小品日録

ふと目にした光景(写真)や短篇などの「小品」を気の向くままに。

R・パワーズ 「舞踏会へ向かう三人の農夫」

2018-12-30 23:57:18 | 小説
以前から気になっていたのですが、今年文庫化されたので読んでみると、非常に面白くて、もっと早く読んでおけばよかったと思いました。

物語をつなぐのは、1枚の写真。
ここから現代と1914年の人々の人生と世界の歴史が描かれていきます。
哲学、経済、テクノロジーなどもちりばめながら、小説という形式の魅力を存分に堪能させてくれます。
読み進めていくほど、面白さが加速していきます。

歴史や社会に翻弄されてしまう人間という存在ですが、何か希望を感じさせてくれる、よい読後感が残りました。


舞踏会へ向かう三人の農夫 上 (河出文庫)
リチャード・パワーズ
河出書房新社
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原田マハ 『楽園のカンヴァス』

2012-08-26 23:39:21 | 小説
この本は、すでにいろいろなところで紹介されているので、ご存知の方も多いことと思います。
遅ればせながら、先日読みました。

主人公の早川織絵は、美術館の監視員ですが、その過去には何があったのか?
一枚の絵をめぐる鑑定対決に引き込まれます。

その絵に秘められた謎の物語は何なのか?

小説の舞台は3つの時代。
2000年の倉敷と、1983年のバーゼル、そして画家たちの生きていた20世紀初めのパリ。
作中作である一冊の本をうまく使うことによって、小説が動いて行くところが見事です。

アンリ・ルソーは、子供のころに、『眠れるジプシー女』を本で見たときに強く印象付けられた画家だったので、より興味深かったです。

この本を読むと美術館に行きたくなるに違いありません。

楽園のカンヴァス
クリエーター情報なし
新潮社
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笙野頼子 「タイムスリップ・コンビナート」

2007-10-06 23:59:27 | 小説
夢の中でのマグロとの恋愛に悩んでいた「私」(沢野)に、そのマグロかも知れない男から、突然電話がかかってくる。
海芝浦の駅に行ってもらいたい、との依頼の電話だった・・・

何とも奇天烈なお話ですが、ズレまくる「私」の思考と行動がとても面白いです。
いつになったら目的の駅にたどり着けるのかと気を揉まされます。

これまで読んだことのある笙野作品の中では、いろいろな意味で読みやすい方だと思いますので、はじめての方でも拒否反応は少ないのでは?・・・(^^;)
なかなかにエンターテイメント性もありますよ。

河出文庫『笙野頼子三冠小説集』で68ページ。

笙野頼子三冠小説集 (河出文庫 し 4-4)
笙野 頼子
河出書房新社

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紅茶とマドレーヌ vs 揚げ油のにおい

2007-08-25 23:59:11 | 小説
昨日は、柏で恒例の「餃子を食べる会」がありました。
久しぶりに名物の餃子を楽しく味わいました。
というわけで、今日のお題となりました。(あまり関係ないですけど。)

『失われた時を求めて』の中で、紅茶に浸したマドレーヌの匂いと味が甘美な記憶を呼び覚ますシーンが有名ですが、藤枝静男の『空気頭』には、ギョーザ屋(もしくは飲み屋?)から漂ってくる揚げ油のにおいが、留置所での苦い体験を甦らせます。
この対照は、十世紀の小説の最高傑作といわれる世界的小説と、とってもイカレタへんてこな日本の「私小説」との違いを象徴的に反映しているようで面白いです。
(おそらく、プルーストのパロディーというわけでしょうが。)

私にとっては、どちらも素敵な傑作です。
つくづく小説というジャンルの幅の広さに感心します。
ぜひ、二つの小説を読み比べてみて下さい。
(『失われた時を求めて』はあまりにも長いですが、紅茶とマドレーヌのエピソードは最初の方なので)


田紳有楽;空気頭 (講談社文芸文庫)
藤枝 静男
講談社

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島尾敏雄 「出発は遂に訪れず」

2007-08-15 00:00:11 | 小説
特攻艇による自爆攻撃を行う部隊の隊長である「私」は、昭和20年8月13日夕方に、特攻戦発動の信令を受けて死の覚悟の中にいるが、いつまでたっても発進の合図は来ない・・・

「その機会を自分のところに運んでくる重大なきっかけが、敵の指揮者の気まぐれな操舵や味方の司令官のあわただしい判断とにかかっているかもしれないことは底知れぬ空しさの方に誘われる。」という言葉に、特攻隊の置かれた状況の深刻さとそれに反する運命の浮薄さを感じます。

いったん死を与えられてしまった者が、突然それを無効にされてしまったときの心の揺れは想像もつきません。
日本が降伏し、特攻の任務から解放されたのかもしれないと思いついて、「私」が笑いを吐き出す場面がとても印象的です。
そして、周囲の人たちが特攻隊に対して持つある期待の感情に、ズレを感じていたたまれくなる気持ちもヒリヒリと伝わってきます。
部下に士官としての責任を指摘されつつも、最後に生への執着が生じてくるところに、人間くささが描き出されています。

