tokyo_mirage

東京在住・在勤、40代、男。
孤独に慣れ、馴れ、熟れながらも、まあまあ人生を楽しむの記。

市川七福神を歩く

2014-04-19 23:00:00 | 旅と散歩と山登り
12:20 東京メトロ東西線の終点・西船橋の1駅手前、原木中山駅。初めて下りる駅。この駅を起点に「市川七福神」を歩こうと思う。歩行距離は20kmあるという。先週の東久留米七福神歩きが9kmだったことを思うと、その倍。結構な長丁場だ。日が暮れないうちに歩き切れるといいが。

歩き出そうとすると、ピーピーと盛んな鳥の鳴き声がする。見上げると、駅出口の天井の隅にツバメの巣が。

12:29 ガイドブックは持っているものの、地図の出来が甘く、正確な道がわからない。「なんとなく」の方角だけで歩いている。猫が2匹寝そべっていて、おっ、可愛いな…と思ったら逃げられて、その猫たちが逃げ込んでいった門を見ると、目的の七福神第一番、安養寺だった。猫に引かれて七福神詣で。

本堂の前に布袋様がいる。何かの作業の昼休み中だろうか、そばに停められたバンのシートに寝そべっているおじさんがいる以外、人の気配はない。

「我が国唯一 はだし大師」と看板にあった。弘法大師生誕1200年の昭和48年、本堂を改築した際、住職が四国霊場をお詣りできない人のために「四国の霊気を肌で直にふれていただけるように」と発願、四国八十八ヶ所と高野山を巡拝し、本堂の回廊に“霊石”(床に1つずつ石が埋め込まれている)による「準四国霊場」を勧請した、と。その石を裸足で1つずつ踏んで回廊をひとめぐりする。僕が一周終えて戻ってきたところで、近所の子だろうか、女の子2人が現れ、慣れた様子でこの足跡をたどり始めた。

真間川を渡る。あたりは住宅や畑などがある落ち着いた環境なのだが、京葉道路だろうか、遠くの幹線道路の車の音がゴー…と天に響き渡っている。

歩いていると正面に京葉道路の入口が現れる。最近、高齢の歩行者が高速道路に誤って立ち入ってしまうことが増えているというが、こうしてまっすぐ道続きになっていると、いかにもそんなことが起こりそうな気がする。歩行者は脇の階段の細い通路を迂回して向こう側に抜けるが、大型トレーラーも居並ぶ産業道路の存在感に比べると、かなりひっそりとしていて目立たない。

13:12 JR総武線の高架をくぐり、京成線・東中山駅前へ。中山競馬場への直行バスが発着している。今日は、強風とはいかないまでも風があり、コンタクトレンズの身にはつらい。涙をポロポロ流しながら歩く。メガネを持ってくるんだったな。

せっかくだから、七福神とは別だが、「中山法華経寺」にも行ってみようと思う。やはりガイドブックの地図はあてにならず、だいたいの方角だけを手掛かりに歩いている。腕には登山用の時計をしているが、山にいる時よりも頻繁にコンパス機能を使う。目の前に起伏のある地形が広がり、道も心地よくうねっている。遠くの木立の上に五重塔の屋根がちらりと見えた。あれが法華経寺だろうか。

13:29 起伏のある地形では道の伸び方・交わり方も一筋縄ではいかず、方向を見失う。行く手に森に囲まれたお堂が見えて、法華経寺か?と思ったら、七福神第二番、奥之院だった。この名は法華経寺の「奥の院」ということなんだろうか?

ここには弁天様がいる。

七福神めぐりのルートからはそれるが、やはり法華経寺には行ってみたい。あてずっぽうに歩き出すと、折良く電柱に道案内の標識を見つけた。やがて五重塔が見えてきた。

13:44 法華経寺。境内はずいぶん広い。参拝客もちらほらいる。(そう言えば、今日巡った寺で、他の参拝客を見かけたのはこの寺だけだった)。

大堂の裏にもいくつかお堂がある。そこへと渡る木の橋がいい。寺から駅の方へ伸びる参道沿いの店にも興味が湧いたが、七福神のルートからどんどんはずれていってしまうので諦める。まだ先は長い。

中山競馬場。競馬開催日なのか、人出で賑わっている。僕は競馬をしたことがなく、競馬場に入ったこともない。入るだけなら無料かと思ったら、入場料を取るんだもんな。「競馬をしたことがない」というのは、大人の積むべき経験値として「常識はずれ」の部類に入るんだろうか。それとも、いまどきは珍しくないんだろうか。周辺には警備員がとても多い。ここからさらに歩いていった、競馬場からだいぶ離れたところでも、角々にいちいち警備員が配置されていた。これは競馬マネーの潤沢さを示すのか、競馬客の乱れっぷりに対するガードの堅さを示すのか。そばにある交差点の名前が「北方」と書いて「ぼっけ」。これは読めないな、と思う。

車道の端にラインが引かれているだけで、歩道らしい歩道のない県道(競馬開催のためか渋滞している)をひたすら歩き…
14:21 七福神第三番、妙正寺。ガイドブックには「平成17年に妙応寺から妙正寺に改名した」とある。「応」の字に不穏な意味がありそうな気配もないし、なぜ改名したのだろう?芸能人のような験担ぎとか?あるいは、近隣に似た名前の寺があって混乱を招いていたとか?

