小品日録

ふと目にした光景(写真)や短篇などの「小品」を気の向くままに。

森田草平 『煤煙』

2007-03-22 23:53:38 | 長編つまみ食い
明治41年3月、文学士・森田米松(草平・満27歳・作中では「要吉」)と会計検査院検査官の娘・平塚明子(満22歳・作中では「朋子」)が、塩原温泉郷の山奥で心中を企てたところ、未遂に終わって警官に保護される、という、いわゆる「煤煙事件」が起きました。
この「心中」未遂は、実は、まったく、男女の心中らしくないんですね。
そもそも、二人の間には恋愛感情があるのかも疑問です。
会話も芝居じみていて、とってもヘン。

朋子の自我の強さに驚いて、要吉が「ど、何うしてこんな女が出来た?」と問えば、朋子は、「私--ひとりでこんなになつちやつた。」などと答えます。
しまいには、「私は女ぢやない。」とまで言って、要吉を蒼ざめさせます。(『煤煙』十九)

朋子が心中決行前に書いた手紙には、
「われは決して恋のため人のために死するものに非ず、自己を貫かんがためなり、自己の体系(システム)を全うせむがためなり、孤独の旅路なり。」(同三十二)などと記されています。

やはり、らいてう、タダ者ではないですね。
草平、ちょっと可哀そう・・・

昔読んだ「『新しい女』の到来ー平塚らいてうと漱石-」(佐々木英明著・名古屋大学出版会・1994年刊)が、なかなか面白かったです。

煤煙

岩波書店

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プルースト『失われた時を求めて』より、祖母との電話の場面

2006-10-29 23:22:15 | 長編つまみ食い
20世紀の代表的な小説であるこの大長編、一度読んだきりですが、話者と祖母との電話の場面が印象に残っています。
第三編「ゲルマントのほう」Iの一に出てくるエピソードで、井上究一郎訳のちくま文庫版では、第4巻の219~226ページです。

電話がもらたす遠く離れた人の声の現前の不思議さ、そしてその儚さを、見事に書いていて、ちょっと感傷的でもあります。
この文章を読むと、電話で話すという行為が、日常を超えた神秘的な世界の出来事であるように思えてきます。

「読書の秋」ということで、こんな大作に取り組んでみるのも如何でしょうか?

失われた時を求めて〈4 第3篇〉ゲルマントのほう 1

筑摩書房

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ムージル『特性のない男』第2巻第3部第48章

2006-10-24 21:08:19 | 長編つまみ食い
前回の写真で、「小物」の可愛らしさを感じて、『特性のない男』のこの章を思い出しました。

「愛は盲目にする。あるいは、探索されない微妙な問題」と題された章で、主人公「特性のない男」ウルリヒと、「双子の妹」アガーテとが、「愛」についての議論をしている場面です。

そこに、ふと挟まれる、張り子の小馬に対する子供時代の愛情についてのエピソードが、理屈ばった会話の中で、甘くて少し切ない感情を呼び起こします。
その小馬の入れ物の中から菓子を取りだしてゆっくりと味わう、というシーンが、何ともいいです。

「ムージル著作集第5巻 特性のない男V」(松籟社)で読めます。

特性のない男 5

松籟社

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