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寺さんの【伝えたい話・残したい話】

新聞記事、出来事などから伝えたい話、残したい話を綴っていきます。
(過去掲載分は「付録」の「話・話」を開いて下さい)

(第3623話) 遺影

2024年02月02日 | 出来事

 “小さい頃からの遺影のイメージといえば、薄暗い仏間に飾ってある白黒のちょっと怖い感じのする写真だった。昨年6月に義姉が67歳で亡くなった。家族や兄弟思いで、明るくエネルギッシュな義姉は、闘病中も弱音を吐くことなく、最期は自宅で家族に見守られながら永遠の眠りについた。
 そんな義姉の死が思いのほかショックで、夕暮れ時や夜寝る前になると、義姉を思い出しては寂しく落ち着かない日々を過ごしていた。ふと葬儀の時の義姉の写真が素敵な笑顔だったのを思い出し、姪に送ってもらって部屋に飾った。それからは遺影に話しかけたり、ぼんやりと眺めたりして心が落ち着いた。
 遺影の大切さをしみじみと感じた私は、自分たちの遺影のことを考えるようになった。私たち夫婦も60歳を過ぎ、今は2人にI人が癌になる時代、遺影など遠い先のことと油断してはいられない。元気な時の顔の写真の方がよいではないか。私は、いつも写真を撮ってもらう時に笑顔を心がけているので、きっと娘がとっておきの一枚を選んでくれるだろう。問題は主人だ。歳とともに頑固になりつつある最近の写真は、どれも渋い顔である。これは何とかせねぱと、写真を撮るたびに「はい、笑ってー、にっこりねー」と声をかけるこの頃である。”(1月6日付け中日新聞)

 名古屋市の主婦・水野さん(63)の投稿文です。ボクは遺影について妻といつも話題にしながら動いていない。水野さんは、義姉の遺影から、その重要さに気づかれた。義姉の遺影の素敵な笑顔に、その写真を送ってもらって家に飾られた。こんなこともあるのです。遺族にはそれだけ重要なことなのです。子どもたちも考えていてくれるかも知らない。でも、まずは自分で気に入った写真を残しておくべきであろう。
 ボクの家の座敷には父母の遺影が飾られている。亡くなって何十年と飾ってある。遺影とはそういうものなのです。座敷に入る度にその写真が目に入る。そう考えると本当に重要なものです。子供ら遺族に良い顔を残す、考えるほどに大切になってきます。


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