右上角から左下角へと河がゆっくりと流れているように、もいだ柿が並べられています。いくつかは枝の葉もそのままに描かれ、まだ青い柿も混じっており、色のコントラストが鮮やか。きちんと描かれたそれら柿の後方にまだ習作のような描きかけの丸い柿が輪郭もボヤケて描きこまれ。そういう柿の丸さと同じ大きさでもって子どもたちの顔が、背景のここかしこに描き込まれているのです。それがまるで、ぼやけた柿に目鼻をつけたような何ともワイワイガヤガヤとした絵です。机に両手をだして柿をほうばっているような姿。その脇でものほしそうに見ている子ども。お絵かきやら積み木やらしている様子の子もおります。うつ伏せで顔をこちらにむけて眠っている子ども。大人の腹の上に頬と手をのせている子ども。裸のあかちゃん。そう。子どもといってしまったのですが、ほとんどが赤ちゃんからすこし大きくなったかなといった丸顔をしております。そうした背景の前にもぎたての葉も新鮮な柿が青い柿にまじってきちんと描かれているのでした。
その楽しさは、たとえばマチスを思い浮かべてみて下さい。模様の壁紙を背景にして描かれた人物画。それが佐藤哲三の絵では、子ども模様を背景にして中心に柿を描いているのです。人物と背景とが見事に逆転したような描き方。いま思うとそういう面白さなのですが、ギャラリーを訪れた時には、ただ何となく微笑んでしまう面白さとして印象に残っていたのでした。

ところで、芥川喜好編・文「画家たちの四季」(読売新聞社・1994年)という画集があります(古本で買ったのでした)。そこには佐藤哲三の「田園の柿」が絵とともに紹介されておりました。その絵は1943(昭和18)年とあります。

「『田園の柿』は、そのころの作としてはめずらしく明るい、野性のにぶい輝きに満ちた絵だ。物資欠乏の折、柿だけは豊かだった。この大地への愛、大地が贈ってくれた素朴な果実への愛が、率直に伝わってくる。幼いころ脊椎をわずらい、病弱だった佐藤は、しかし明朗で健康な精神の人だった。晩年の代表作には悲痛な情感をたたえたものもあるが、この柿に見られるように、基本的に彼のめざしたのは『あたたかさ』だったといってよい。【ようやく蒲原平野のみのりの秋も終わり、暖かな火のほしい季節、私の絵画も温かく人々の心をあたためるものであってほしい】。死の二年前に書いたノートのなかに、佐藤はそう書き残している。」


え~と、ちなみに「コドモと柿の夢」も、「田園の柿」と同じ1943年に描かれておりました。佐藤哲三は昭和29年に亡くなっております(1910年~1954年)。

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