「こだわり」の哲学と実践

ものごとに「こだわる」から楽しい!

ケータイ・ネット社会の問題点

2013-09-16 00:10:00 | Weblog
ノンフィクション作家の柳田邦男氏は新聞のオピニオン欄で、スマホやアプリの普及でネットによる危機が更に深刻化していると指摘。①現実の人間同士の接触が少なく、人としてのコミュニケーション能力が育たない ②言語表現力やきめ細かい感性の発達が阻害される ③睡眠不足、ネット疲れで学習能力が低下する ④刺激的な映像や情報以外には興味を持たなくなる ⑤考え方、行動ともに自己中心的になり、他者を操ろうとする傾向が強くなる ⑥機器を指で操作するだけなので、相手がどんなに傷ついても自分は痛みを感じない これらの問題がスマホの登場以降深刻化しているという。このような子供たちが大人になったら どんな社会になるのだろう「恐ろしい」。今からでも、人と人とのコミュニケーションの大切さを、実践を通じて判らせる必要がある。また、自転車をこぎながら、ケータイをいじっている、中学生、高校生には、周囲の関係者が厳しく「止めさせる」ことをしないと。将来、そいつらは「ルールを守らない」大人になってしまうだろう。
おしまい

休肝週

2013-09-14 00:30:49 | Weblog
大腸のポリープを切除した。医師からは、「1週間」は禁酒せよとの指示。一切のアルコールを断っている。ビール、焼酎、日本酒、ウィスキー、ホッピー、ワイン、紹興酒、テキーラ、バーボンなど。一切手を出していない。よく我慢できていると、自分を褒めてあげよう!。しかし、1週間が限界である。明日の晩は、東京からの来客を予定している。夕食から、解禁である。しかし、お酒を飲まない夕食は、カミサンにとって、早く片付け物が済んで、助かる。といっている。肝臓もお休みで、体調も良いハズ。実際、体重も減っている。良いことばかり。だけど、ストレスが溜まってイカン。やはり、適度な「お酒」は精神健全化のためには不可欠なものである。と勝手に決め付けている。とにかく、早く「生ビール」が飲みてェ!
おしまい

結腸ポリープ切除術(第三話)

2013-09-12 00:39:43 | Weblog
446号室は6人部屋。私が3人目。部屋は広く、明るく、備品も整っている。ベッドも電動で快適である。さて、まずは、病院貸与のパジャマに着替え、カミさんへ電話。「ポリープが見つかり、切り取ってもらった」「絶対安静のため、入院することになった」「持ってくるものを言うから、メモして」「着替え、洗面道具、タオル、コップ、携帯ラジオ、いつもの老眼鏡、薬」と。カミサン「わかった。持ってくわ」。家から病院までは、車で5分も掛からない距離。しばらくしてカミサンが病室に到着。「どう?調子は?」「大丈夫だ。大したことはない。」「今日は、キズ口からの出血がないよう、安静にしていろ」ということだ。出血の無い事が確認できたら、明日一杯で退院できるらしい」。「指示した物、持ってきたか?」とチェックすると、慌てていたようで、携帯ラジオではなく、「携帯メトロノーム」が入っている!オイ、これメトロノームじゃん(大笑い)。大きさは確かに似ているけど、コレじゃ、ラジオ聞けないよ!・・・もう一度取りに帰った。しばらくして、午前中に同室で雑談をしていた方も手術を終え、偶然、隣のベットへ、運ばれてきた。話を聞くと、結構でっかいポリープだったらしく、ピンポン玉大くらいで、黄門様から出られずに、バラして出したらしい(笑)自分とは大違いで、結構辛そうである。昼間の元気はどこえやら、といった感じ。食事もできないらしい。傷口も大きいとのこと。一方、私の方は、なんとか、落ち着いて、ベットへ横になり、持参した「単行本」を読み始める。明日までに読破しよう。病院の食事は決して美味しいとはいえないが、「全粥」と消化に良いメニューであることは間違いない。テレビは観ずに、ラジオと読書で過ごすことに決めた。「なに、明日までの辛抱だ」夜10時に消灯である。翌朝6時に起床。良く眠れた。久々にグッスリ寝た感じがする。幸い、腹部の痛みや違和感は感じない。朝食後、副院長先生が確認に来た。出血が無ければ、退院していいそうだ。しばらくして、恐る恐る排便をし、ブザーで看護婦さんを呼び出し「便チェック」を受ける。出血は無さそうである。「次の排便も呼んでね!」と。・・じぇじぇじぇ!じばらく出ないよ。昼飯をたいらげ、しばらくして、第二回目のチェック。「合格!」がもらえた。そして、退院手続き。精算は3割負担で約35,000円也。16:00頃無罪放免となった。しばらく、「お酒ダメ」との指示あり。やむを得ず、明日の「飲み会」はキャンセルの連絡を入れた。
おしまい

