和田浦海岸

家からは海は見えませんが、波が荒いときなどは、打ち寄せる波の音がきこえます。夏は潮風と蝉の声。

夏の夕べ。

2010-08-29 | 幸田文
本は読むよりも、どれを注文しようかとか、いつ本が届くだろうかとか、待っている時間の方が私は好きなような気がします(笑)。とりあえず、私は本を読まない。わけで、本が届くとそのままにして読まなかったりします。

いま楽しみに注文本を待っているのは、
半田喜久美著「寛永七年刊 和歌食物本草現代語訳 江戸時代に学ぶ食養生」(源草社・3150円)。届いてしまえば。なあんだという本なのか、うんうんと楽しめる本なのか、はっきりするのでしょうが、届くまでは、あれこれ定まらない本の内容を思い浮かべていたりします。
もう届いた古本がありました。村井弦斎著・村井米子編訳「台所重宝記」(新人物往来社)。せっかくですから、すこし引用。

 第十五 野菜問答

下女「奥様、野菜にはいろいろの効能がございますね」
奥君「アァ、野菜は人の体の一日もなくてならないものです。
   第一に、血を澄ませるし、通じをつけるし、
   滋養分になるし、
   それから野菜によってはお薬の代わりにもなります」
下女「どんなお薬の代わりになりますか」
奥君「野菜のうちで一番効能の多いのは大根でしょうね。
   大根おろしや大根の絞り汁は、たいそう消化剤になって、
   この頃は大根からジアスターゼという消化薬が取れるくらいです。
   餅は大根で消化されるからカラビ餅にして食べるし、
   ご飯のあとで沢庵を食べる消化がよくて
   通じもつきます」


こうして、大根のほかに、ホウレン草、アスパラガス、うど、トマト、ぜんまい、あずき、八重あずき、セロリー、玉葱・・・と会話体で紹介されております。


戦争中に捕虜に草の根っ子を食べさせたといって、捕虜虐待を語っていたのに、
最近は、ゴボウなどが胃腸などの消化をたすけると、外国でも認識されはじめている。
というのを、どこかで読んだ気がして、探したのですが見あたらない。
見あたらないのですが、セレンディピティというのですか、思わぬ文と出会いました。
それは、徳岡孝夫著「舌づくし」にある「夏の夕べの『太郎坊』」(p124~)
これが書かれたのは2000年とあります。徳岡氏はそこで幸田露伴の短編を紹介しておりました。そこから、

「・・・いまから百年ほど前の夏の夕方、男は仕事から帰るとまず着替え、尻端折りして裸足で庭に出、木に打ち水をした。暮れてゆく空に、蝙蝠がひらひら舞っていた。ここに出てくる『主人(あるじ)』は『丈夫づくりの薄禿(うすつぱげ)』と書いてあるから、体は頑丈だが年は四十か五十か、まあ当時なら初老の男である。・・昼の暑さもこの時間になると、少し凌ぎやすくなった・・・という情景で、幸田露伴の短篇『太郎坊』は始まる。・・・台所からはコトコトと音がする。『細君』が夕食の支度をしている。・・・『下女』は大きなお尻を振り立てながら、縁側の雑巾がけをしている。やがて打ち水が終わった。主人は足を洗って下駄をはく。ひとわたり生気の甦った庭を眺めてから下女を呼び、手拭とシャボンと湯銭を持って来させる。・・長湯はしない。彼はじきに茹で蛸になって帰ってくる。・・掃除の済んだ縁側には、花ござが敷いてある。腰かけて煙草に火をつけ、一服する。まだ一般の家庭には電気やガスが来ていなかった時代の話で、主な明かりは座敷の中に置いたランプから来る。それとは別に、縁側のほどよい位置に吊るした岐阜提灯が、やわらかい光を投げている。夏の夕方は、ゆっくり暮れてゆく。庭の桐の木やヒバの葉からは、さっき打った水が滴り落ちている。微風が庭を渡る。・・・お膳を持って出て、夫の前に置く。出雲焼の燗徳利と猪口が一つ、肴はありふれた鯵の塩焼・・・細君は酌をしながら言う。『さぞお疲労(くたびれ)でしたろう』明治時代の女房は夫に向かってこんな上品な挨拶をしたのかと、私は驚く。だが、まあ、それは時代時代の言葉遣いというものなんだろう。いまの女房は、こういうセリフで夫の労働をねぎらわない。せいぜい『やっぱり水を撒いたお庭はせいせいするわね』と言う程度だろう。べつに無愛想になったわけではない。『お疲れでしたろう』と言うのと同じことを言っているのだから、咎めるにあたらない。」

うん。私は幸田露伴の「太郎坊」を読むよりも、それを反芻してる徳岡氏の文に惹かれます。まあ、まだ幸田露伴までは、とどかないわけです。


そういえば、徳岡孝夫氏。
WILL10月号で石井英夫氏が徳岡孝夫氏の新刊「お礼まいり」(清流出版)を紹介しておりました。
さっそく注文。帯には
「悪性リンパ腫を克服、奇跡の完治を果たした著者の復帰第一作エッセイ集。・・・」
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