小品日録

ふと目にした光景(写真)や短篇などの「小品」を気の向くままに。

坂口安吾 「桜の森の満開の下」

2006-03-29 23:59:49 | 小説
鈴鹿峠の桜の森に花咲くとき、その下を通る人々は恐怖に怯える。
そこに住む山賊といえども、例外ではなかった。
ある日、夫婦者を襲って、女を自分の女房とするが、女は、彼に無理難題を言い、ついには、首を集めさせて、「首遊び」に耽る。
女の要望で都に出た彼らだが、キリのない生活に疲れた山賊は、決意して、満開の桜の森を通って山に帰ろうとする。
山賊の態度があまりにも真摯で、不条理に振り回される姿が、滑稽であるとともに哀しみを誘います。
生きていくことの狂気じみた苦しみが、人を狂わせるともいわれる桜の妖しげな美しさの光景に重ねられて、浮かび上がってくるようです。
ちくま文庫「坂口安吾全集(5)」で、30ページ。
講談社文芸文庫で読めます。
桜の森の満開の下

講談社

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武田百合子 「富士日記」(昭和43年3月25日)

2006-03-25 23:58:34 | 日記文学
夫である武田泰淳や娘の花子との富士山麓での生活を綴った日記で、愛読者も多いようですね。
一日一日の日記には、特別なことが書かれているわけではないのですが、しっかりとした暮らしぶりや、著者の天真爛漫ともいえる感情の発露、感受性の豊かさなどが表れていて、読むごとに味わい深いです。
この日は、朝・昼・晩の食事のメニューや、スチームバスに入ったこと、雪のことなどが書かれているのですが、テレビでの天気の伝え方に対する批評や、夫の発言に対するちょっとしたツッコミ的な記述が面白いです。
雪で買出しに行けないのを心配してキャベツの芯まで薄く切って使ったり、段ボールの箱を壊して雪落としに転用したりと、生活感あふれる細部も楽しめます。
中公文庫で三巻本。
富士日記〈中〉

中央公論社

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梶井基次郎  「桜の樹の下には」 

2006-03-23 23:41:14 | 小説
桜咲く季節がやってきました。
この短篇は、「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」という冒頭の一文で有名で、いまさら取り上げるまでもないのですが・・・
屍体がたらす水晶のような液を桜の根が吸い上げている図を描いているところが見事です。
そして、このような図が、恐怖を与えるものではなく、逆に、桜の美しさを理由づけることで不安を取り除いてくれるものだというところに、著者独特の感性が表れていると思います。
奥泉光のあまり読まれていそうにはない傑作「浪漫的な行軍の記録」のラストにおける、靖国神社の満開の桜の下に群がる兵士たちの死体の幻影も、この短篇のイメージに重ねられたものでしょう。
梶井基次郎全集 全1巻

筑摩書房

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浪漫的な行軍の記録

講談社

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コメント (2)
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正岡子規 「ベースボールの歌」(明治31年)

2006-03-21 23:33:38 | 短歌・俳句
今日はワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の決勝ということで、子規の歌の登場です。

久方のアメリカ人のはじめにしベースボールは見れど飽かぬかも

今やかの三つのベースに人満ちてそぞろに胸のうちさわぐかな

今日の試合を見ていたら、この歌に納得です。
岩波文庫「子規歌集」などで。
子規歌集

岩波書店

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寺田寅彦 「ニュース映画と新聞記事」

2006-03-19 23:59:59 | 随筆・エッセイ
新聞記事の社会欄とニュース映画を比較して、新聞記事は紋切り型になりがちなのに対し、ニュース映画はカメラマンの意図せざる現場の些末な事象まで写っているので、驚くような発見があるという。
確かに、記事と映像には、そのような特性があるというのは、ある面において当たっていると思います。
しかし、ニュースなどのTVで流れる映像も、作り手の意図によって、見る者が分かりやすい、紋切り型になっていることも否めません。
日々流れてくる情報の中から、「発見」をしていくのはなかなか大変なことのようです。
岩波文庫「寺田寅彦随筆集 第四巻」で、5ページ。
寺田寅彦随筆集 (第4巻)

