車泊で「ご当地マンホール」

北は山形から南は大分まで、10年間の車泊旅はマンホールに名所・旧跡・寺社・狛犬・・思い出の旅、ご一緒しませんか。

ご当地マンホール in 兵庫県旧竹野町(豊岡市)

2023年09月10日 08時00分00秒 | マンホール・マンホールカード・キャラ・兵庫県

旧城崎郡竹野町(たけのちょう)は兵庫県の北部、日本海に面した町です。豊岡市、城崎町、日高町、村岡町、香住町に隣接。集落は竹野川に沿って散在しており、昔から海の幸、山の幸に恵まれていました。江戸時代から明治時代にかけて北前船の寄港地として栄え、竹野浜一帯は「竹野の大浜」と呼ばれ、全国の廻船業者が軒を連ねていたと言います。「町の木:黒松」「町の花:椿」を制定。

明治22年(1889)、町村制の施行により、美含郡竹野村・中竹野村・奥竹野村、気多郡三椒村が発足。

1896年、郡制の施行のため、城崎郡・美含郡・気多郡の区域をもって、改めて城崎郡が発足。

1955年、城崎郡竹野村・三椒村・中竹野村・奥竹野村が合併、改めて竹野村が発足。

1957年、竹野村が町制を施行、城崎郡竹野町となる。

2005年、豊岡市、城崎郡城崎町・日高町・出石郡出石町・但東町と合併、豊岡市竹野町となりました。

マンホールには、江戸時代に活躍した「北前舟」が日本海を進む様が描かれています。

昭和32年4月1日制定の町章は「アルファベットの頭文字『T』を、鷹になぞらえて図案化したものです。」

眼下に竹野海岸を見ながら、急カーブが連続する道をひた走っていると、驚くような場所に、平家の豪勇たちが辿り着いたという伝承の地「田久日の集落」の案内を発見。そこに下りる県道筋の草むらには才の神奉斎の古跡

昭和40年にこの海岸道路が開通するまでは、海岸沿いの険しい山道を徒歩で移動するか、または船で移動する以外交通手段が無く、陸の孤島と呼ばれた田久日集落。外部との折衝を断って暮らす平家の隠れ部落としては、絶好の立地だったのかもしれません。

撮影日:2010年11月4日

 


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2 コメント

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の本列島誕生の痕跡 (まっち)
2023-09-10 14:25:25
但馬から因幡に至る山陰海岸は約2000万年前に日本列島がユーラシア大陸から切り離された際の痕跡が多数残るユネスコのジオパーク。
地質マニアとしても興味深いエリア。
ご縁のなかった城崎と異なり、竹野には灯台巡りの際に訪問、休暇村に宿泊しました。
ただ、当時はまだ地質に目覚める前でただただ灯台のみを追い続ける旅。
近くにダムでもあればすぐにでも飛んでゆきたいところですが、それがないんですよねー。
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約2000万年前 (tibineko)
2023-09-10 15:31:22
さらっと文字にしてしまう2000万年・・・
ここまで数字が大きいと、現実感が伴わなくて、例えて言えばSFの世界
いやそれよりももっとはるかに壮大かな?
地質学者の方のお話とか聞くと、もうただただ「ほぉ~~~~~~」。
分かったのかと聞き返されても、多分聞いた事の10分の一くらいしか理解出来てない自信はある(^^;)
・・・そうか・・
マンホールと違って、ダムは無い所も沢山あるのですね。
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