ウルトラ解釈ブログ作戦

ウルトラシリーズについて色々語るブログ。

奇跡!ウルトラの父

2011-06-25 08:19:46 | ウルトラマンエース
初っ端から星人の要求を断固拒否する竜隊長。
今回は完全に竜隊長が主役。
これだけ1人の役者にセリフが多い回も珍しい。
主役の二人がいないのもあろうが、これはやはり役者嵯川哲郎に対する信頼でもあろう。
ヒッポリトと一対一で戦う隊長。
結局ヒッポリトに敵わなかったものの、歴代隊長では一番の活躍といえる。

「ウルトラ5兄弟以上の力を出さなかったら我々は負ける」。
今回は全編に渡ってかなりTACが活躍する。
子どもの頃は本気でTACを応援したものだ。
まあ、当然ヒッポリトに勝てるわけはないのだが、ナックル星人編で敵に操られるMATよりはまともだった。
この辺りはセブン暗殺計画のフォーマットに沿ったのだろう。

ウルトラの父に関しては、やっぱりもう少し活躍させて欲しかったというのが本音。
今なら例えばヒッポリトカプセルを破るくらいの活躍はさせていただろう。
まあ、今みたいにパターンが確立しておらず手さぐりで作ってる時代なのだから仕方あるまい。
一瞬でも星人を圧倒した点だけは評価したい。

ヒッポリト星人は子ども心に怖かった星人なのだが、同時に何となくかっこいいと思ったのも事実である。
子どもは強い星人や怪獣に憧れる。
デザインも面白いし、強豪として十分その存在感を発揮した。

ヒッポリト星人というとどうしても奸計を図ってウルトラ兄弟をブロンズ像にしたイメージであるが、普通に戦闘もなかなか強い。
エース、セブン、父、エースと4連戦だったが、これだけの敵を相手に一歩も引かなかった。
ヒッポリト星にはまだまだ仲間がいるようなので、これらが大挙すればウルトラ兄弟でも苦戦は必至だろう。
ただ、星人全員が悪人というわけでもないだろうので、この星人はドキュンヒッポリト星人なのかもしれない。

脚本に関しては以前述べたようにかなり右寄りに感じられる。
北斗の拳の無抵抗の村ではないが、理不尽な侵略に対しては断固戦うべきというメッセージが本話の中心になっている。
ただ、これをもって田口氏が右寄りとは断定できない。
なぜなら、これは右も左も関係なく至極正論だからだ。
はっきり言って侵略に無抵抗というのは平和主義でもなんでもなく、ただの降伏。
まあ、結果的に玉砕ではあったが、だからと言って最初から奴隷になればいいというひろしみたいな子供ばかりになっては日本も終わりであろう。

全滅!ウルトラ5兄弟

2011-06-18 11:09:28 | ウルトラマンエース
「死刑!ウルトラ5兄弟」に続く、衝撃的なタイトル。
そもそもウルトラ5兄弟ってのは子どもの夢の具現化でもあったはずだが、エースにおけるその扱いは酷かった。
第一話が「輝け!ウルトラ5兄弟」だったのに、それ以後の使われ方は悲惨すぎる。
ウルトラマンがピンチになればなるほど視聴率が上がるというのもあったのだろうが、さすがにここまで来るとピンチのインフレという感は強い。
以前にも言った通り、この手のパターンはこの話が強烈過ぎて、後のは正直もう一歩といったところだった。
まあ、スタッフもそれがわかっていたのか、以後このパターンは少なくなるが。

と、やや辛口に書かせてもらったが、子どもの頃この話が面白かったのも事実である。
もちろん、トラウマになるくらい怖かったのもあるが、それでも怖いもの見たさで子どもはこういうのを見たがるもの。
正直あまり健全なタイプの話ではないが、ただ、昨今のようにトラウマを必要以上に恐れるのも何か違うであろう。
もちろん今回の震災のような体験はレベルが違うが、ドラマや映画のトラウマってのは一時的なものであり怖くてもそれが終われば安全な世界に戻れるので、擬似的な体験として最低限必要なものではなかろうか。

擬似的にもそういう怖い体験をしないというのは逆に人格形成に問題が出るんじゃないかと個人的には考えている。
例えば無警戒に携帯見ながら道路を横断し車に轢かれるとかは、あまりに安全に守られた生活をしてきた結果ではないか。
最近のサルカニ合戦ではサルもカニも死なないらしいが、残酷な現実を疑似体験する狙いが童話にあるとすれば、由々しき事態であろう。
本話がそこまで考えていたとは思わないが、子どもが無意識のうちに怖い体験を欲してるとしたら、それを素直に映像化したスタッフの態度はある意味誠実だと思う。
少なくとも童話を改変して無理やり平和主義にするよりは健全であろう。

関係ない話ばかりになってしまったが、本話の内容に関しては以前書いたものを再読していただきたい。
子どもの頃はセブンが久々に地球で格闘するってだけで、わくわくした。
その後があまりに酷かったのでよりショックではあったが(笑)。
当時はビデオなんかなかったので、ウルトラマンが客演するだけで嬉しかったものである。
まあ、セブン以外の呆気なさは衝撃ではあったが(笑)、客演自体は悪いものではなかろう。
とはいえ、磔にブロンズ像。
当時のスタッフにドSな奴がいたのは間違いない(笑)。

