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「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

2014・05・28

2014-05-28 08:30:00 | Weblog


今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から、昨日の続き。

「藤村の晩年の作に『夜明け前』がある。いつの時代でも現代は前代よりすぐれていると思わなければ人は生きるにたえないから、夜明け前はいい題なのである。江戸時代はまっくらだったと言わぬばかりである。
 これは現代人に対して媚びるもので迎合である藤村は生れながらのジャーナリストだった。藤村詩集はいまだに読まれている。その詩の幾つかを諳(そら)んじている読者はまだいる。春陽堂はこれに対して支払ったか。原稿料買切で二十五円くらいしか払ってないと伝えられる。それでは妻子を養えないから自費出版を試みた。緑蔭叢書第一篇『破戒』がすなわちそれである。主人公瀬川丑松は被差別出身である身分をかくせとかたく父親にいましめられていた。小学校の教員である丑松はながく苦しんだ末自分が民であることを生徒にうちあけ、かくしていたことを手をついて詫びて教職を捨てテキサスに新天地を求めて去るところでこの物語は終っている。
                                     〔『諸君!』平成十ニ年十月号〕」

(山本夏彦著「最後の波の音」文春文庫 所収)

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