(要旨)
アメリカの外交戦略に対し、共和党のニクソン大統領の補佐官であったキッシンジャー氏と、民主党のカーター大統領の補佐官であったズビグネフ・ブレジンスキー氏は大きな影響を与えたが、特にブレジンスキー氏は、その後のアメリカ民主党の大統領の地政学的な戦略に大きな影響を与えた。
ブレジンスキー氏はユダヤ系ポーランド人であり、旧ソ連に対し憎悪を抱いており、ロシアの勢力を拡大させない観点から地政上の戦略を提案している。その提案に沿う形で、クリントン元大統領はNATOの東方拡大を推し進め、さらにバイデン前大統領はウクライナのNATO加盟を図っていた。
一方で、ロシアのプーチン大統領は、ウクライナのNATO加盟は「越えてはならない一線」としており、ウクライナがNATOに加盟するのであれば、武力行使も辞さないことを以前から主張していた。
ロシアのウクライナへの侵攻は国際法違反であり、ロシアが批判されるのは当然だが、ロシアをウクライナ侵攻に導いたバイデン前大統領の戦略は罪深いものであり、このバイデン前大統領に踊らされたゼレンスキー大統領は哀れである。
地政学的な視点からロシアのウクライナ侵攻を見た場合、ロシア=悪、ウクライナ=善というような単純な論調に終始し、ロシアに有利な停戦を決して認めてはならないという論調は、ウクライナ人などの犠牲を増やす結果につながるだけで無責任だと言わざるを得ない。
(本論)
アメリカの大統領がトランプ氏に代わり、アメリカ第一主義の具体的な政策として保護関税政策を取ったことで世界中に大きな衝撃が走っている。また、ロシアによるウクライナ侵攻に対して、西側メディアによればロシア寄りとされる停戦案を提示し、これまた西側世界に大きな衝撃が走っている。
アメリカの地政学的な戦略を知る上で、共和党のニクソン元大統領の補佐官であったキッシンジャー元大統領補佐官(元国務長官)と民主党のカーター元大統領の補佐官であったブレジンスキー元大統領補佐官の思考や行動を知ることは、彼らの思考や行動がアメリカの外交戦略に大きな影響を与えたことからも、非常に有効なことである。
それもあって、今更ながらズビグネフ・ブレジンスキーの「地政学で世界を読む 21世紀のユーラシア覇権ゲーム」を読んだ。ちなみに、このブレジンスキー氏「(1928年3月28日 - 2017年5月26日)は、アメリカ在住の政治学者。1966年から1968年まで、リンドン・ジョンソン大統領の大統領顧問を務め、1977年から1981年までカーター政権時の第10代国家安全保障問題担当大統領補佐官を務めたことで知られる。ポーランド出身、カナダ育ち。」とウィキペディアで紹介されているが、ユダヤ系ポーランド人であり、ロシア帝国に支配され、またドイツに支配され、さらに旧ソ連に支配されていたポーランド人に特徴的な、ソ連に対する強い憎悪を抱いていた人物であり、反ロシアの人物である。
また、ズビグネフ・ブレジンスキー氏の長男であるマーク・ブレジンスキー氏は、クリントン政権では国家安全保障会議(NSC)に所属(ロシア・ユーラシア局長)し、バラク・オバマ氏の外交政策顧問を務め、元大統領のバイデン氏が副大統領だったオバマ政権ではスウェーデン大使を、そして2022年1月よりアメリカ合衆国駐ポーランド大使に任命された。
1997年(平成9年)に記されたこの著書の中で、「短期的には、ユーラシアに現在みられる地政上の多元性を強化し、恒久的なものにすることが、アメリカの国益になる。この点から、反米同盟が結成されていずれアメリカの覇権に挑戦するようになるのを防ぐために、機動的な政策と術策を駆使することが重要になる。当然ながら、ひとつの国がアメリカの覇権に挑戦するようになる芽を摘んでおくことも重要である。中期的には、アメリカの戦略的な同盟国となる地域大国が力をつけていき、アメリカの主導のもとで、ユーラシア全体を対象とする安全保障の協力体制を築いていく際に協力を得られるようにすることに、重点が移る。さらに長期的には、世界政治の舞台で責任を共有する核を形成することに重点が移っていく。」(p.315~p.316)としている。
「したがって、ヨーロッパの拡大とNATOの拡大が、短期的にも長期的にもアメリカにとって目標となる。ヨーロッパが拡大すれば、アメリカの影響力が及ぶ範囲が拡大するし(また、ヨーロッパのさまざまな機関に中欧諸国が加盟すれば、これらの機関で親米派の国が増えることもになり)、ヨーロッパの政治統合が進みすぎてアメリカにとってきわめて重要な地政上の権益(とくに中東での権益)にすぐに挑戦するようになる可能性もなくなる。ロシアを世界的な協力体制に徐々に組み込んでいくためにも、ヨーロッパの政治統合が進展していくことが不可欠である。」(p.317)
「NATO拡大を目指すアメリカの努力が失敗に終われば、ロシアはそれ以上の野心を復活させる可能性もある。」(p.319)
