脚本 長坂秀佳、監督 松尾昭典
1985年6月12日放送
【あらすじ】
ホステスが河原で射殺され、死体の左肩に犯人の歯形が残された。数日前にはホステスの母親が自宅で絞殺され、同じく肩に歯形が残されていた。法歯学の権威、冷泉教授が鑑定に当たったものの、母親の遺体を写真でしか見られなかったことなどから、歯形が同一人物のものかは判定できなかった。その後、所轄署の若手警視とベテラン警部の活躍により、犯人としてヤクザが逮捕される。警視は警察庁上層部の息子であり、ホステス殺しの第一発見者でもあった。ヤクザは「ホステスとの別れ話がもつれたため」と両者の殺害を自白し、事件は解決したかに見えた。だが、特命課を訪れた冷泉は、神代に対し「今回の事件は10年前のケースと同じ」と語り「彼はシロ(無実)です」と断言する。
10年前、暴力団と刑事の銃撃戦の巻き添えになって市民が射殺された際、法医学の助教授だった冷泉は、銃弾を刑事の拳銃によるもの鑑定し、捜査指揮を取っていた神代と対立。神代はその銃声を録音していたテープを探し出し、銃声紋から暴力団の拳銃によるものと突き止める。その事件を機に、冷泉は法医学という広い分野を捨て、専門分野の第一人者になるべく法歯学の道に進んだ。
特命課は、冷泉がホステス殺しの銃声を録音したテープを入手していたことを突き止める。その銃声紋を鑑定した結果、犯行に使われた拳銃が、警部補以上でしか所有できないものだと判明する。警視か警部のいずれかが真犯人と見た特命課は、所轄署に乗り込みヤクザを尋問。最初は「俺がやった」と主張していたヤクザだが、橘の追及の前に「警察に無理矢理自白させられた」と証言を変える。警部らはヤクザを釈放するが、その直後、ヤクザはラブホテルで絞殺され、またも歯形が残される。自白は真犯人との取引によるもので、口封じのために殺されたと推測する特命課。隣室にいた不審な男が真犯人と見られたが、フロントは男の顔を見ていなかった。
母親の殺害現場を捜索した船村は、湯飲みが不自然な位置にあることに気づく。現場の指紋はことごとく拭き取られていたが、湯飲みにはわずかに拭き残されていた。そんななか、別件で逮捕されていた強盗犯が母親殺しを自白。だが、ホステスと暴力団員が殺された際は獄中にいたため、それらの犯人は別にいるはずだった。
一方、母親殺しの初動捜査時の現場写真を入手した神代は、湯飲みをつかんでいた捜査員が手袋をしてないことに気づく。特命課は「手袋をするのを忘れ、現場に自分の指紋を残してしまった捜査員が、ミスの発覚を恐れる余り、犯人の指紋ごと拭き消したのではないか」と推測。さらに、ホステスの同僚の証言によれば、ホステスは殺される直前に「刑事が現場検証の際に指紋を拭き取っていた。そいつを追及してやる」と言っていたという。写真では顔の見えない捜査員こそが、ホステスとヤクザを殺した犯人に違いなかった。
ホテルのフロントが、男のネクタイだけは見ていたことを突き止める冷泉。そのネクタイは洒落た柄だったらしいが、二人の容疑者のうち、お洒落に気を遣うのは警視に他ならない。さらに、警視の歯形がホステスと暴力団員の歯形と一致したため、冷泉は警視を追及。警視は「銃声がした際は聞き込み中だった」とアリバイを主張する。聞き込み相手の老婆の耳が不自由だとつきとめ、警視のアリバイを崩す橘。だが、それだけでは二人を殺した証拠にはならない。
その後、かつて警視と警部が殺人容疑で取り調べ、証拠不十分で釈放した歯科技工士が殺害され、同じく警視の歯形が残される。歯形が奥歯まで残っていたことから、冷泉は「人間の歯形ではなく、歯形の模型を押し付けたもの」と見破る。ホステスとヤクザに残された歯形も、同様に模型によるものだった。時を同じくして、湯飲みの指紋が警部のものだと判明。「警視に罪を押し付けるために、警部が歯科技工士に模型を作らせ、証拠隠滅のために殺した」と推理した特命課は、警部を連行する。
