車泊で「ご当地マンホール」

北は山形から南は大分まで、10年間の車泊旅はマンホールに名所・旧跡・寺社・狛犬・・思い出の旅、ご一緒しませんか。

池宮(いけみや)神社 in 静岡県御前崎市

2019年02月27日 08時00分00秒 | 神社仏閣・名所・観光・静岡県

御前崎市佐倉、桜ヶ池のほとりに鎮座される「池宮(いけみや)神社」

2011年にご亭主殿と二人で参拝、2016年は御朱印を頂くため、友人Jさん同行で二度目の参拝。(晴れて明るい画像は2011年、雨に濡れて寒々しい画像は2016年。都度に織り交ぜての紹介)

御祭神は『瀬織津比咩命(せおりつひめのみこと)・事代主命・建御名方命(たけみなかたのみこと)』

参道入口、二の鳥居の左右にて神域を守護されるのは、昭和6年1月生まれの狛犬さん一対。 一般的に見かける石製ではなくコンクリート製。その所為もあるのか、表情豊かで滑らかな体がとても印象的。

全体的に丸身をおびた姿からは、獅子の猛々しさよりも、守役のような優しさが感じられます。 きっと狛犬たちは、はるか昔から祀られてきた姫神様の新たな守役となって、ご機嫌なのかも。

と写真を撮っていて、狛犬の台座に刻まれた浪の間から、にゅっと顔を出す奇妙な顔を発見! じっくり見た所では・・亀ですね。台座に亀が刻まれているのは良く見ますが、こんな風に立体的に顔を覗かせているのはかなり珍しい。

正面に広がる桜が池は明日にまわし、拝殿正面に立つ三の鳥居へ。左手が社務所、さらに境内社が鎮座します。

姫神様が鎮まられる社、清めの手水舎は後方に広がる紅葉の朱を写して鮮やかに染まり、雨に濡れて更にしっとりと趣きを見せ・・。

11月のさわやかな空の下、鳥居の手前から見る朱塗りの拝殿。深い緑の腕(かいな)に抱かれ、柔らかく差し込む日差しの中でたゆとうように静かに鎮座されています。

12月・・音も無く静かに重い雨まじりの空の下、屋根も朱塗りの柱も真っ白い壁も更に深い色に変わり、その美しい姿はどのような季節であろうとも変わることなく・・

【創祀は敏達天皇十三年(584)に瀬織津比詳命がご出現。社殿の造営がなされた。後、栄枯盛衰が激しく平安時代初めには衰退し、社殿は大破した。しかし平安時代中期一条天皇の長保三年(1001)社家の遠祖源朝臣信栄が社勢を再興。
室町時代に入ると駿河・遠江を領有する今川氏の崇敬を受けたが戦国末期に武田・徳川両氏の高天神城争奪の地となり、社殿をはじめ神宝、旧記、古文書の大部分を焼失。
江戸時代に神官信盛が再び興し徳川家の崇敬を受け、明治維新に至るまで地頭の祈願所となっていた。
享保十六年(1731)には正一位の神階宣示を受け、本殿は宝暦十年(1760)、拝殿は元文四年(1739)に、時の大宮司従四位下佐倉治部大輔源朝臣信幸が造営し、その名を池宮天王社とも称され現今に至る。
御由来より

天皇十三年に『瀬織津比詳』の御出現を寿ぎて社を造営。その後、幾多の災禍を経て今日に至る古社。 宝暦十年(1760)に造営された本殿は市の指定文化財ですが、建物は拝殿から続く覆屋の中にあり、見る事は出来ません。

御神紋は「丸に三つ柏・三つ桜」。「丸に三つ柏」は良く見ますが、それに「三つ桜」が加わった紋は初見。 桜は「桜が池」からの流れか・・・今更ですが、御朱印の時にお聞きすれば良かった・・

本殿横にひっそりと鎮まる境内合殿社は「八幡神社・弁天神社・津島神社」。「津島神社」の祭神は『牛頭天王(素戔男尊)』で、一般的に「お天王さま」とも呼ばれています。 由来にある「天王社」の呼び名は、かってここに『牛頭天王』が祀られていた事を示しており、だとすれば合殿に祀られる「津島神社」はその名残なのかも・・

明日は「桜ヶ池」に伝わる龍神伝説と、それに因む池之宮神社の祭礼「おひつ納め」の紹介です。

参拝日:2011年11月15日&2016年12月13日

 


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