動物は全面的に植物に依存していると知った時に、それまでモヤモヤとしていたものがスッキリしました。
無機質を有機質に変換する、つまり光合成能力を獲得したシアノバクテリアを細胞内に取り込んだ植物は捕食の必要はなく、一方細胞内にシアノバクテリアを持たない動物は常に有機物(他の植物や動物)を摂取や捕食しなければ生命を維持できないのです。これは生命(真核生物)の発生時点での決定事項というわけです。
このことを出発点にするとキリスト教の原罪とか、仏教の業とか言われているものも根元はこれに行き着く気がします。
では何故、人間の倫理感は自然の営みとかけ離れたものになるのでしょう。
無機質を有機質に変換する、つまり光合成能力を獲得したシアノバクテリアを細胞内に取り込んだ植物は捕食の必要はなく、一方細胞内にシアノバクテリアを持たない動物は常に有機物(他の植物や動物)を摂取や捕食しなければ生命を維持できないのです。これは生命(真核生物)の発生時点での決定事項というわけです。
このことを出発点にするとキリスト教の原罪とか、仏教の業とか言われているものも根元はこれに行き着く気がします。
では何故、人間の倫理感は自然の営みとかけ離れたものになるのでしょう。
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