僕の感性

詩、映画、古書、薀蓄などを感性の赴くまま紹介します。

立原道造の詩 優しき歌

2009-07-15 23:09:26 | Weblog
立原道造の詩は情景と心情が柔らかに競合し、その優しさが歯がゆいばかりに身に沁みてきます。
「優しき歌」から好きな3つの詩を載せます。





虹の輪

あたたかい香(かを)りがみちて 空から
花を播き散らす少女の天使の掌(てのひら)が
雲のやうにやはらかに 覗いてゐた
おまへは僕に凭(もた)れかかりうつとりとそれを眺めてゐた

夜が来ても 小鳥がうたひ 朝が来れば
叢(くさむら)に露の雫が光つて見えた――真珠や
滑らかな小石や刃金(はがね)の叢に ふたりは
やさしい樹木のやうに腕をからませ をののいてゐた

吹きすぎる風の ほほゑみに 撫でて行く
朝のしめつたその風の……さうして
一日(ひとひ)が明けて行つた 暮れて行つた

おまへの瞳は僕の瞳をうつし そのなかに
もつと遠くの深い空や昼でも見える星のちらつきが
こころよく こよない調べを奏でくりかへして









 薄明


音楽がよくきこえる
だれも聞いてゐないのに
ちひさきフーガが 花のあひだを
草の葉のあひだを 染めてながれる

窓をひらいて 窓にもたれればいい
土の上に影があるのを 眺めればいい
ああ 何もかも美しい! 私の身体の
外に 私を囲んで暖く香《かをり》よくにほふひと

私は ささやく おまへにまた一度
――はかなさよ ああ このひとときとともにとどまれ
うつろふものよ 美しさとともに滅びゆけ!

やまない音楽のなかなのに
小鳥も果実《このみ》も高い空で眠りに就き
影は長く 消えてしまふ――そして 別れる

    


甘たるく感傷的な歌


その日は 明るい野の花であつた
まつむし草 桔梗《ききやう》 ぎぼうしゆ をみなへしと
名を呼びながら摘んでゐた
私たちの大きな腕の輪に

また或るときは名を知らない花ばかりの
花束を私はおまへにつくつてあげた
それが何かのしるしのやうに
おまへはそれを胸に抱いた

その日はすぎた あの道はこの道と
この道はあの道と 告げる人も もう
おまへではなくなつた!

私の今の悲しみのやうに 叢《くさむら》には
一むらの花もつけない草の葉が
さびしく 曇つて そよいでゐる



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