小品日録

ふと目にした光景(写真)や短篇などの「小品」を気の向くままに。

武田百合子 「富士日記」(昭和42年7月18日)

2006-07-18 23:56:42 | 日記文学
日々の暮らしを綴ったこの富士日記ですが、長い間には、いくつかの大きな出来事があります。
愛犬ポコの死もその一つ。
7/18に山小屋へ向かう途中、車のトランクの中で、ポコは死んでしまいます。
「ポコ死ぬ。六歳。庭に埋める。
もう、怖いことも、苦しいことも、水を飲みたいことも、叱られることもない。魂が空へ昇るということが、もし、本当なら、早く昇って楽におなり。
…(略)…ポコは死んでいた。空が真っ青で。冷たい牛乳二本私飲む。主人一本。すぐ車に乗って山の家へ。涙が出っ放しだ。前がよく見えなかった。」
当日は、悲しみのあまり日記も書けなかったようで、「(七月十九日に書く)」と注記してあります。
その後一週間、ポコのこと触れない日はありません。
翌7/19は、大岡昇平が、自分の飼い犬が死んだときの話をしてなぐさめてくれます。その話が、ちょっぴりおかしみも含んでいて、かえって読む者を泣かせます。
7/20になると、ようやくポコの死の状況が日記に書かれます。
「トランクを開けて犬をみたとき、私の頭の上の空が真っ青で。私はずっと忘れないだろうなあ。犬が死んでいるのをみつけたとき、空が真っ青で。」
7/21には、夫の泰淳が散歩に出かける足音を聞いては、いつも後をついていたはずの犬の息が聞こえないことを思い、布団をかぶって泣いています。
7/24は、朝方、娘の花にポコの死を伝えなければならないことを泰淳と話し合います。さすがの泰淳もその役目を嫌がって妻に押し付けると、仕事部屋へ入って襖を閉めて泣いている様子。
娘を迎えに行って山小屋へ帰るときに、着いたら話さなければいけないということで、車をゆっくり走らせる、というところが何とも切ないです。
悲しい話ではありますが、武田夫妻のポコに対する愛情の深さがよく伝わってきます。
中公文庫でどうぞ。
富士日記〈中〉

中央公論社

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