一件落着を祝い、神代に電話を入れる冷泉。だが、神代は「材料が多いときほど、穴が多いもの。用心しないといけない」と結論を急がない。神代の言葉に、ある疑惑に気づいた冷泉は、再びホテルのフロントを訪れる。ネクタイの位置から割り出した男の身長は、警部のものではなく、警視のものだった。真相に気づいた冷泉は、ビルの屋上へと警視を呼び出し、自らの推理を披露。すべては冷泉のミスディレクションを促すための警視の罠だった。計画が見破られたことを悟った警視は、冷泉に殺意を向ける。だが、それこそが特命課の罠だった。神代らに囲まれた警視だが、「証拠はどこにある!」となおも抵抗。だが、歯形の模型の裏側に残された指紋という証拠を突きつけられ、ついに観念する。
自暴自棄になって引き金を引いた警視の拳銃には、弾が入っていなかった。「いつもそうなんだ。あの日も、脅して黙らせるだけのつもりだった。なのに、弾が入っていた・・・」神代らの前で、隠し続けていた胸の内をさらけ出す警視。「私は能無しだ。刑事なんかに向いてないのに、昇進試験には親父の力で受かってしまう。だのに私は、殺しの現場に指紋を残してしまった。あぁ、言われる。あいつは親の七光りの能無しだと。私は怖い。助けてくれ。事件なんか扱いたくない。死体なんか見たくない。普通に暮らしたいんだ」警視の言葉が、神代らの胸に虚しく響いた。
【感想など】
神代課長を演じる二谷英明氏の奥様、白川由美氏演じる法歯学の権威・冷泉教授が第350話「殺人トリックの女」以来の再登場を果たした一本。長坂氏の本格志向が遺憾なく発揮された練りに練った脚本、と言えば聞こえは良いが、正直なところ、余りに練りすぎて視聴者の多くは置いてけぼりだったのではないでしょうか?少しでも目を放せば、ストーリーが理解できなくなってしまうほどの難解さは、余り褒められたものではありません。
念のため、事件の流れをもう一度整理しておきますと、以下のようになります。
強盗が母親を殺害→現場に駆けつけた警視はうっかり指紋を残してしまい、慌てて拭き取る→そこをホステスが目撃→ホステスに追及された警視が誤って射殺→母親との連続殺人と見せかけるため、ホステスに歯形をつける(この時は自分の歯で?でも冷泉教授はホステスの歯型も模型と言っていたような・・・)→工作がばれた時に備え、警部に罪をなすりつけようと、何も知らない警部に茶碗を持たせ、わざと少しだけ指紋を残して現場に戻す→現場付近をうろついていたヤクザを逮捕し、取引して自白される→耳の不自由な老婆を利用してアリバイ工作→ヤクザの偽証がばれたので、ヤクザを殺害し(模型の)歯形をつける(このとき、警視を装った警部の犯行に見せかけようとして、あえてお洒落なネクタイをするが、身長については考えが及ばず)→歯形の模型を作らせた歯科技工士を証拠隠滅のために殺害、その際、歯形が模型であることを気づかせるため、これ見よがしに奥歯まで歯形をつける→首尾よく警部が連行されて一安心→やっぱり世間は甘くない
整理したおかげで、いったい歯形の模型はいつ用意したのか?という疑問が発覚しましたが、そんな突っ込みも面倒になるような、難解極まりない一本でした。おかげで、あらすじの分量もいつもよりかなり多め。読む方にはさぞご面倒かと思います。
とはいえ、長坂脚本らしく、ドラマの端々に印象的なシーンが盛り込まれています。特に印象に残ったのは、冷泉教授の挑戦的な態度の裏に、神代に助言を求めていることをおやっさんが見抜くシーン。「誰だって初歩的なミスを犯してしまったことがあるはずだ」と神代に言われ、「素手で凶器を掴んでしまった(おやっさん)」、「犯人の足跡を踏んづけてしまった(紅林)」など恥ずかしい過去を自ら暴露するシーン。そして何よりも、ラストの警視の独演シーン。ただ難解だったという感想だけに終わらせない、一ひねりしたラストはさすが、という感じです。
1985年6月12日放送
【あらすじ】
ホステスが河原で射殺され、死体の左肩に犯人の歯形が残された。数日前にはホステスの母親が自宅で絞殺され、同じく肩に歯形が残されていた。法歯学の権威、冷泉教授が鑑定に当たったものの、母親の遺体を写真でしか見られなかったことなどから、歯形が同一人物のものかは判定できなかった。その後、所轄署の若手警視とベテラン警部の活躍により、犯人としてヤクザが逮捕される。警視は警察庁上層部の息子であり、ホステス殺しの第一発見者でもあった。ヤクザは「ホステスとの別れ話がもつれたため」と両者の殺害を自白し、事件は解決したかに見えた。だが、特命課を訪れた冷泉は、神代に対し「今回の事件は10年前のケースと同じ」と語り「彼はシロ(無実)です」と断言する。