この短編小説は、昭和37年の作で、これだけの時間をおいたことが、冷徹な目で書き綴ることに寄与したのではないでしょうか。

出発は遂に訪れず 改版 (新潮文庫 し 11-1)
島尾 敏雄
新潮社

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島尾敏雄 「単独旅行者」

2007-08-07 23:56:29 | 小説
この度、島尾敏雄の短編集(『出発は遂に訪れず』・新潮文庫)が復刊されたので、少しずつ読んでいます。

「単独旅行者」は、昭和22年10月の作。
終戦後の長崎周辺を独り旅する青年の一人称小説です。

冒頭、主人公の鬱積した気分が露わにされます。
そんな「僕」がまず向かったのは、戦時中に付き合いのあったロシア人一家でした。
彼らに対して、浮いたり沈んだりする気持ちの揺れが面白いです。

その後の移動中にバスで乗り合わせた女性と、降車後に、ひょんなことから、ホテルに同宿することになります。
ここでも、それまでのちょっと見下したような態度からの精神の変化がうまく描き出されています。
女性がセキセイインコに見えてしまうなんて可笑しいですね。

蛇足ながら、お腹の調子と「僕」の精神状態が結びついて書かれているのも、滑稽さを含みつつ、ピタリときます。

さて、作中、特に、印象に残ったのは、次の文章です。
「僕の中世とも言うべき直前の時代の幾場面かが甦って来て、妙にずれてしまったいらだたしさを覚えた。畜生!俺は今は滅茶苦茶だ。何故何に追い立てられて、独りぼっちで歩いているのか。
 だがすぐに冷静になる事が出来た。僕は昔から意味がなかったのだ。昔からでたらめだったのだ。」

 最後に、「僕」は、生きる力を増したように感じられます。
 この作品からは、終戦後の人々の気持ちが伝わってくるように思いました。

出発は遂に訪れず 改版 (新潮文庫 し 11-1)
島尾 敏雄
新潮社

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カフカ 「十一人の息子」

2007-03-27 23:59:38 | 小説
十一人の息子を持つ父親が、それぞれの自慢(?)をしつつ、欠点を次々と挙げていく、という超短篇です。

長男・・・真面目だし、頭もいいが、単純すぎる。
次男・・・男前でスラリとしており、切れ者だが、左目をいつも瞬きしている。
三男・・・美男だが、世間知らず。
といった具合に、11人分の愚痴がならんでます。

要するに、父親というものは、息子に対して、自分が上だと思って、権威を振りかざしていたいだけなのかも知れませんね。
そんな父親自体がどうなんだろうと、ちょっと可笑しくなってしまいます。
しかし、これが高じると、「判決」の父親のように恐るべきものになってしまうわけなんですね。

カフカ寓話集

岩波書店

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石川淳 「アルプスの少女」

2007-02-20 23:52:25 | 小説
アニメや本で誰もが知っているヨハンナ・スピリの原作を下敷きにした、後日談ふうのパロディーです。
アルムじいさんやハイジが文字どおり「蒸発」してしまったり、クララやペーテルが戦争に巻き込まれたりと、想像力を実に大胆に展開しています。

1952年の作品ということで、逞しくなったクララの姿を通じて、焼け跡の虚無感からの再生を目指す決意をもった、戦後の精神が感じられます。

講談社文芸文庫『戦後短篇小説再発見〈10〉表現の冒険』で、10ページ。

戦後短篇小説再発見〈10〉表現の冒険

講談社

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宮沢賢治 「なめとこ山の熊」

2007-01-15 23:51:49 | 小説
「なめとこ山の熊のことならおもしろい。」

熊を獲ることを生業としている猟師の小十郎と獲られる側の熊たちとの不思議な関係があたたかです。
お互い命のやりとりをしながらも、この世界に生き、やがて死ぬ運命について共通の立場を理解しているんですね。
そんな中で、小十郎が命がけで獲った熊の皮や肝を不当な安値で買い取る商人のあくどさが際立ってきます。(「オツベルと象」を思い起こします。)

それにしても、最後に、月の照らす雪景色の中、小十郎の凍り付いた体を熊たちが囲むシーンが、とても美しく思われます。

新潮文庫『注文の多い料理店』などで。
注文の多い料理店

新潮社

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安岡章太郎 「ジングルベル」

2006-12-24 23:39:12 | 小説
街に流れる「ジングルベル」の音楽に翻弄される「僕」。
駅前の食堂では、苦手なはずのウナ丼を無意識のうちに注文してしまい、泣く泣く食べた挙げ句に、値段の高さに驚かされます。
さらには、電車も止まって、彼女との待ち合わせには2時間も遅れてしまうなど、散々な目に遭うことに・・・
自ら事態を招いているようなところもあって、帰りにミカンをたくさん買ってしまうところも笑えます。
不実な恋人や公職追放で仕事のない父親などをめぐり、生きていくことの徒労がユーモラスに描かれた短篇です。

「セント・ニコラスのおじさんよ。あなたにはかないません。どうせ僕は橇に縛りつけられたトナカイです。」

講談社文芸文庫『ガラスの靴・悪い仲間』で、14ページ。

ガラスの靴・悪い仲間

講談社

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そういえば、徳田秋声の「仮装人物」の冒頭では、サンタクロースの仮装をさせられた主人公が、煙草に火をつけようとして髭が燃えてしまったというエピソードが語られています。

どうやら、クリスマスには、ちょっと滑稽な、苦みのある出来事が似合うようです。

仮装人物

講談社

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