モラロジ―問題で南河内の3市に申し入れを行い、話し合いの場を持ちました。
■Ⅿ市教委へ
市民、元教職員の方々と行きました。市教委の担当部署4人が応対。まずⅯ市の「モラロジ―研の作文コンクール後援」について説明を受け、質問と要請を行いました。
①Ⅿ市は2013年度に作文協力を、2015年度より正式に作文後援をしている。Ⅿ市の小学生のこの作文の提出総数は、2014年-1861名、2015年-2311名、2016年ー2527名、2017年―2499名である。Ⅿ市内の小学校の総児童数から見ると、たいへん多くの児童が提出している。学校によってほぼ全員提出のところもあれば、少ないところもある。校長と学校に任せている。他の後援団体と同じで、モラロジ研究会自身が、各学校に作文の説明やプリントを配布している。具体的に児童に配布している「作文指導」のプリントは、教委は持っていない。今年のテーマは(昨年とほぼ同じ)『心の絆エッセー募集”ありがとう”を伝えたい人に』であった。作文の一次審査はモラロジー研究会がやり、二次審査は、市教委も入って行っている。そこで「市長賞」「教育長賞」「モラロジー賞」「入賞」の作品を選ぶ。その表彰式は、毎年12月に行っているが、市長や教育長も空いていたら参加し、表彰授与している。あいさつもしている。校長のあいさつはない。
②(こちらから資料を示し説明) モラロジ‐研の理事長・廣池幹堂氏は、日本会議の代表委員、日本教育再生機構(育鵬社の共同事業者)の顧問である。「明治以降の近代国家としての堂々たる歩みは、アジアの国々にも独立への勇気を与えた。しかし、戦後の誤った教育により、日本は今、道徳的な危機にある。」「育鵬社の教科書を推薦する」などと主張している人物である。「モラロジ‐研の新年大発表会は昨年、本部のある千葉県柏市と大阪の2か所で行われていて、内容は「廣池千九郎が問うたもの」「万世一系の現代的意義」であった。このように、戦後の教育を批判し戦前の天皇制をも賛美する団体の取り組みを、市教委が後援するのは間違っている。「市の後援名義使用承認要綱」の「特定の主義主張の浸透を図ることを目的とするもの(は承認できない)」に当てはまるのではないか。また道徳教科書採択の時期に、教科書執筆者が所属する団体や研究会を後援するのは、教科書採択の中立性の保持という面からも問題である。Ⅿ市のモラロジ研の作文コンクールの題名は、大きな問題にはならないが、大阪市内の作文コンクールの題名は「家族のきずな」であり、家族関係に悩む子や施設から通う子への配慮が全くないものである。こういうものを押し付けることは子どもの人権侵害であり、教委がそれを後援し進めることは、たいへん大きな問題である。Ⅿ市としても真剣に受けとめてもらいたい。今後こういう作文コンクールの後援はやめるよう検討してほしい。
③市教委側は「大阪市内の作文の題名」については、「やはり配慮がないと感じる。Ⅿ市では子どもの生活を重視し取り組んできた。」と言われましたが、明確には作文コンクールを問題視されず「外部からの取り組み要請があまりにたくさんあって、教職員の多忙化への対策として、こういうコンクールについての縮小?も考えていくかもしれない」という返事でした。
■H市教委へ
元教職員数名で行きました。市教委側は 2人が応対。「モラロジのことを今回初めて知った。7月のモラロジ教育研究会のことも知らなかった」と無責任な返答。モラロジの問題を指摘説明し「来年度は後援をやめるよう検討を」と要請しました。「教育委員会傍聴の問題点=1週間前に傍聴申込書を提出しなければ傍聴できない方式⇒こんな傍聴条件は他市にはない」についても改善を要望しました。
■F市教委へ・教育長と懇談 市民と元教職員数名で。教育長と他5人が同席。まず教委からの説明「3年前までどうだったかわからないが、2年前近くのモラロジ―研の代表が『モラロジーの教育研究会』後援とその会での私のあいさつの要請にきた。文科省や府教委も後援しているし、モラロジーは公益財団法人であるし、また道徳教育の内容づくりは教育上大事だと思っていたので、後援することにした。昨年7月の『教育研究会』では自分が推薦し元校長だった人の講演もあった」と。このあと、こちらから資料で、モラロジの問題をじっくりと指摘説明しました。そして「モラロジ研理事長の主張の一つは、戦後教育の否定である。あなた達自身=戦後の教育委員会自体を否定するような主張の団体の取り組みを、後援協力するのは、大きな問題ではないのか?」 「このお知らせチラシを見たら、教育長があいさつし、市教委の人が講演者にも加わりで、市教委自身が主催しているような研究会にさえ見える。今後、こういう研究会の後援をやめてほしい。」と要請しました。それに対して「団体組織そのものを後援しているのではなく、団体の取り組みを後援しているので、この取り組みだけなら、後援はやめられない」ようなことを言われました。
