特捜最前線日記

特捜最前線について語ります。
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第396話 万引き少女の告白!

2008年04月09日 20時23分02秒 | Weblog
脚本 阿井文瓶、監督 天野利彦

議員の妻が宿泊中のホテルの一室で首吊り自殺を遂げた。検死の結果、後頭部に挫傷が発見され、偽装自殺だと判明。死体の発見者である議員と秘書は、その部屋からビラを持った若い女が飛び出していくのを目撃していた。そのビラは、アフリカの子供たちを救済する募金に関するものだった。
捜査に乗り出した特命課は、ビラに残った指紋を照合するため、クリスマスに賑わう街で、募金に立つ若者たちからビラを集める。そんななか、桜井の目前で、ある娘が倒れる。募金に精を出す余り、疲労と空腹のために倒れた娘を見かねて、食事をごちそうする桜井。だが、やがてビラの指紋がその娘のものだと判明する。
娘のアパートを訪ねる桜井と叶だが、娘はスキを見て逃走。娘の消息を追う桜井に、娘の友人が手袋を差し出し「彼女が万引きしたものです。これを返しますから、許してやってください」と告げる。娘が万引きしたというデパートで事情を聞く桜井。金のためでなく、スリルを楽しむために万引きを働く社長夫人の姿を見た桜井は、「議員の妻も同類だったのではないか」と推理する。デパートの担当者は、重い口を開いて桜井の推理を認め、娘と議員の妻が同じ日に万引きを働き、デパートの事務所で出会っていたことを明かす。そして、新聞記者がその事実を嗅ぎ回っていたことも。
友人宅に身を隠していた娘を発見し、事情を聞き出す桜井。デパートでともに万引きが発覚した後、議員の妻が声を掛け、娘が万引きした手袋を買い与えたのだという。妻は心の病から万引きを繰り返す自分に悩んでおり、娘からアフリカ救済の話を聞き「募金させて欲しい」と言い出した。だが、約束どおりホテルを訪ねたところ、議員と秘書が妻を詰問しており、娘を追い返したという。
議員らは嘘をついているのだろうか?だが、何のために?記者のもとを訪ねた桜井は、議員の妻の万引きを記事にしようとしたのは、同じ選挙区の代議士の指示だと知る。国会議員の定数是正問題にからみ、議席を争うことになる議員のスキャンダルを狙ったものだった。
一計を案じた桜井は、囮として高杉婦警を娘の部屋に泊まらせ、口封じのために娘を狙ってきた秘書を取り押さえる。妻を殺したのは議員だった。スキャンダルを恐れるあまり、妻を詰問していて勢いあまって殺害してしまったのだ。議員のもとを訪れ、娘の配っていたアフリカ救済のビラを見せ付ける桜井。議席の獲得に血道をあげ、人々の暮らしを顧みようとしない議員に、桜井の怒りが爆発する。「街では何万、何千人という人が寄付している。いたたまれんからですよ。だが、本当に何とかしてやれるのは、あんたたち政治家しかいないだろう!」

「女性の犯罪体験手記シリーズ」のラストを飾る本編は、なかなか考えさせられる一本でした。どこまでが万引き少女の手記にもとづくものかは、かなり疑問であり、おそらくアフリカ救済に関する政治家の無力を糾弾するくだりは、脚本家の(やや暴走に近い)オリジナリティーが付与されたものかと思われます。
本来、日本の政治家が為すべきことは、日本国民の安寧を守ることであり、アフリカ救済よりも日本国民の救済が優先させるのは言うまでもないこと。とはいえ、国際社会での貢献が、めぐり巡って日本の経済にも跳ね返ってくる現在、アフリカをはじめ途上国への貢献も必要であることも間違いありません。現在の日本は(なぜか、もはや経済大国である中国にまで)巨額のODAを行っていますが、それが結果として飢えに苦しむ子供たちを救うことにつながらければ、それこそ血税の無駄遣い。ただ金を出すだけでなく、本当の意味で救済に繋がるような活動をするためには、有志のボランティアに頼るのでなく、やはり政治の力が必要でしょう。「あんたたちしかいないだろう!」という桜井の叫びは、決して政治家にすべての責任を負わせて他人事を決め込むのではなく、「為すべき立場にいるものが、何一つ為すべきことを為さない」現在の政治に対する怒りに他なりません。