今回の脚本は田口氏。
攻撃する投影体の秘密を投げっぱなしにするなど相変わらず適当な脚本ではあるが、北斗と南が特攻したりと思想的にはニュートラル。
隊長がそれを批判したりはするが、それは特に左翼でなくても批判するだろうから右とも左ともいえないだろう。
以前にも書いたようにこの前後編はかなり右寄りな話ではあるが、田口氏が特に右の人とも感じられないので、結局のところはそういうのはあまり気にしないで書いてるというのが正解ではないか。
まあ、田口氏にも思想的スタンスはあろうが、佐々木、上原、金城、市川などそれまでの脚本家に比べるとそういうのが前面に出ていないのも事実である。
まあ、その辺の話は以前の「解釈大作戦」を参照していただきたい。

ピラミットは超獣の巣だ!

2011-06-11 10:50:03 | ウルトラマンエース
ピラミッドじゃなくピラミットなのはおそらく誤植でしょう。
何ともストレートなタイトルで内容とのリンク度は高いです。
ただ、別に巣ってほどでもないですね。
というか、別にピラミッドの中にスフィンクスはいなかったような。

オリオン星人はライオン丸みたいな風貌で胡散臭さ満点。
古代の地球の支配者という設定は面白かったですが、要はエジプトのピラミッドも元々はオリオン星人が作ったもので、それが人間界に王を象徴するものとして残ったということでしょうか。
しかし、昔の地球はノンマルトが支配してたりオリオン星人が支配してたり、なかなかややこしいです。
おまけにいつからか知りませんが地底人もいますし、それこそ地球全体が超獣や怪獣の巣ですね(笑)。

今回は何といってもミチルが主役。
北斗とのちょっと悲しいラブロマンス的な要素もありますが、これは正直配役に難があったためあまり上手くいきませんでした。
嫉妬する夕子というシチュエーションは良かったのですが、以前にも触れたように単に夕子が正論言ってるだけになってしまって脚本的にも演出的にも失敗ですね。
同じ宇宙人との悲恋物でも新マンのケンタウルス星人編は上手く行ってただけに残念です。
岸田と違って北斗には事実上の奥さんがいるわけですし、ミチルがかなりの美女だったらもう少しそういうテイストが出せて面白かったでしょう。
まあ、子供向けではありませんが(笑)。

以前にも書きましたが、ヤプールがいないというのはなかなか新鮮。
ただ、オリオン星人のキャラはほとんどヤプールと大差なかったような?
しかしオリオン星人一人でいったい何をするつもりだったのでしょうね。
おまけにミチルの見た目は完全に普通の日本人。
男性と女性で差があるのかもしれませんが、ミチル一人だけが部下みたいですしこの辺りはよくわかりません。
色んな意味で、30分に詰め込むのは難しかったかもしれませんね。

見よ!真夜中の大変身

2011-06-04 10:11:11 | ウルトラマンエース
また意味不明なタイトル。
何が大変身なのかよくわからないが、「見よ!真夜中の変身」ではゴロが悪いので大をつけたのだろう。
それだけ真夜中の変身が例外ということだろうが、考えてみればホタルンガ、アプラサール、ルナチクス等々エースは夜の戦いが多い。
結局タイトルにはあまり意味はないだろう。

ただし、見方によってはタイトルに意味も出てくる。
それは、大変身したのがエースでないということ。
すなわち、大変身したのが母親と考えれば辻褄は合う。
母親は真夜中に蛇女に変身した。
これは大変身と言っても差し支えないだろう。
また、変身するのは真夜中に限定されている。
そう考えると、「見よ!」という呼びかけにも意味が出てくる。
まあ、スタッフの意図は不明であるが、かように考えるとなかなかに深いタイトルであることがわかる。

今回も脚本は真船氏中心。
前回も書いたが、真船氏の場合撮りたい映像が先に頭にあって、後付けで話ができてくる印象もある。
それくらい、映像的なインパクトは2期ウルトラでは出色だ。
今回も母親の舞の映像が撮りたかったのではないか。
岩本多代さんが監督のお気に入りだったのかもしれないが、まるで浮気に出かけるみたいな母親の様子はちょっと意味ありげでもあった。
まあ、余所に子ども(マザリュース)ができたのだから、さもありなんではあるが。

前回も含めて子どもの頃見ても今見てもなんだかよくわからない話だったが、ある意味この2話でヤプール編終了の前後編になっているともいえる。
そもそもヤプールがよくわからない敵なので、こういう形で倒されたのは逆にヤプールの神秘性を保つ結果になり正解だっただろう。
ヤプールにとっては真船氏という異色の監督にその最期を撮ってもらったことが、後々まで活躍できる結果につながり幸運だった。
敵組織の首領にふさわしい最期といえるだろう。

エースは次回からヤプール以後編に突入。
ただし、ここからエースの迷走が始まるんですよね。
そもそも悪魔に立ち向かう人間の男女という設定だっただけにその悪魔が退場すればもう一方の男女も存在意義がなくなります。
夕子退場の本当のところはよくわからないですが、物語的には仕方ないですね。