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TRASHBOX

日々の思い、記憶のゴミ箱に行く前に。

森崎書店の日々

2010年10月28日 | 映画とか
なんというか、ゆったりした時間の流れるというにもゆったりし過ぎでは?
などと最初は思っていたのだけど、それがだんだん、神保町という街のテンポと一致してきた。
見終えて歩く街が、映画と同じ風景であることが とても不思議で、気持ちよくもあった。

監督の性別など気にしないけれど(もっと根源的な部分の才能が求められると思っている)、
この演出、特に合間に入るなんでもない言葉の取り扱いとか、
女性監督ならではかなぁ、と感じることがあった。
ふっと力が抜けて思わず笑っちゃう、みたいな。そんな間合い、難しいんですよ、意外と。
(別に監督やってる訳じゃござんせんが) なかなか気になるお方ではあります。

しかしこれを見た神保町シアター、なかなかキュートな映画館です。
ここで興味のある映画をやっていたら、すかさず行こうかなという気になる。
渋谷もいいですけど、できればこの映画は是非こちらで。
いい感じの喫茶店も食堂も飲み屋も山ほどありますぜ。
で、内容とか詳しくはこちらを。

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脇役物語

2010年10月26日 | 映画とか

監督の緒方篤氏の初劇場作品。
海外での活動の多かった氏の、日本を舞台とした初長編。
どんな演出になるのかなぁ、と思って見ていたら、
これが不思議なテンポ感なのですよ。

なんていうか、英語字幕がとてもしっくりくる。
ある意味、日本映画というよりも「日本語映画」。
この辺のテイスト、新しいなぁ。

ところで以前こんな記事があったけど、
緒方監督、役者としての存在感もなかなかです(コンビニの店員役)。
ウディ・アレンがお好きなら、自分で演じてみるのはいかがでしょう?
あー、それ凄く見たいっす!

内容など詳しくはこちらをどうぞ。





インセプション

2010年07月29日 | 映画とか

写真は劇場で買ったポップコーン。最近の奴はなかなか美味しいなぁ。

まあなんて言うか、しんどい映画でした。
最初のうちは、なんでこんなややこしくするんだ!と
納得いかない気分もあった。
でもどこかの時点ですっと気持ちが入って、
しっかと目を見開いている自分に気がついた。

たぶん主人公のコブ(ディカプリオ)個人のエピソードと
この話の構造(多重構造に構築された夢の中でのやりとり)の
二軸が見えてきたことで、ドラマが見えてきたような気がする。
恐ろしくの手の込んだ物語だけに、理解できはじめると
「俺の映画だ」みたいな感じが強まるのかもしれない。
(半ば思い込みだとしても)
そういえば昔「メメント」(同監督の2作目)見たときも、
こんな感覚あったなぁ。

映画としての挑戦と、エンターテイメントのバランス。
先日見たトイ・ストーリー3とテイストは違うけど、
ある意味ハリウッドの目指す映画の完成型なのかもしれない。

ただし敢えて、なのだけど、
主人公の子供たちへの思いはちょっと定番的な気もする。
ディカプリオの熱演ぶりがやや一本調子なせいだろうか。
(この感じ、「ブラッド・ダイヤモンド」なんかでは良かったんだけど)
あとは少し繊細さなどを。
謙さんには、そこのことろで頑張って欲しかったなぁ、
たとえばお互い子供の話をしてみるとか。
(台詞が少なかったのは英語の件など考慮されたのだろうか………)

ま、クリストファー・ノーラン監督、目が離せませんな。

トイストーリー3

2010年07月19日 | 映画とか

別にピクサー信者というわけではないのだけれど、
ここの作品のクオリティや徹底度にはいつも脱毛、じゃなくて脱帽する。
その辺、ちょっとジブリのことを思いだしたりもするのは、
作画の技術とストーリーのイマジネーションだけで勝負する
アニメーションという分野として通じるものがあるのかもしれないなぁ。
(ジブリ関係者、ちょこっとゲスト出演しています)

