今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から、昨日と同じ「向田邦子一周忌」と題した昭和57年のコラムの一節です。
「門倉修造と水田仙吉は無二の友である。軍隊時代の寝台戦友だそうで、門倉はいまアルマイトの弁当箱であてて三百人の職工をつかう工場の社長である。羽左衛門をバタくさくしたような美男子で二号がいる。妻の君子は年上である。門倉が除隊して肺を患ったとき看護してくれたもと看護婦だという。子はない。
門倉は軍需景気のおかげで成金になった。水田は二流どころの製薬会社の部長で、家賃三十円の借家に住んでいる。当時の二流の会社の部長がどんな暮しをしていたか、この小説はまざまざと見せてくれる。」
「以上書きぬいたのは、作者がいかにその時代を再現しているかを言いたいためである。当時帝大といったから帝大と書いたのである。支那といったから支那と書いたのである。足袋の片っぽにもう片っぽを突っこましている。それは白足袋でなく別珍である。これは部長とはいえ豊かでないことを示している。これらはすぐ映像化できるものばかりである。
いま思いだしたが門倉修造は身長五尺八寸の偉丈夫で、たみは五尺そこそこのチビである。仙吉の父初太郎の腹ちがいの弟作造は、五尺五寸五分だとすこしつんぼで都合の悪いことを聞かれたとき答えていた。私は『身長と体重』のなかで、わが国の小説家は身長を書かないと指摘したが、向田邦子は書いている。」
(山本夏彦著「『戦前』という時代」文藝春秋社刊 所収)
「門倉修造と水田仙吉は無二の友である。軍隊時代の寝台戦友だそうで、門倉はいまアルマイトの弁当箱であてて三百人の職工をつかう工場の社長である。羽左衛門をバタくさくしたような美男子で二号がいる。妻の君子は年上である。門倉が除隊して肺を患ったとき看護してくれたもと看護婦だという。子はない。
門倉は軍需景気のおかげで成金になった。水田は二流どころの製薬会社の部長で、家賃三十円の借家に住んでいる。当時の二流の会社の部長がどんな暮しをしていたか、この小説はまざまざと見せてくれる。」
「以上書きぬいたのは、作者がいかにその時代を再現しているかを言いたいためである。当時帝大といったから帝大と書いたのである。支那といったから支那と書いたのである。足袋の片っぽにもう片っぽを突っこましている。それは白足袋でなく別珍である。これは部長とはいえ豊かでないことを示している。これらはすぐ映像化できるものばかりである。
いま思いだしたが門倉修造は身長五尺八寸の偉丈夫で、たみは五尺そこそこのチビである。仙吉の父初太郎の腹ちがいの弟作造は、五尺五寸五分だとすこしつんぼで都合の悪いことを聞かれたとき答えていた。私は『身長と体重』のなかで、わが国の小説家は身長を書かないと指摘したが、向田邦子は書いている。」
(山本夏彦著「『戦前』という時代」文藝春秋社刊 所収)
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