てつりう美術随想録

美術に寄せる思いを随想で綴ります。「てつりう」は「テツ流」、ぼく自身の感受性に忠実に。

3世代の美術展 ― ポロック、セザンヌ、そしてダ・ヴィンチ ― (32)

2012年06月20日 | 美術随想
微笑の彼方へ その2


レオナルド・ダ・ヴィンチ『ほつれ髪の女』(1506-08年頃、パルマ国立美術館蔵)

 フェルメールが残した絵はわずかしかない、といわれながらも、その貴重な作品が入れ替わり立ち替わり毎年のように日本にやって来て展示されるという、信じられないような現象がつづいている。まるで流行作家が、ちょっとでも仕事の間隔があくと人気が凋落してしまうのではないかと警戒して、続々と本を書き飛ばすようなものだ。まあ、ブームというのはそういうものかもしれないが・・・。

 けれども、ダ・ヴィンチが完成させた油彩画はもっと少なく、10点あまりしかないとされる。『モナ・リザ』は未完成ともいわれているから、正確にいうとそのなかには含まれない。『最後の晩餐』という壁画は完成したものの、あまりにも損傷が激しく、大量の絵の具が剥落してしまっている。数年前に修復作業の終了が伝えられたが、描かれた当初の状態を再現するには至っていない。

 そのかわり、ダ・ヴィンチは無数のデッサンを残した。作品として描かれたものもあれば、単なるメモのようなものもあるだろう。そのなかから、『ほつれ髪の女』という小品が目玉に据えられたのが今回の展覧会である。

 (そういえば、フェルメールにはデッサンに属する作品がまったく知られていないが、これは不思議だとしかいいようがない。いったいなぜだろう。)

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〔『ほつれ髪の女』が表紙に使われた曽野綾子著『椅子の中』(扶桑社文庫)

 数年前、「ミラノ展」という展覧会に、やはりダ・ヴィンチのデッサンが来ていた。その絵の画像は「ベルギー絵画いまむかし(3)」という記事に載せてあるし、同じ画家の『聖アンナと聖母子』との類似にも少し触れているから、そちらを参照してもらいたい。

 『ほつれ髪の女』も、基本的にはそれと同じ系統の顔である。ただ、傷みが少ないのと、顔の上に施されたハイライトの豊かさ、そして何といっても女性の慈愛にみちた表情が際立っていて、ごく小さい無彩色の作品ながら、圧倒的な感銘を受けた。

 そこにはひとつの人格というよりも、神性のようなものがにじみ出しているように感じた。ぼくは何度も、その絵の前に戻っては眺め直さずにいられなかった。極端にいえば、この絵を観ることができただけでも、わざわざバスで東京まで来た甲斐があると感じた。

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 ところで、この話は少々ゴシップめくが、ダ・ヴィンチには女性と浮き名を流したことが生涯に一度もなかったという。けれども、こういう優しく美しい女性像が多く残されているのはなぜかというと、若かったころの実母のイメージが重ねられているのではないか、という説があるようだ。レオナルド・ダ・ヴィンチは村の地主で公証人でもあった名士と、位の低い女とのあいだに生まれた私生児とされ、生みの母と一緒に暮らす機会はなかった。

 そうだとすれば、男の想念の常として、身の回りにいる現実の女性よりも思い出のなかで生きつづける女性のほうが美しく、永遠に老いることなく、限りない品位を保ったまま記憶されているはずである。展覧会のタイトルにもなっている「美の理想」は、まさしくここにあったといわねばならない。

 一方で実在のモデルを前に制作されたといわれる『モナ・リザ』は、この『ほつれ髪の女』に比べれば、現実味のふんぷんたる下卑た女のはずだ。だが、そうは感じられない。

 ダ・ヴィンチは『モナ・リザ』をモデルに手渡すことなく、生涯にわたって手を入れつづけたという。これはまさに、美化された母親の記憶に代わる新しい「美の理想」を手に入れんとする行為ではなかったか、とぼくには思えるのである。

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