ピクサー映画では、本編前に短い別の話がくっついてくるのだが、
今回もこれが素晴らしかった!
ピュアというか素朴な発想を、もの凄く巧みに仕上げている。
子供の目線と老練な職人の技が合わさったような、
これだけ見にきてもいいや、とくらい思わされた一編だった。

なんでもここは、社内の若手クリエイターが腕を試す場所なのだとか。
本編の始まる前からピクサー恐るべし、と思わされてしまった。
で、これいい露払い、という本編を盛り上げる役も果たしているのだろう。
なんていうか、気分がピクサーモードになっている感じなのだ。

さて、シリーズ3では持ち主のアンディも、もう17歳。
夏が終わればどこかのカレッジに通うため家を出る。
さあおもちゃたちの運命は、という展開であり、
ああなってこうなってと説明してみると、
さほど凄い話とは思えないかもしれない。

……しかし、これが魅せられちゃうのですよ。
基本を抑えたストーリーラインを豊かな情感でくるんだ
第一級のエンターテイメント作品。
受け売りだけど、アメリカの批評のなかには
「どのスタジオもピクサーの脚本製作のプロセスを学ぶべき」
というコメントも多いそうだ。

1の脚本を担当したジョン・ラセターとピート・ドクタ―は
まずロバート・マッキーのセミナーを受けに行ったらしい。
このマッキー氏、アメリカの脚本研究の第一人者で、
そのセミナーは多くの関係者に指示されている。
……ま、なんせ練りに練った脚本の力だろうか、
アニメーション、実写の関係なく、
ドラマというもののひとつの完成系を見た気がする。

ちなみにターミネーター2のときもそんなことを。
どっちもザ・エンターテイメントだけど、
この完成度には溜め息が出ちゃうんだよなぁ(ついでに涙も少々……)。

えーっと、実際の内容について書いてないんだけど、
それはいいでしょう、各々感じたままに、ということで。
とりあえず、この感銘をバンバン打ち込んだけど、
皆さま、少しでも興味があったら、是非見てくださいませ。

第9地区(District 9)

2010年04月23日 | 映画とか
見はじめてからしばらくは、ストーリーの荒っぽさが気になっていた。エイリアンの外見とか知的レベルの設定とか、ちょっと雑じゃね?みたいな印象かつきまとった。

それが面白くなってきたのは、主役のヴィカスにとって、エイリアンの存在が「自分ごと」(最近この言葉、広告関係でよく使われるなぁ。あまり好きではないけれど)になってきた辺りからだろうか。エイリアンもののSFかと思いきや、ひとりの男の奇妙な悲劇が立ち上がりはじめてきた。

(ネタばれあるかもしれません)

ヴィカスとエイリアンの共闘がはじまると、一瞬「アバター」のことが頭に浮かんだ。しかしこの場合は理解や共感からではなく、あくまでも互いの利害からスタートした関係。それでも次第に芽生えてくる相手への思いは、ほどよく胸を打つ。

異分子への反感とか妄想的な野心とかに翻弄される人間たちの大騒ぎを通して、最後に提示されるのがささやかな愛の尊さと切なさ、という台風一過の後の海岸のような静かな幕切れ。途中、いろいろ突っ込みながら見てはいたのだけど、妙に納得してしまいました、はい。

ざっくりだけど、頑張った一作だなぁと思う。なんていうか、エンターテイメントをドキュメントの心持ちで撮ったような印象があるのだけど、そこには物語を作るうえでどこを大事にして、どこは勢いにまかせるか、みたいなはヒントがある気がする。

低予算だし、ある意味南アフリカローカルだし、というところで勝負する映画製作者たちの反骨心みたいなものも感じた。いろいろやり方はあるのだなぁ、と思うと、オレも一本撮ってみたくなったよ。話デカ過ぎるか。