結腸ポリープ切除術(第二話)

2013-09-11 00:15:00 | Weblog
腸内がスッカラカンになったところで、内視鏡検査室NO.6へ。体格のいい看護婦さんが注射器を持って、「腸の活性を押さえる注射です。痛いですからチョッと我慢してください」と言って、右肩にブスっと。それほど痛くは無かった。ベットの上で横向き海老曲がり状態で待つ。準備完了。看護婦が携帯で「先生、準備ができましたNO.6検査室へお願いします」との声。颯爽と現れたのは、副院長先生。黄門様へ油みたいなものを塗られ、「失礼します」といいながらブスっと。管が挿入された。「チカラを抜いて楽にしてくださいね。口をあけると楽ですよ」と看護婦さん。モニター画面を見ながら、ドンドン奥へ。さすが副院長。手際がいいね。特に、痛みも無く、スルスルと。途中の曲がり角もなんのその。かまわず、ぐいぐいと。途中、「ここに1個あるね」とか言って、さらに奥へ。先生の合図で看護婦さんが注射器で水をいれたり、先生が空気を入れたり。最奥部までたどり着いた。そこからバック運転。途中、ポリープのところでカシャッとカメラ撮影。「これが結腸部のポリープですね。大きさは5-6ミリかな」「取っちゃいましょうね」「今日、泊まってってもらいますけど、大丈夫ですか」おもわず「ハイ。大丈夫です」と。ポリープのところを電気メスで焼き切るとのこと。右足にアース電極を貼られた。モニター画面で映像は良く見える。自分の大腸の中をイジられている感覚はあまりない。「丁度、ヒダの上なので、取り難いけど、やってみよう」とポリープにループを巻きつけ簡単に切除。そのあと「クリップ」というものを管から挿入し、切除部を挟み込んで手術は終了。その後、その場で先生から、映像を振り返りながら、説明を受け、切り取ったポリープを見せてくれた。これを顕微鏡検査にまわすとのこと。切除部からの出血、経過観察と安静のため入院することになり、車椅子に乗せられ446号病室へ。
(第三話へつづく)
おしまい

結腸ポリープ切除術(第一話)

2013-09-10 20:30:00 | Weblog
無事退院したので、検査~手術~入退院まで「三話構成」で概要報告するこにしましょう。
検査当日。8:00に受付を済ませ。待合室で本を読みながら呼び出しを待つ。8:30に2階の内視鏡検査カウンターへ。検査用のパンツと検査着に着替え。まず腸の活性を押さえる薬を2錠のみ。9:00に腸内洗浄液が予め準備された部屋へ。テレビのある応接室風の部屋で、テーブルの上には、名前入りの2リットルのボトルと「カンロ飴」がカゴにいれて置いてある。それと「便の色見本」。看護婦が来て、「10:30までに飲み干してください。黄色が薄くなってきたら「便のチェック」をするので、排便の都度、ブザーで知らせてください」といって立ち去った。部屋の中には6名が顔を揃え、美味しくない洗浄液をカンロ飴を舐めながら、飲んでいる。おなじ部屋の中で同じ課題をこなしているので、なんだか、運命共同隊的な感覚で、だれとはなしに会話がスタートする。お互い名を名乗ることなく、「何処から来たのか」とか「この病院の評判」だとか「どんな事情でここにきたのか」など、好き勝手に話が弾む。どうも、検査してポリープがあることが判って、今日、手術に来た。という人が3名いた。「自分は検査に来たが、もし、ポリープがあったら取ってもらおうと思ってきた」と言ったら。みんな、「それがいいよ」と言った。そんな、話をしているうちに2リットル飲み干し、結局、7回トイレに行った。7回目には、看護婦さんに「合格!」と言われた。便の色が「合格」ということだけど。ホッとした。話によると、もう2リットル飲まされる人もいるらしい。時間をみると午後1時過ぎだった。もう出る物は何もない。スッカラカンである。
第二話へつづく。
おしまい