同一神ともいわれる寿老人と福禄寿が並んでいる。

たけのこ自動販売機ロッカー。覗きこむと、黄土色の粉の入った小さなビニール袋がたけのこに添えられている。糠のように見える。何に使うんだろう?(その時はあまり深く考えなかったが、このブログを書いている今、そうか!と思いついて調べたら、思った通り、あく抜きに使うんだね)

今回持参したガイドブックのルートは、「歩く」ことについてあまり考えられていないようで、歩道のない幹線道路ばかりなぞっている。まるでカーナビが編み出したルートのようだ。もう、無視することにした。脇道に入っていく。車が走らない道は静かで落ち着く。歩く時に「聴覚」にはたらきかけてくる情報が、いかに気力を左右するかがわかる。小高い山にとりつくお宮の石段があった。登っていって休む。木立で眺望はきかなかった。

武蔵野線をくぐる。この少し手前で、“道を訊かれがちな男”ならでは、また道を訊かれた。自転車に乗ったおばちゃんが、この近くに高校はないかというのだが、あいにく歩いてきた道のりに高校は見当たらなかったし、出来の悪いこのガイドブックの地図には「文」マークすら載っていない。ごめんなさい、わかりません。日が隠れて曇り空になった。天気予報通り、下り坂のようだ。

梨畑が広がる。ここ市川市の隣の松戸市は「ニ十世紀梨」発祥の地だし、このあたりは梨の産地だ。

菜の花に縁取られた川が。大柏川。下流で先ほど渡った真間川に合流する。東久留米七福神めぐりで歩いた川は文句なしにきれいだったけど、この川はありふれた都市河川。

14:59 七福神第四番、浄光寺。

市川七福神には毘沙門天が2つあるが、ここにはその1つが。

本堂の前が「じょうこうじようちえん」の園庭になっていて、どかんと開けている。地面はとても綺麗に掃き清められていて、小石や落ち葉のひとつも落ちていない。足を踏み入れるのが躊躇われるほどだ。幼稚園の教育の格がわかる。

武蔵野線・市川大野駅まで坂を下っていき、駅からはまた坂を登って台地の上にあがる。このあたりは想像していたより地形に表情がある。わら葺き屋根の家(小屋?)があった。

梨畑の向こうに大きな屋根が。あれが目指す第五番だろう。ガイドブックのルートは完全に無視しているが、道にも迷わず順調だ。

15:18 七福神第五番、本将寺。ここには大黒天がいる。

平坦な道が続いたと思ったら、突然竹林の中を階段が駆け下りる。

下りたところには落ち着いた佇まいの住宅街があり、そこを抜けていくと今度は登り階段が。本当に地形が「波打っている」ようだ。

歩道のある県道に出て、ひたすら歩き続ける。歩くのに少し倦んできた。ロードサイドの店々に寄り道をし始める。ジョーシン電機の外壁に「鉄道模型」と書いてあるのを見つけて、ほう、どんなものかと売場に行ってみたら、品揃えが貧弱だったのでがっかりする。お腹が空いてきて、でもまともに食事してしまうには中途半端な時間だよな…そうだ、焼き鳥がいい!と、見つけたスーパー「ベルクス」で1本85円のモモ(タレ・塩)、レバー(タレ)計3本を買って、串に付いたタレで指をベトつかせながら食べ歩きし、しまった、温かくないのか…と思いながらも小腹を満たせて満足し、ちょうど3本全部食べ終えたところで、ばったりこの寺の前に出た。
16:01 七福神第六番、所願寺。お堂の佇まいは寺というより「集落の公民館」という感じ。

ここには恵比寿様がいる。

最後の寺を目指す。またしても起伏にぶつかる。金網の向こうは崖で切れ落ちている。この方向は海側。市川の中心地だろうか、高層マンションが見える。

国分川。この川も先ほどの大柏川同様、真間川の支流。護岸がのっぺりとしたコンクリートではなく石積みで、草の岸辺もあり、見た目に心地よい。

川沿いを進む。曇り空・肌をなぶる風・川っぺり、と3拍子揃うと、なぜか冬のような感じがする。少し肌寒くもある。川向こうに立派な塔があると思ったら、幼稚園だ。子どもたちの誇りなんだろうか。