個人的な、それも余り特捜本編と関係ない話で恐縮ですが、私はあまり募金(特に街頭募金)と言うものが好きではありません。実際に募金に立つ方々にはそんなつもりは毛頭なのでしょうが、街頭で募金を求められるたびに、なぜか「善意があるなら募金せよ→募金をしない貴様は人でなしだ」と責められているような、いたたまれない気持ちになるのです。
反感を買うのを承知でさらに言えば、募金をする方々に共通する「私たちは正しいこと、恵まれない人々のためになることをやっている」と確信し切っているような態度が、あまり好きになれません。今回のエピソード中でも、娘が「外でお食事ですか?食事代を100円節約して、寄付してください。100円で一人の子供が一日生き延びられるんです!」などと募金を迫る姿には(もちろん誇張されているとはいえ)、正直不快感が募りました。
私がこんなことを言われたら「お前はアフリカにいってその実態を見たのか?お前らがそういって半ば脅迫的に集めた金が、どういう経路で誰の手元にわたるか、実際にどれだけの金額が子供たちのために使われるのか、責任を持って見届けたのか?誰かの作った仕組みに参加し、誰かに吹き込まれた言葉を口にすることで、何かを良いことをしたと思って満足しているんじゃない!」などと口走ってしまうかもしれません。
さらに、食事をごちそうしようとする桜井や叶に「そんなお金があったら寄付してください」とぬかすシーンは、心からムカつきましたが、さすがは叶です。「君は、明日からもアフリカの子供のために頑張るんだろう、そのためには栄養を取らないと。君が食べてくれたら、僕らもアフリカのために何かできたことになる」と笑顔で言いくるめていました。その後、いただきますと手を合わせる姿に、少しは好感を覚えましたが・・・

長くなって恐縮ですが、あと興味深かったのが、募金に対する桜井と紅林の意見の対立です。「私たちも、少しでも協力しましょう」という紅林に、「本来なら政治がやらねばならんことを、なぜ庶民同士の善意や思いやりにすがらねばならん」と反論する桜井。「政治が何の便りになるんです」と、後に現実の世界で政治家になる人とは思えない発言をする紅林。これに対して「政治以外が何の頼りになる。本当に救いたいなら、政治家を動かせ。思いやりだけでは飢えはしのげない」と答える桜井も、その後の現実での行動と対比してみれば、感慨深いものがあります。
その後、「現実にこうして飢えている人がいるじゃないですか」という紅林の肩を持つように「桜井君、本当にひもじいってことは、体験した人間じゃなきゃわからん。飢えた人間にとっちゃあ、一粒の米でも手を合わせて拝みたくなるもんだよ」と口を挟むおやっさんですが、正直言って、それは話が違います。
ラストシーン。再び募金に立つ娘に、ボーナス全額を寄付する桜井。「ラーメンぐらいなら、僕がおごりますよ」という叶に、桜井は「今日一日、飯を食わずにいようと思う」と微笑みます。「今日一日断食したぐらいで、アフリカの子供たちの飢えが分かるってもんでもないけどな」自分にできることの限界を十分に知りながらも、自分にできる精一杯のことをする。そんな桜井の誠実さは、募金嫌いの私の胸にも響くものがあります。私が募金を嫌うのは、募金という行為(する方、募る方とも)そのものでなく、その裏側に見える欺瞞が不快だからであり、わざわざそんな裏側を見ようとする自分自身の不快さに気づかされるからかもしれません。

2 コメント

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自分も (静岡人)
2010-02-17 02:09:48
こういう募金活動とか嫌いでこの話はなんだか気分悪かったですよ。しかし最後の桜井さんの行為と台詞にはただ、かっこいい!と思ってしまいました。
それにしても袋小路さん、いつも早めのコメントありがとうございます。これからも自分の好きな作品には感想など書き込みしてみたいと思います。それに対するコメントは無くても遅くなってもどんな内容でも気にならないので気軽にお願いします。自分も気軽に書き込みますので。
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ご配慮ありがとうございます (袋小路)
2010-02-24 01:41:31
静岡人さん、こんばんは。
度々のコメントに加えて、いろいとお気づかいいただきありがとうございます。お言葉に甘えて、今回はお返事が遅くなってしまいました(笑)。
このエピソードは評価が難しいですが、テーマに対する好き嫌いを別にすれば、ご指摘の桜井の台詞をはじめ、見応えのある話だったと思います。
募金という行為の是非については、脚本の阿井さんの狙いは問題を提起することにあり、無理に結論を出す必要はないと思うのですが、どうでしょうか?
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