今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。
「 そのころ(昭和四十六年)私は毎日のように北京放送を聞いた。聞きたくて聞いたのではない。
ラジオに勝手に入ってきたのである。ラジオは二十年前の旧式なトランジスタで、いまだにこわれ
ないから使っているが、これで聞えるくらいだから、どんなラジオでも聞えたはずである。
これよりさき中国は突然わが国を軍国主義だと言い出して、外国から攻められたらすぐ降参するつ
もりのわが国民を驚倒させた。中国の新聞は、天皇ヒロヒトの手は日本人民の血にまみれていると
書いた。
北京放送は繰返して、佐藤(栄作)のやから佐藤のやからと言ったので、はじめ佐藤のやつらの
間違いかと思ったら、続いて長官中曽根と言い放ったのでははあと合点した。尋常なら中曽根長官
と言うところを、順序をさかさまにして唾棄する感じを出したのである。毛沢東のやから、周恩来
の一味と試みに言ってみればニュアンスの違いが分るだろう。
北京放送はその微妙な違いを心得ているばかりか、米日反動派はぐるになって云々と言って、近
ごろ私ぐらいしか用いない字句をあやつること自在なので、かくのごとき言語を用いるアナウンサ
ーの教養までしのばれて、私はひそかに彼に日本語を教えた教師に敬意を表したくらいである。
その北京放送が入らなくなって、何年になるだろう。あれは勝手に入って勝手に去ったのだから
私は忘れるともなく忘れていた。
ところが新聞報道によると、いま上海ではスカートをはく婦人が続々あらわれ、公園では青年男
女が相擁して接吻しているという。
白い猫も黒い猫も鼠をとる猫ならいい猫だと言うものの天下になって、風向きが変ったのである。
けれども一転するものなら再転し、再転するものなら三転するだろうから、いま北京放送は何と言
っているか、参考までに聞きたいと時々私はダイヤルを回してみるが、怪しや北京はなんにも言わ
ない。」
(山本夏彦著「つかぬことを言う」中公文庫 所収)
「 そのころ(昭和四十六年)私は毎日のように北京放送を聞いた。聞きたくて聞いたのではない。
ラジオに勝手に入ってきたのである。ラジオは二十年前の旧式なトランジスタで、いまだにこわれ
ないから使っているが、これで聞えるくらいだから、どんなラジオでも聞えたはずである。
これよりさき中国は突然わが国を軍国主義だと言い出して、外国から攻められたらすぐ降参するつ
もりのわが国民を驚倒させた。中国の新聞は、天皇ヒロヒトの手は日本人民の血にまみれていると
書いた。
北京放送は繰返して、佐藤(栄作)のやから佐藤のやからと言ったので、はじめ佐藤のやつらの
間違いかと思ったら、続いて長官中曽根と言い放ったのでははあと合点した。尋常なら中曽根長官
と言うところを、順序をさかさまにして唾棄する感じを出したのである。毛沢東のやから、周恩来
の一味と試みに言ってみればニュアンスの違いが分るだろう。
北京放送はその微妙な違いを心得ているばかりか、米日反動派はぐるになって云々と言って、近
ごろ私ぐらいしか用いない字句をあやつること自在なので、かくのごとき言語を用いるアナウンサ
ーの教養までしのばれて、私はひそかに彼に日本語を教えた教師に敬意を表したくらいである。
その北京放送が入らなくなって、何年になるだろう。あれは勝手に入って勝手に去ったのだから
私は忘れるともなく忘れていた。
ところが新聞報道によると、いま上海ではスカートをはく婦人が続々あらわれ、公園では青年男
女が相擁して接吻しているという。
白い猫も黒い猫も鼠をとる猫ならいい猫だと言うものの天下になって、風向きが変ったのである。
けれども一転するものなら再転し、再転するものなら三転するだろうから、いま北京放送は何と言
っているか、参考までに聞きたいと時々私はダイヤルを回してみるが、怪しや北京はなんにも言わ
ない。」
(山本夏彦著「つかぬことを言う」中公文庫 所収)
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