国分川を離れる。雰囲気のある坂道を登る。またしても寺の正確な場所は把握できていないが、「国分寺」という立派な名前からして、この丘のてっぺんにあるはずだ、と当たりをつける。

枝にあふれる八重桜の花。

路傍に吹き溜まった花びらさえ綺麗。

16:39 最後。七福神第七番、国分寺。

ここにいるのはこの七福神2つ目の毘沙門天。

灯篭とシャガの群生。日の翳りの中で、淡い白さが際立つ。

寺を出て、坂を下りる。市川=海辺の町=平坦、という先入観があったけど、本当に起伏が豊かだ。それが今日の歩きの一番の発見かも知れない。起伏のある町の方が、歩いていて楽しい。

16:49 芝桜の美しい公園を通りかかる。「郭沫若記念館」。郭沫若(かくまつじゃく)とは、戦後の中国政府で要職を務めた人物だそうだが、戦前にここで亡命生活を送っていたらしい。

公園の前に「コンセント さしたままでも 温暖化」。なぜか道路脇で「待機電力カット」を啓蒙しようとしている。道端に脈略なく現れる“唐突標語看板”。日本人はこれが大好きだ。どこに行ってもこの手の看板は見つかる。

だんだん市の中心部に入ってきている。松並木が海辺の町らしい。埋め立てで浜はずっと遠くになっているけど。

京成・市川真間駅。

17:19 さらに歩き、JR市川駅着。ここでゴールとする。今日歩いたのは20km。

※今回の七福神めぐりで参考にした本は『首都圏七福神めぐりご利益コースガイド』。本文にも書いている通り、地図の出来は失格。歩くための目印が徹底的に不足しているし、歩きにくい幹線道路ばかりがルートに選ばれている。そもそも、20kmの行程図を1ページに収めており、縮尺も小さすぎる。(前回、東久留米七福神歩きで使用した本は9kmで見開き2ページだった)。多分、この本は実際にこの行程を歩いては作られていないのだろう。しかし、この本以外の適当なガイドブックを見つけられなかったのも事実。市川市のホームページにも案内図はあるが、これはもっと見にくい。

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東京メトロの自動改札機に運賃を過剰収受され不信感

2014-04-19 21:50:46 | 物申す
<前提>
(1)僕は銀座駅を含む区間のパスモ定期券を持っている。
(2)銀座駅から目的地・東西線B駅へは「237円」である。
(3)銀座―B駅間は下記3つのルートがあるが、どのルートで行っても運賃は同額である。
 ・銀座―(丸の内線)→大手町―(東西線)→B
 ・銀座―(銀座線)→日本橋―(東西線)→B
 ・銀座―(日比谷線)→茅場町―(東西線)→B
 ※実際の乗車距離はそれぞれ異なるが、それでも、すべて同じ運賃キロ程(12km~19km)におさまる。
(4)乗車したのは定期券区間内の駅である。
参考:東京メトロ路線図

僕は丸の内線で銀座経由で大手町に行き、そこで東西線に乗り換えた。
大手町駅の丸の内線→東西線の乗り換えは改札を通らねばならない。
丸の内線を「乗り換え用」の改札で出て、そこで「165円」がすでに差し引かれていたのは気づいていた。
途中下車の扱いにならないよう、その後すぐに東西線の改札を入ったことは言うまでもない。

B駅に着いて自動改札を出た時、表示された「差し引き額」に違和感を覚えた。
「113円」引かれていた。
つまり、合計「278円」引かれたことになる。銀座―B駅間は「237円」だったはずでは?
気になったので、切符売場の上の運賃表を見ると、
やはり「240円(現金の金額表示なので端数切り上げ。パスモなら237円)」となっている。
これは41円取られすぎている。

改札の駅員に申し出る。

駅員は一通り僕の状況を理解した上で、こう言う。
「切符の運賃と定期券の乗り越しの運賃では計算方法が違うんです」

いやいや、それはおかしい。
「乗り越した時」と「切符を買った時」で、同じ経路なのに運賃が食い違うなんて話は聞いたこともない。
しかも、アクロバティックで複雑怪奇な経路をとったわけでもなく、
たった1回の乗り換えしかしていない、シンプル極まりない経路なのに。
当然、納得がいかない。

駅員は、自分の説明では僕を納得させられないと判断したのだろう。
どこかに問合せの電話をかけ始めた。だいぶ長いこと待たされる。

次の説明はこれ。
「お客様の定期券は銀座線の銀座駅となっているため、丸の内線の銀座駅を通る扱いにはならないようです」
さらにこう加える。
「銀座から銀座線・日本橋乗換えで東西線、または、日比谷線・茅場町乗り換えで東西線ならば、
 237円になったと思われます」


