いしかわ教育総合研究所所長の抗議声明です。
加賀市の育鵬社歴史・公民教科書、日本教科書道徳教科書の再々採択に抗議する
加賀市教育長 島谷千春殿
加賀市教育委員会 委員各位
いしかわ教育総合研究所は2015年以来加賀市に対し、育鵬社の中学校歴史・公民教科書、日本教科書株式会社の中学校道徳教科書の問題点を指摘し、3教科書の採択停止を求めてきた。しかるに加賀市は2020年度採択において、これら問題3教科書を再採択し、さらに本2024年採択では同3教科書を再々採択した。いしかわ教育総合研究所は加賀市の子どもたちがこれら問題の多い教科書で学ばされている状況を深く憂慮している。
良く知られているように、前回中学校教科書採択2020年において、横浜市や大阪府下諸都市など大手採択区のほとんどが育鵬社教科書の再採択を見送り、同社教科書の約10%あった全国採択率は約1%まで激減した。これは育鵬社教科書の問題点が広く知られるようになった結果と思われる。それにもかかわらず金沢・小松・加賀の石川県3市が育鵬社教科書を再採択した異様さに、全国から不審の眼差しが向けられた。本2024年、育鵬社教科書の凋落はさらに進行し、2011年以来の採択区だった石垣市・与那国町、大阪府下で唯一再採択していた泉佐野市、また金沢市までが採択を停止した。その中で再々採択を断行した小松市と加賀市の突出が、一段と全国の耳目を集めている。
育鵬社歴史教科書の問題点は、執筆者の学識欠如による間違いの多さと、客観的批判に耐えない偏狭な国家主義的叙述にある。前回2020年採択のとき、いしかわ教育総合研究所が加賀市への抗議声明で指摘した、神武天皇を天孫ニニギの3代目(実は4代目)とする過ちなどは今回の新版で直されたが(抗議声明の影響?)、高句麗の3世紀領域図(実は4世紀)やフェノロサと岡倉天心による法隆寺救世観音開扉1884年(実は1886年)とする記事など間違いは他にも多数残っている。また、ネルーや孫文が日露戦争における日本の勝利に喜んだことのみ取り上げ、その後彼らが日本のそれからの動きに失望したことを記さない(他社教科書は記している)など、偏狭な国家主義的叙述は変わっていない。
育鵬社公民教科書の問題点は、偏狭な国家主義的社会観と人権意識の低さにある。前回採択のとき、いしかわ教育総研が加賀市への抗議声明で指摘した曽野綾子氏の冒頭エッセイは今回の新版では削除された(これも抗議声明の影響?)。同エッセイの「地球市民など幻想で国際人になる前に日本人であれ」という主張が、新型コロナ・パンデミック下での医療従事者闘病者支援オンラインコンサートにおけるレディ・ガガさんの「私はアメリカ人であると同時に地球市民」という発言が共感を呼んでいる世界で、いかに時代錯誤なものかを抗議声明は指摘した。しかし時代錯誤のエッセイがはずされても、天皇の専制支配を定めた大日本帝国憲法を美化し、主権在民・男女の平等・基本的人権を初めてもたらした日本国憲法を、「押し付け」のみを強調し貶める記述など、偏狭な国家主義は変わっていない。また人権について云えば、子どもの権利条約の説明に同条約の核心である「子どもの意見表明権」への言及がないなど、その見識の低さは際立っている。
日本教科書道徳教科書は2020年の旧版において、「差別に抵抗しない勇気」が讃えられ、いじめをしてはいけない理由に法律的・社会的制裁のみが列挙されるといった異様さに、採択区が栃木県大田原市と加賀市のみという散々な状況だった。本2024年も東大阪市がなぜか採択に踏み切ったが、その状況は大して変わっていない。
日本教科書道徳教科書の問題点も、偏狭な国家主義と人権意識の低さにある。2024年度新版では上記の異様な記事は消去され(これも抗議声明の影響?)LGBT問題が取り上げられるなど見かけ上の「現代化」の跡も見られる。しかしアジアへの侵略思想を鼓舞した吉田松陰の讃美に紙幅を費やし、阿賀野川水俣病訴訟で企業の責任を問わずそれを個人と自然の一般論とするなど、本質的なものは何も変わっていない。
今日の教科書問題は、1993年の河野談話、1995年の村山談話に危機感を抱いた国家主義者たちが、1997年「新しい歴史教科書をつくる会」を立ち上げたことに端を発する。「新しい歴史教科書をつくる会」は2006年に分裂し、そのうちの一派が故・安倍晋三氏の口利きで育鵬社を造った。日本教科書株式会社もそういった流れの中にある。その退行的で不毛な動きと今日の日本の閉塞状況は決して無関係ではないであろう。
加賀市の昨今の小中学校教育は、人文社会科目を極小化した職能教育であるSTEAM教育を、学習指導要領との整合性や人的リソースの供給に疑問のもたれるまま標榜するなど、自然体を失しているように感じられる。問題のある3教科書を、全国からの不審の眼差しを無視し再々採択したことにも、同様の感をぬぐいきれない。豊かな自然と文化資産に恵まれ、高名な温泉を多数擁し世界に開かれた観光地でもある加賀市の子どもたちに必要なのは、国際的に通用する歴史認識と、高い人権意識が学べる教科書ではないのか。加賀市採択3教科書がそういう教科書でないことは、3教科書自らが語っているのではないか。
いしかわ教育総合研究所は以上のような考えにもとづき、育鵬社歴史・公民教科書と日本教科書道徳教科書を再々採択した加賀市に抗議し、その見直しと採択のやり直しを強く求める。
2024年9月26日 いしかわ教育総合研究所所長 半沢英一
