今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から、昭和61年7月の文章です。
「昔の病人は自分のうちで死ぬことができたが、今はできなくなった。ひとが病院で死ぬよりほか死ねなくなったのは現代の不幸である。
どんなに善美をつくした病院でも、ながくいることを強いられたらそれは牢屋である。妻は今度は帰れないと知っていた。妻のガンははじめ乳ガンでやがて骨にきて、骨にきたらもうおしまいなのによく耐えて、丸山ワクチンのおかげか五年もガンを飼いならした。ひょっとしたら助かるかと自分も思いまた人にも思わせたが、去年から随所に皮膚ガンが発生して皮膚ガンは切ればいいのだから切ることを繰返して、それに気をとられているうち両肺が侵されて去る二月二十七日入院した。
妻は私の書くもののよき読者ではなかった。理解なき妻と言ってよかった。理解ある妻とない妻をくらべたら、ある妻のほうがいいにきまっていると思うだろうが必ずしもそうでない。妻が私のコラムを認めないのには十分な理由があるから、私はそれを不承しないわけにはいかなかった。」
(山本夏彦著「生きている人と死んだ人」文春文庫 所収)
「昔の病人は自分のうちで死ぬことができたが、今はできなくなった。ひとが病院で死ぬよりほか死ねなくなったのは現代の不幸である。
どんなに善美をつくした病院でも、ながくいることを強いられたらそれは牢屋である。妻は今度は帰れないと知っていた。妻のガンははじめ乳ガンでやがて骨にきて、骨にきたらもうおしまいなのによく耐えて、丸山ワクチンのおかげか五年もガンを飼いならした。ひょっとしたら助かるかと自分も思いまた人にも思わせたが、去年から随所に皮膚ガンが発生して皮膚ガンは切ればいいのだから切ることを繰返して、それに気をとられているうち両肺が侵されて去る二月二十七日入院した。
妻は私の書くもののよき読者ではなかった。理解なき妻と言ってよかった。理解ある妻とない妻をくらべたら、ある妻のほうがいいにきまっていると思うだろうが必ずしもそうでない。妻が私のコラムを認めないのには十分な理由があるから、私はそれを不承しないわけにはいかなかった。」
(山本夏彦著「生きている人と死んだ人」文春文庫 所収)