10年前、暴力団と刑事の銃撃戦の巻き添えになって市民が射殺された際、法医学の助教授だった冷泉は、銃弾を刑事の拳銃によるもの鑑定し、捜査指揮を取っていた神代と対立。神代はその銃声を録音していたテープを探し出し、銃声紋から暴力団の拳銃によるものと突き止める。その事件を機に、冷泉は法医学という広い分野を捨て、専門分野の第一人者になるべく法歯学の道に進んだ。
特命課は、冷泉がホステス殺しの銃声を録音したテープを入手していたことを突き止める。その銃声紋を鑑定した結果、犯行に使われた拳銃が、警部補以上でしか所有できないものだと判明する。警視か警部のいずれかが真犯人と見た特命課は、所轄署に乗り込みヤクザを尋問。最初は「俺がやった」と主張していたヤクザだが、橘の追及の前に「警察に無理矢理自白させられた」と証言を変える。警部らはヤクザを釈放するが、その直後、ヤクザはラブホテルで絞殺され、またも歯形が残される。自白は真犯人との取引によるもので、口封じのために殺されたと推測する特命課。隣室にいた不審な男が真犯人と見られたが、フロントは男の顔を見ていなかった。
母親の殺害現場を捜索した船村は、湯飲みが不自然な位置にあることに気づく。現場の指紋はことごとく拭き取られていたが、湯飲みにはわずかに拭き残されていた。そんななか、別件で逮捕されていた強盗犯が母親殺しを自白。だが、ホステスと暴力団員が殺された際は獄中にいたため、それらの犯人は別にいるはずだった。
一方、母親殺しの初動捜査時の現場写真を入手した神代は、湯飲みをつかんでいた捜査員が手袋をしてないことに気づく。特命課は「手袋をするのを忘れ、現場に自分の指紋を残してしまった捜査員が、ミスの発覚を恐れる余り、犯人の指紋ごと拭き消したのではないか」と推測。さらに、ホステスの同僚の証言によれば、ホステスは殺される直前に「刑事が現場検証の際に指紋を拭き取っていた。そいつを追及してやる」と言っていたという。写真では顔の見えない捜査員こそが、ホステスとヤクザを殺した犯人に違いなかった。
ホテルのフロントが、男のネクタイだけは見ていたことを突き止める冷泉。そのネクタイは洒落た柄だったらしいが、二人の容疑者のうち、お洒落に気を遣うのは警視に他ならない。さらに、警視の歯形がホステスと暴力団員の歯形と一致したため、冷泉は警視を追及。警視は「銃声がした際は聞き込み中だった」とアリバイを主張する。聞き込み相手の老婆の耳が不自由だとつきとめ、警視のアリバイを崩す橘。だが、それだけでは二人を殺した証拠にはならない。
その後、かつて警視と警部が殺人容疑で取り調べ、証拠不十分で釈放した歯科技工士が殺害され、同じく警視の歯形が残される。歯形が奥歯まで残っていたことから、冷泉は「人間の歯形ではなく、歯形の模型を押し付けたもの」と見破る。ホステスとヤクザに残された歯形も、同様に模型によるものだった。時を同じくして、湯飲みの指紋が警部のものだと判明。「警視に罪を押し付けるために、警部が歯科技工士に模型を作らせ、証拠隠滅のために殺した」と推理した特命課は、警部を連行する。
一件落着を祝い、神代に電話を入れる冷泉。だが、神代は「材料が多いときほど、穴が多いもの。用心しないといけない」と結論を急がない。神代の言葉に、ある疑惑に気づいた冷泉は、再びホテルのフロントを訪れる。ネクタイの位置から割り出した男の身長は、警部のものではなく、警視のものだった。真相に気づいた冷泉は、ビルの屋上へと警視を呼び出し、自らの推理を披露。すべては冷泉のミスディレクションを促すための警視の罠だった。計画が見破られたことを悟った警視は、冷泉に殺意を向ける。だが、それこそが特命課の罠だった。神代らに囲まれた警視だが、「証拠はどこにある!」となおも抵抗。だが、歯形の模型の裏側に残された指紋という証拠を突きつけられ、ついに観念する。
