柚木沙弥郎『輪廻』(部分)
以前にも何度か取り上げたことがあるが、京都府と大阪府の境界近く、天王山の中腹に大山崎山荘美術館がある。大正から昭和初期にかけて建てられた実業家の別荘を改装し、安藤忠雄による新館も建て増して、焼物やモネの絵画などを常設展示している。
オープンしてから12年が経ち、さまざまなメディアでも紹介されて、休日には小さな建物が人であふれるほどになっている。ゴールデンウィーク中は特に、小さな送迎バスが満員になるほどの盛況であった(いつもは歩いて山をのぼるが、病み上がりなのでバスを使ったのだ)。ぼく個人としては、館内はもう少し閑散としているほうがありがたいけれど・・・。
いつも感心するのが、この美術館がコレクションの収蔵展示だけにとどまらず、さまざまな美術分野から特徴ある作家を発掘し、多彩なコラボレーションを繰り広げていることだ。去年の夏ごろの展覧会では、若い女性の口のなかから百合の花が生えてくるというショッキングなビデオを放映していた。実際に百合の花を食べるところを撮影して、それを逆回転で再生したのだそうだ。アーティストというのはこれほど体を張らなければならないものなのか、と思ったことを覚えている。
今回は、柚木沙弥郎(ゆのき・さみろう)という染色家との競演だという。だが工芸にまだまだ疎いぼくは、この人の名前をまったく知らなかった。新進気鋭の若い作家かと思っていたら、何と今年で86歳を迎える大ベテランだそうだ。彼の作品が、山荘の内部のあちこちに展示されるようである。見慣れた美術館がどんなふうに変貌するのか、楽しみにしつつ出かけた。
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〔大山崎山荘美術館ウェブサイトより〕
小さな入口から中へ入ると、山小屋風のフロアの梁の上から、すでに柚木の大きな作品が垂れ下がっていた。眼も覚めるような鮮やかな赤色で、現代的な模様が大胆に染められている。今までさまざまな作家たちとのコラボを観てきたが、これほど美術館の雰囲気を一変させてしまった人はいなかったかもしれない。
柚木沙弥郎の染物は、型染という技法によるのだそうだ。冒頭に掲げた『輪廻』という作品では、同じ型紙を向きを変えながら何度も使い、まるでエッシャーの版画のような、緊密に組み合わされた文様を作り出している。布地がつづくかぎり永遠に、無限に反復することのできる柄である。
かと思うと、いったいどういう型を使ったのだろうと思わせるような、複雑で大ぶりな文様があったりする。その一方で、風呂屋の暖簾にでも使えそうな単純明快な富士山や、ずらりと並ぶ半円形を指先の爪に見立てた文様などもある。現代美術と呼びたくなるような、ちょっと菅井汲(くみ)の絵を思わせる幾何学文様の作品もある。
細かな描写から大きな色面まで、さまざまな発想と技法を駆使し、尽きることを知らないようだ。「日展」などでしか染色の作品を観たことのないぼくは、その自在さに驚かされた。
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〔「芸術新潮」5月号より〕
「人を嬉しくさせるものを作りたい」と、柚木沙弥郎はインタビューのなかで語っている。
彼の染物は、工芸という小さな世界だけにとどまっていない。瀟洒な山荘の風情を、まるで何かの記念日みたいに華やかに装飾してみせた柚木の仕事。考えてみれば、染色にとどまらず工芸というものは、日常生活を嬉しく送るために発展してきたはずである。
彼の作品は一見すると大胆に思えるが、工芸美術の原点をしっかり踏まえていたのであった。
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〔大山崎山荘美術館・本館〕
〔安藤忠雄設計による新館。展示室は地下にある〕
〔変化に富んだ庭園もおもしろい〕
(了)
DATA:
「大山崎山荘、柚木沙弥郎 染の仕事」
2008年2月20日~5月11日
アサヒビール大山崎山荘美術館
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