加賀市の育鵬社歴史・公民教科書、日本教科書道徳教科書の再々採択に抗議する
加賀市教育長 島谷千春殿
加賀市教育委員会 委員各位
いしかわ教育総合研究所は2015年以来加賀市に対し、育鵬社の中学校歴史・公民教科書、日本教科書株式会社の中学校道徳教科書の問題点を指摘し、3教科書の採択停止を求めてきた。しかるに加賀市は2020年度採択において、これら問題3教科書を再採択し、さらに本2024年採択では同3教科書を再々採択した。いしかわ教育総合研究所は加賀市の子どもたちがこれら問題の多い教科書で学ばされている状況を深く憂慮している。
良く知られているように、前回中学校教科書採択2020年において、横浜市や大阪府下諸都市など大手採択区のほとんどが育鵬社教科書の再採択を見送り、同社教科書の約10%あった全国採択率は約1%まで激減した。これは育鵬社教科書の問題点が広く知られるようになった結果と思われる。それにもかかわらず金沢・小松・加賀の石川県3市が育鵬社教科書を再採択した異様さに、全国から不審の眼差しが向けられた。本2024年、育鵬社教科書の凋落はさらに進行し、2011年以来の採択区だった石垣市・与那国町、大阪府下で唯一再採択していた泉佐野市、また金沢市までが採択を停止した。その中で再々採択を断行した小松市と加賀市の突出が、一段と全国の耳目を集めている。
育鵬社歴史教科書の問題点は、執筆者の学識欠如による間違いの多さと、客観的批判に耐えない偏狭な国家主義的叙述にある。前回2020年採択のとき、いしかわ教育総合研究所が加賀市への抗議声明で指摘した、神武天皇を天孫ニニギの3代目(実は4代目)とする過ちなどは今回の新版で直されたが(抗議声明の影響?)、高句麗の3世紀領域図(実は4世紀)やフェノロサと岡倉天心による法隆寺救世観音開扉1884年(実は1886年)とする記事など間違いは他にも多数残っている。また、ネルーや孫文が日露戦争における日本の勝利に喜んだことのみ取り上げ、その後彼らが日本のそれからの動きに失望したことを記さない(他社教科書は記している)など、偏狭な国家主義的叙述は変わっていない。
育鵬社公民教科書の問題点は、偏狭な国家主義的社会観と人権意識の低さにある。前回採択のとき、いしかわ教育総研が加賀市への抗議声明で指摘した曽野綾子氏の冒頭エッセイは今回の新版では削除された(これも抗議声明の影響?)。同エッセイの「地球市民など幻想で国際人になる前に日本人であれ」という主張が、新型コロナ・パンデミック下での医療従事者闘病者支援オンラインコンサートにおけるレディ・ガガさんの「私はアメリカ人であると同時に地球市民」という発言が共感を呼んでいる世界で、いかに時代錯誤なものかを抗議声明は指摘した。しかし時代錯誤のエッセイがはずされても、天皇の専制支配を定めた大日本帝国憲法を美化し、主権在民・男女の平等・基本的人権を初めてもたらした日本国憲法を、「押し付け」のみを強調し貶める記述など、偏狭な国家主義は変わっていない。また人権について云えば、子どもの権利条約の説明に同条約の核心である「子どもの意見表明権」への言及がないなど、その見識の低さは際立っている。
日本教科書道徳教科書は2020年の旧版において、「差別に抵抗しない勇気」が讃えられ、いじめをしてはいけない理由に法律的・社会的制裁のみが列挙されるといった異様さに、採択区が栃木県大田原市と加賀市のみという散々な状況だった。本2024年も東大阪市がなぜか採択に踏み切ったが、その状況は大して変わっていない。
日本教科書道徳教科書の問題点も、偏狭な国家主義と人権意識の低さにある。2024年度新版では上記の異様な記事は消去され(これも抗議声明の影響?)LGBT問題が取り上げられるなど見かけ上の「現代化」の跡も見られる。しかしアジアへの侵略思想を鼓舞した吉田松陰の讃美に紙幅を費やし、阿賀野川水俣病訴訟で企業の責任を問わずそれを個人と自然の一般論とするなど、本質的なものは何も変わっていない。
今日の教科書問題は、1993年の河野談話、1995年の村山談話に危機感を抱いた国家主義者たちが、1997年「新しい歴史教科書をつくる会」を立ち上げたことに端を発する。「新しい歴史教科書をつくる会」は2006年に分裂し、そのうちの一派が故・安倍晋三氏の口利きで育鵬社を造った。日本教科書株式会社もそういった流れの中にある。その退行的で不毛な動きと今日の日本の閉塞状況は決して無関係ではないであろう。
加賀市の昨今の小中学校教育は、人文社会科目を極小化した職能教育であるSTEAM教育を、学習指導要領との整合性や人的リソースの供給に疑問のもたれるまま標榜するなど、自然体を失しているように感じられる。問題のある3教科書を、全国からの不審の眼差しを無視し再々採択したことにも、同様の感をぬぐいきれない。豊かな自然と文化資産に恵まれ、高名な温泉を多数擁し世界に開かれた観光地でもある加賀市の子どもたちに必要なのは、国際的に通用する歴史認識と、高い人権意識が学べる教科書ではないのか。加賀市採択3教科書がそういう教科書でないことは、3教科書自らが語っているのではないか。
いしかわ教育総合研究所は以上のような考えにもとづき、育鵬社歴史・公民教科書と日本教科書道徳教科書を再々採択した加賀市に抗議し、その見直しと採択のやり直しを強く求める。
2024年9月26日 いしかわ教育総合研究所所長 半沢英一