岩波書店

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菊池寛 「忠直卿行状記」

2006-03-17 23:36:13 | 小説
越前の大名である松平忠直は、若くして藩主となったため、自分の優秀さを信じ込んでいた。
ある時、家中の者を集めて槍術の大仕合を行って、自分が優勝するのだが、その夜、手合わせをした二人の者が、主君に勝ちを譲ったことについて話をしているのを、偶然聞いてしまう。
その後、忠直は、家臣の誰もが、自分に本心で向き合ってくれないと、疑心暗鬼になって、酒色に溺れ、家臣を死に追いやるなど非道な振る舞いをする。
舞台は江戸時代のはずですが、忠直は、近代人の内面を持っているかのように書かれています。
妻を奪われた家臣が復讐の刃を向けてきたときに、人間の世界に入れたと、忠直が喜ぶ場面が印象的でした。
岩波文庫『恩讐の彼方に・忠直卿行状記 他八編』で、38ページ。
恩讐の彼方に・忠直卿行状記 他八篇

岩波書店

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寺田寅彦 「春六題」

2006-03-15 23:48:52 | 随筆・エッセイ
暦の上の春と気候の春との違いに始まり、単に知識として知っているというだけでは、実際に理解していることにはならない、ということに至る。
菊の成長を早回しで映し出す活動写真を見て、そんな時間尺度で春先の植物界を見ることになったら、気が違いそうだ、と想像しているのも面白いです。
その他、生命の物質的説明についての考察や、雲を観測して地形図を裏から眺める話など、著者の鋭い感覚と、スケールの大きさを感じます。
話があちこちに飛んでいく感もありますが、短い間にいろいろと楽しませ、かつ考えさせてくれる作品です。
岩波文庫「寺田寅彦随筆集 第一巻」で、9ページ。
寺田寅彦随筆集 (第1巻)

岩波書店

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井伏鱒二 「夜ふけと梅の花」

2006-03-13 22:00:06 | 小説
梅の花咲く頃、夜更けの道を歩いていた「私」は、電信柱の影から出てきた男に話しかけられる。
男は、酔っぱらって、顔にひどい怪我をしており、「私」はいやいやながら相手になっていると、男はお礼に金を渡して去ってしまう。
その金を返さなければと気にしていながら、手元不如意でなかなか返すことができなかったが、一年も経ってやっと男の勤め先に出向いてみると、男は売り上げを持ち逃げしてとうにいなかった。
「酔えば酔うほど、俺はしっかりするんだ!」と空威張りしながらも、男と梅の花と電信柱の幻影に脅かされる姿がおかしいです。
新潮文庫『山椒魚』で、17ページ。
山椒魚

新潮社

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寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」

2006-03-11 23:59:16 | 随筆・エッセイ
新聞記事におけるジャーナリズムの弊害についての一文です。
「事実の類型化」という指摘は、確かに陥りがちな罠だとうなづけます。
書き手も読者も、類型にぴったりと整合することに満足して、個々の事実を見失ってしまうのは危険なことだと気づかせてくれます。
単に情報の速さだけを競い、読者(視聴者)の一時的興味を煽るだけのやっつけ仕事に対する警鐘は、現代にも通じるものですね。
岩波文庫「寺田寅彦随筆集 第四巻」で、14ページ。
寺田寅彦随筆集 (第4巻)

岩波書店

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山田風太郎 「戦中派不戦日記」昭和20年3月10日

2006-03-09 23:39:01 | 日記文学
昭和20年3月10日、東京の下町は大空襲を受けた。
医学生であった著者が、直後の現場で目撃した様子を綴っている。
著者は、その惨状を見て、「-こうまでしたか、奴ら!」と思い、
電車の中の中年の男たちは、「-つまり、何でも、運ですなあ。……」と言い、
焦げた手拭いで頬かむりをして路傍に腰を下ろしていた中年の女は、蒼空を仰いで、「ねえ……また、きっといいこともあるよ。……」と呟いていた。
最後の言葉には、著者が「自分の心をその一瞬、電流のようなものが流れ過ぎた。」と書いていますが、私も、人間のある種の力強さを感じました。
そして、橋本治も解説で述べているように、運命を受け入れる一方でなく、自ら変えていかなければならないということを、過去から学ぶことが大切ですね。
講談社文庫で読めます。
新装版 戦中派不戦日記

講談社

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