■Ⅿ市教委へ
市民、元教職員の方々と行きました。市教委の担当部署4人が応対。まずⅯ市の「モラロジ―研の作文コンクール後援」について説明を受け、質問と要請を行いました。
①Ⅿ市は2013年度に作文協力を、2015年度より正式に作文後援をしている。Ⅿ市の小学生のこの作文の提出総数は、2014年-1861名、2015年-2311名、2016年ー2527名、2017年―2499名である。Ⅿ市内の小学校の総児童数から見ると、たいへん多くの児童が提出している。学校によってほぼ全員提出のところもあれば、少ないところもある。校長と学校に任せている。他の後援団体と同じで、モラロジ研究会自身が、各学校に作文の説明やプリントを配布している。具体的に児童に配布している「作文指導」のプリントは、教委は持っていない。今年のテーマは(昨年とほぼ同じ)『心の絆エッセー募集”ありがとう”を伝えたい人に』であった。作文の一次審査はモラロジー研究会がやり、二次審査は、市教委も入って行っている。そこで「市長賞」「教育長賞」「モラロジー賞」「入賞」の作品を選ぶ。その表彰式は、毎年12月に行っているが、市長や教育長も空いていたら参加し、表彰授与している。あいさつもしている。校長のあいさつはない。
②(こちらから資料を示し説明) モラロジ‐研の理事長・廣池幹堂氏は、日本会議の代表委員、日本教育再生機構(育鵬社の共同事業者)の顧問である。「明治以降の近代国家としての堂々たる歩みは、アジアの国々にも独立への勇気を与えた。しかし、戦後の誤った教育により、日本は今、道徳的な危機にある。」「育鵬社の教科書を推薦する」などと主張している人物である。「モラロジ‐研の新年大発表会は昨年、本部のある千葉県柏市と大阪の2か所で行われていて、内容は「廣池千九郎が問うたもの」「万世一系の現代的意義」であった。このように、戦後の教育を批判し戦前の天皇制をも賛美する団体の取り組みを、市教委が後援するのは間違っている。「市の後援名義使用承認要綱」の「特定の主義主張の浸透を図ることを目的とするもの(は承認できない)」に当てはまるのではないか。また道徳教科書採択の時期に、教科書執筆者が所属する団体や研究会を後援するのは、教科書採択の中立性の保持という面からも問題である。Ⅿ市のモラロジ研の作文コンクールの題名は、大きな問題にはならないが、大阪市内の作文コンクールの題名は「家族のきずな」であり、家族関係に悩む子や施設から通う子への配慮が全くないものである。こういうものを押し付けることは子どもの人権侵害であり、教委がそれを後援し進めることは、たいへん大きな問題である。Ⅿ市としても真剣に受けとめてもらいたい。今後こういう作文コンクールの後援はやめるよう検討してほしい。
③市教委側は「大阪市内の作文の題名」については、「やはり配慮がないと感じる。Ⅿ市では子どもの生活を重視し取り組んできた。」と言われましたが、明確には作文コンクールを問題視されず「外部からの取り組み要請があまりにたくさんあって、教職員の多忙化への対策として、こういうコンクールについての縮小?も考えていくかもしれない」という返事でした。
■H市教委へ
元教職員数名で行きました。市教委側は 2人が応対。「モラロジのことを今回初めて知った。7月のモラロジ教育研究会のことも知らなかった」と無責任な返答。モラロジの問題を指摘説明し「来年度は後援をやめるよう検討を」と要請しました。「教育委員会傍聴の問題点=1週間前に傍聴申込書を提出しなければ傍聴できない方式⇒こんな傍聴条件は他市にはない」についても改善を要望しました。
■F市教委へ・教育長と懇談 市民と元教職員数名で。教育長と他5人が同席。まず教委からの説明「3年前までどうだったかわからないが、2年前近くのモラロジ―研の代表が『モラロジーの教育研究会』後援とその会での私のあいさつの要請にきた。文科省や府教委も後援しているし、モラロジーは公益財団法人であるし、また道徳教育の内容づくりは教育上大事だと思っていたので、後援することにした。昨年7月の『教育研究会』では自分が推薦し元校長だった人の講演もあった」と。このあと、こちらから資料で、モラロジの問題をじっくりと指摘説明しました。そして「モラロジ研理事長の主張の一つは、戦後教育の否定である。あなた達自身=戦後の教育委員会自体を否定するような主張の団体の取り組みを、後援協力するのは、大きな問題ではないのか?」 「このお知らせチラシを見たら、教育長があいさつし、市教委の人が講演者にも加わりで、市教委自身が主催しているような研究会にさえ見える。今後、こういう研究会の後援をやめてほしい。」と要請しました。それに対して「団体組織そのものを後援しているのではなく、団体の取り組みを後援しているので、この取り組みだけなら、後援はやめられない」ようなことを言われました。