自暴自棄になって引き金を引いた警視の拳銃には、弾が入っていなかった。「いつもそうなんだ。あの日も、脅して黙らせるだけのつもりだった。なのに、弾が入っていた・・・」神代らの前で、隠し続けていた胸の内をさらけ出す警視。「私は能無しだ。刑事なんかに向いてないのに、昇進試験には親父の力で受かってしまう。だのに私は、殺しの現場に指紋を残してしまった。あぁ、言われる。あいつは親の七光りの能無しだと。私は怖い。助けてくれ。事件なんか扱いたくない。死体なんか見たくない。普通に暮らしたいんだ」警視の言葉が、神代らの胸に虚しく響いた。
【感想など】
神代課長を演じる二谷英明氏の奥様、白川由美氏演じる法歯学の権威・冷泉教授が第350話「殺人トリックの女」以来の再登場を果たした一本。長坂氏の本格志向が遺憾なく発揮された練りに練った脚本、と言えば聞こえは良いが、正直なところ、余りに練りすぎて視聴者の多くは置いてけぼりだったのではないでしょうか?少しでも目を放せば、ストーリーが理解できなくなってしまうほどの難解さは、余り褒められたものではありません。
念のため、事件の流れをもう一度整理しておきますと、以下のようになります。
強盗が母親を殺害→現場に駆けつけた警視はうっかり指紋を残してしまい、慌てて拭き取る→そこをホステスが目撃→ホステスに追及された警視が誤って射殺→母親との連続殺人と見せかけるため、ホステスに歯形をつける(この時は自分の歯で?でも冷泉教授はホステスの歯型も模型と言っていたような・・・)→工作がばれた時に備え、警部に罪をなすりつけようと、何も知らない警部に茶碗を持たせ、わざと少しだけ指紋を残して現場に戻す→現場付近をうろついていたヤクザを逮捕し、取引して自白される→耳の不自由な老婆を利用してアリバイ工作→ヤクザの偽証がばれたので、ヤクザを殺害し(模型の)歯形をつける(このとき、警視を装った警部の犯行に見せかけようとして、あえてお洒落なネクタイをするが、身長については考えが及ばず)→歯形の模型を作らせた歯科技工士を証拠隠滅のために殺害、その際、歯形が模型であることを気づかせるため、これ見よがしに奥歯まで歯形をつける→首尾よく警部が連行されて一安心→やっぱり世間は甘くない
整理したおかげで、いったい歯形の模型はいつ用意したのか?という疑問が発覚しましたが、そんな突っ込みも面倒になるような、難解極まりない一本でした。おかげで、あらすじの分量もいつもよりかなり多め。読む方にはさぞご面倒かと思います。
とはいえ、長坂脚本らしく、ドラマの端々に印象的なシーンが盛り込まれています。特に印象に残ったのは、冷泉教授の挑戦的な態度の裏に、神代に助言を求めていることをおやっさんが見抜くシーン。「誰だって初歩的なミスを犯してしまったことがあるはずだ」と神代に言われ、「素手で凶器を掴んでしまった(おやっさん)」、「犯人の足跡を踏んづけてしまった(紅林)」など恥ずかしい過去を自ら暴露するシーン。そして何よりも、ラストの警視の独演シーン。ただ難解だったという感想だけに終わらせない、一ひねりしたラストはさすが、という感じです。
「死体なんか見たくない能無し」にしてはずいぶんと知能的な連続殺人を単独で実行できたものです。昇級したくもないの勝手にしてしまう、などと贅沢な泣き言を聞かされても、私にはちょっと感情移入できません。
というより、実際に七光りに恵まれている者が、このような、七光りに恵まれなかった者が満足するような形で、自分の境遇を悲嘆することなどあるのでしょうか。世の中そんなにきれいじゃないだろ、知らないの? と、恵まれなかったかつ恵まれたかった私などは思ってしまいます。
ホテルで犯人の身長を割り出したときの実験で、犯人(役の助手)の「洒落た」ネクタイの位置が高くてフロントの窓からはまったく見えていなかったのも気に掛かりました。
緊張感に欠けながらも、要素は詰め込みすぎなので、少し観づらいエピソードでしたね。ただ「仕事の好き嫌い」と「能力の有無」は別物ではないでしょうか?
あと、七光りに恵まれた者にも、恵まれたが故の苦しみがあるという理屈は、「共感」や「同情」こそできないものの、「想像」し「理解」できないものではありません。七光りに恵まれなかった鬼親爺さんや私のような人間が納得できるかどうかは別にして、単なる知恵比べに終始しないだけの深みを与えたという点では、意味のある描き方だったのではないかと思います。
長坂脚本は常人には理解できない理由で人を殺す話が多すぎてあまり好きではない。