これまた珍妙な説明だ。確かに、僕の定期券は銀座線・日比谷線で銀座駅を通ることになっている。
しかし、「銀座駅」に「丸の内線の銀座駅」「銀座線の銀座駅」「日比谷線の銀座駅」
などという区別があるはずもない。
同じ改札を持つ同じ駅の中で、ホームが違うだけなのに。
ましてや、「赤坂見附と永田町」「国会議事堂前と溜池山王」のように、
駅名が違ってすら同じ駅扱いされる駅もあるくらいなのに。
しかも、「丸の内線を使った」というのは僕の自己申告に過ぎず、
パスモにその情報が記録されるわけでもない。
(たとえば赤坂見附―銀座間は銀座線と丸の内線が並行して走っているが、この区間を移動する場合、
 赤坂見附駅と銀座駅それぞれの「改札の入出場の記録」は付いても、
 「銀座線・丸の内線のどちらに乗ったか」までは記録されない。記録されようがない)
たとえ記録されたとしても、上記(3)の前提に挙げたとおり、乗車経路次第で運賃が変わるはずもない。

さらに不可解なことが判明する。
なぜか、乗り越しの金額が「日比谷駅」から起算されているのだ。
確かに日比谷駅も定期券の経路に含まれているが、今回は通過すらしていない。
丸の内線に乗ったとか、大手町駅の改札を経由したとか、
「実際の乗車経路」がこれまで問題にされてきたのに、
乗り換えも、通過もしていない“遠方の不利な駅”が乗り越しの起算駅になり、金額が上がっていたのだ。
まったく理屈が破綻している。これじゃ納得のしようがない。

…驚くなかれ。これでなんと、30分も経ってしまった。
(そのほとんどが、駅員の彼の「長電話」待ちだったが)。
たった41円のために。
駅員の理屈があまりにも不可解で、到底納得できるものではなく、「一応の妥協点」すら見出せないので、
こちらも、「いいよもう!41円くらい!」と振り切って行ってしまうきっかけも掴めなかったし、
そういう自棄すらも起こせなかった。

結局は、「長い間お待たせしてしまったので」という、これまた理屈になっていない理由で、
41円は払い戻された。
彼自身も自分の言っていることの「説得力のなさ」には気づいていたはずだが、
決して「どうやらなんらかのエラーのようです。対応します」とは言わなかったから、
あの“不具合”はきっと直されることがない気がする。
エラーを認めたら認めたで、「運賃過剰収受のお詫びとお知らせ」とやらを出さなきゃいけなくなり、
被害実態調査や返金など大掛かりな対応を迫られるだろうから、腰が引けるのだろう。
僕はこのB駅を使うことはもう一生ないだろうからいいけど、
あの分だと、今後も「被害者」は出るだろうな。
僕は窓口で問題提起はしたし、その証しとしてここに記しもしたけど、
それにきちんと対応して火を小さいうちに消し止められるか、
放置して大火事を起こしてしまうか、さて、どっちなんでしょう?東京メトロ。
ただもう、僕自身は、自動改札機の自動精算には信用が置けなくなった。
「オートチャージ」でカードへの入金すら自動化してしまい、
パスモでいちいちいくら払っているかなんてあまり意識したことなどなかったけど
(今日だって、改札機の金額表示を目にしたのは「たまたま」だった)、
これからは気をつけたほうがいい。
特に、今回の大手町駅のように、「一度改札を出る乗り換え」に危ないニオイを感じる。

面白かったのは、僕がこのやりとりで待たされる間、
「ちょっとトイレを貸してください」と、駅の中に入っていった人が2、3人いたことだった。
本来なら改札の中に入るのには入場券が必要だろうし、
「機械」の自動改札なら、切符を持たない人の進入は阻止するだろう。
「どうぞ」と入れてやれるのは、「人間」の駅員だからできることなのだ。

僕の乗り越しだってそう。
「銀座から乗り越します」と、銀座駅を経路に含む定期券を精算窓口で駅員に見せれば、
何の問題もなく銀座からの乗り越し料金で計算されたはず。
(繰り返すが、銀座から乗り越したことは事実だし、そこから不自然な経路を辿って来たわけでもない)
これがしかし、「機械」の自動改札が説明のつかないことをやらかし、
でも「機械」は間違えないはず、正しいはず、と駅員は思っているから、
筋が通らないことなのに、いつまで経ってもエラーがエラーとして認められない。
人間(駅員)より機械の方が偉くなっちゃってる。

…そして、こういうことは今の社会のあちこちで起きてるんだよな。きっと。

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