検査食

2013-09-09 00:35:10 | Weblog
大腸内視鏡検査をすることになった。検査の前日の昼食から「検査食」となる。大腸検査準備表の指示に従って、キチンと摂る。そして、大腸内を検査ができるようにカラッポにするわけである。まず、前日の昼食は「ゼリーミールと2種類のウエハース」。おやつは「ビスコ5個」。夕食は「かゆごはん、お豆腐バーグ、みそ汁」とナイショで「ビール1缶」。1時間後に「下剤①」、その2時間後に「下剤②」を飲む。明日は、病院で、腸管洗浄薬を2リットルも飲まされるようだ。まあ、チョイ悪オヤジも、ここは観念して、おとなしく検査を受けることにしよう。
おしまい

総合防災訓練

2013-09-08 01:06:35 | Weblog
9月は防災月間。地元の消防本部から署長さんをお招きして「総合防災訓練」を実施した。初期消火訓練、避難・誘導訓練、救護訓練、消火栓放水訓練、レスキュー訓練、土嚢積訓練等々。私は対策本部で「消火・避難誘導班長」という役で、逐次報告を受けたり、指示を出したり、自衛消防隊長への逐次報告を担当。消防本部から、「はしご車」を使った、高所救助訓練の模範演技があり、最後に消防署長による訓示。阪神・淡路の大震災以降、大規模な地震等が発生した場合は、公設消防は、当てにならない。従って、「自衛消防組織」を整備し、訓練して、有事に備えて欲しいとの話があった。確かに、大規模な地震や津波が襲ってきた場合は、「自分達で自衛しなければならない」常日頃から、防災意識を高め、防災設備の点検はもとより、訓練を積み重ねて置かなければならない。
おしまい

ガラケー

2013-09-06 00:02:54 | Weblog
「ガラケー」って何? どうも、オレの使ってる携帯のことみたい。スマホに乗り換えることを頑なに拒否している。というか、いまさら、面倒くさくて、かえる気にならないオヤジなだけです。いまの携帯で十分なわけで・・・。話をもどして、ガラケーとは「ガラパゴス携帯」の略語。してその意味とは?
◆ガラパゴス・ケータイとは世界標準とは異なる進化をした日本の携帯電話のことであります。他の島との接触が無かったために独自の進化を遂げたガラパゴス諸島の生物となぞらえ、自嘲的な意味を込めて日本の携帯は「ガラケー」と呼ばれています。先進的な技術,機能がありながら、海外では普及しなかった「島国,日本の独自携帯」「多機能携帯」「フィーチャーフォン=特色のある電話」とも言われています。
なるほどねェ~。「ガラケー」いいじゃないですか。ガラケーに「こだわっちゃうぞ」!
おしまい



恩師の死

2013-09-05 00:37:45 | Weblog
大学時代の恩師が亡くなったと訃報連絡が入った。確か86歳とご高齢のうえ、末期の肺がんと伺っていた。これまで、毎年2月に開催されるOB会に奥様とご一緒に参加され、お会いすることを楽しみにしていたが、残念である。大手の監査法人の代表幹事でもあり、大学教授でもあった先生は、我々教え子を、大切にしてくださった。学生時代にご一緒に海外旅行に出かけたり、合宿で会計学の特訓をしたり、先生のクルーザーで、釣りをしたりと、数々の楽しい経験を思い出す。今の会社に勤務できたのも、先生のご指導とご推薦を頂いたからである。そんなご縁もあり、毎年OB会でお元気な姿と先生ご夫妻との会話を楽しみにしていた。OB会旗には「風林火山」の文字が入り、OB会の最後には、必ず全員でOB会歌「武田節」を歌い中締めとなる。私はOB会12期の所属である。先生亡き後も、OB会は継続されることだろう。心よりご冥福をお祈りします。
おしまい