「ロシアが帝国再建ではなく、ヨーロッパへの道をはっきりと選択する可能性を高めるためには、アメリカは対ロシア戦略の第二の柱をうまく打ち立てていくべきである。つまり、旧ソ連の領域内にみられる地政上の多元性を強化していくべきである。これが強化されれば、ロシアは帝国復活の誘惑にかられにくくなる、ロシアが帝国再建の夢を捨ててヨーロッパを志向するようになれば、地域の安定を強化し、不安定になりかねない南の新国境線に紛争が発生する可能性を減らすものとして、アメリカのこの努力に歓迎するはずである。しかし、地政上の多元性を強化する政策は、ロシアとの友好関係を前提にするものであってはならない。ロシアとの友好関係が深化しなかった場合の保険としても、重要な政策なのである。ロシアが帝国主義的な政策に戻って脅威になるのを防ぐ障壁になるからである。」(p.322~p.323)
「したがって、とくに重要な新独立国に政治的、経済的な支援を提供することが、ユーラシアの幅広い政策には不可欠である。なかでもとりわけ重要なのは、主権国家としてのウクライナの立場を強化する政策である(ウクライナは自国を中欧の一員だとみるようになって中欧との統合を深めている)。また、中央アジアを世界経済に開放する政策を進め(ロシアが障害になっているが)、アゼルバイジャン、ウズベキスタンなど、戦略上の要衝になっている国との協力関係を強化すべきである。」(p.323)
このように、ブレジンスキー氏はロシアの帝国再建を恐れ、そのためにはウクライナなどをNATOに加盟させることがアメリカにとって重要な戦略になると主張しているのである。
アメリカの外交戦略の中で、ウクライナの地政上の重要性は非常に高いものであり、ロシアの勢力拡大を防ぐためにもウクライナをロシアから離反させる必要があったことがわかる。ブレジンスキー氏が大統領補佐官を務めたカーター政権以降の歴代民主党大統領による政権はブレジンスキー氏の戦略に沿った外交を行っていたと推測できる。
1990年2月9日にアメリカのベーカー国務長官が、ソ連のゴルバチョフ書記長に対して「NATO軍の管轄は1インチも東に拡大しない」と発言したとされている。このときのジョージ・H・W・ブッシュ大統領(父ブッシュ)は共和党の大統領であり、伝統としてはキッシンジャー氏の影響はあってもブレジンスキー氏の影響は排除されていると考えられる。
なお、先ほど引用したフブレジンスキー氏の著作は1997年に記されたものであり、実際にNATOが東方拡大を始めたのは、民主党の大統領であるクリントン政権時代であり、1999年に旧ワルシャワ条約機構加盟国のチェコ、ハンガリー、ポーランドが加わったのである。
ブレジンスキー氏の長男マーク氏はクリントン政権では国家安全保障会議(NSC)に所属していたことからもわかるように、ブレジンスキー氏が民主党の大統領であるクリントン政権の外交政策に大きな影響力があったと考えるのは合理的である。ロシアが憎くて仕方が無いブレジンスキー氏の戦略に従ったクリントン元大統領がNATOの東方拡大を進めていったと考えるのが自然であろう。
NATOを東方に拡大させ、ロシアのとって戦略上死生線とも言えるウクライナにまで拡大させようとしたアメリカ。ロシアのプーチン大統領はウクライナのNATOへの加盟はレッドラインと警告していたが、そのロシアへの嫌がらせのようにウクライナのNATO加盟を進めていったのは、バイデン前大統領がブレジンスキー氏の戦略を採用したからであろう。ゼレンスキー大統領をそそのかし、その結果、ロシアによるウクライナ侵攻を招いた政策の責任者であるバイデン前大統領の罪深さは大きいだろう。
(参考:ウクライナのNATO加盟は「越えてはならない一線」=ロシア(2021年6月17日、ロイター))
トランプ大統領がロシアのウクライナ侵攻によって多くの犠牲者が出たことに関して、ロシアのプーチン大統領だけでなく、バイデン前大統領やウクライナのゼレンスキー大統領にも責任があるという認識を示したのは当然であろう。バイデン前大統領に踊らされたゼレンスキー大統領については、哀れという表現が似合っているのかもしれないが。
もう一人の元大統領補佐官であるキッシンジャー氏が2022年に「既に達成された戦略的変化を土台に、交渉による平和の実現に向けた新しい構造に統合する時期が近づいている」と指摘した点も地政学上の深い認識であろう。
共和党の大統領であるトランプ氏の、ロシアによるウクライナ侵攻に関する停戦案がキッシンジャー氏の指摘を踏まえたものとなるのも当然の流れなのである。
ロシアがウクライナに侵攻したことは、国際法違反であり、第一に批判されるべきはロシアであることは論を待たない。しかし、地政学的な観点から国際紛争を見る必要がある。地政学的な観点も持たず、一方的な論調(ロシア=悪、ウクライナ=善)を繰り返し報道し続ける日本のメディアやコメンテーターとして登場する所謂専門家の多く(本当に専門家なのか不明)には、解決策を示すことは不可能であろうし、西側メディアやコメンテーターの主張を実行していけば、さらに多くの犠牲者が生み出されるだけである。ウクライナ人やロシア人が何人死んでも自分達には関係ないということなのだろうか。全く無責任だと言わざるを得ない。
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