吐露と旅する

きっと明日はいい天気♪

ご試食

2012-02-01 22:55:10 | インポート
私が働いているお店は、食べ物を販売するお店です。
私たちは、数種類の商品をひとくちサイズにしたものを器に入れて
「ご試食」として常時店頭に置くようにしています。
お客様に、商品の味や食感などを確かめて頂くためのものです。
商品の脇に長々と説明文を添えたり
店員がごちゃごちゃと話し掛けるよりも
ずっと分かりやすくて効率が良いし
店員に話し掛けられるのが苦手なお客様でも
「ご試食」があれば、ゆっくりと商品を選ぶことが出来ます。
「ご試食」は、「お試し頂く」ためのものなので
食べたからと言って、購入する義務はありません。
「あのお店のあの商品、美味しかったな」
そう思って頂くことが、「ご試食」の、もうひとつの理由でもあります。
通り掛ったときに、もう一度食べたいと思ってもらったり
お土産を買うときなどに、ふと思い出してもらったり
なにかのきっかけで、もう一度ご来店してもらいたい
(本音を言えば、その時こそ買って頂きたい)
お客様にとっては、たかが「ご試食」ですが
お店側にとっては、されど「ご試食」なのです。
と、言うのは、上からのお達しです。

さて、「ご試食」をつまむお客様も、色々です。
「あら、美味しいわね、これ」
なんて言って、買ってくださるお客様は、ごく稀。
全く買う気がないけれども、試食のみが目的で来店する常連さんもいれば
おやつ代わりに、子供の口に放り込んで立ち去る母親もいます。
ですが、そういうお客様は、まだ良い方です。
お店の利益に繋がらないだけで、害がないからです。

「試食おやじ」

数年前から、私たちに、そう呼ばれている男性がいます。
その男性は、平日の昼間に現れることが多く
夏でも冬でも、くすんだグリーンのジャンパーにジーンズ。
年齢は、私よりは確実に年上と思われるので、50歳前後でしょうか。
大抵、開店数時間後に店の周りをうろつき出し
「ご試食」が出ると、店員の様子を窺うように、こそこそと近付き
「ご試食」を、鷲づかみにして口に放り込みます。
そして、膨らんだ頬と口をもぐもぐと動かしながら何処かへ立ち去り
ものの1時間もしないうちに再び現れると
また「ご試食」を鷲づかみにして、口に放り込みます。
ただ、「食べるだけ」というのなら、ただの「困った人」で済むのですが
なにせ、まず見てくれが不潔っぽいのです。
その、不潔っぽい人がお店の周りをうろうろするだけで
他のお客様が、入って来れない場合があるのです。
しかも、「ご試食」の鷲づかみ。
商品を選ぼうとしていたお客様が、びくっとするほどの行儀の悪さです。
中には、露骨に不愉快そうな表情を浮かべる方もいるほどです。
他のテナントの店員さんからは
「お宅の試食を、鷲づかみにして、壁に隠れて食べていたよ」
そんな報告を、何度も受けています。

例えば、素手でじかに商品に触れたとか
意図的に商品を落としたり傷つけたりして駄目にしたとか
そういうことなら、明らかに営業妨害ですが
手にしているのは、「ご試食」のみ。
私たちも、「ご試食」を置いている立場上、注意をするわけにもいかず
その男性が現れたら、さりげなく「ご試食」を下げるとか
出来るだけ「わざと」商品を勧めてみるとかして
なるべく、男性をお店に近付けないように工夫していたのですが
そんなことくらいで、どうにかなるような相手ではありません。

先日も、お店が忙しく、2人の販売員でてんてこ舞いをしているときに
例の男性が現れて、「ご試食」を食べ漁っていたそうです。
男性が現れたことに気付いていながらも、どうすることも出来ない販売員たち。
店内のあちこちに置かれた「ご試食」の器は、どんどん空になり
販売員たちは、なすすべもなく…。
その様子に気付いた厨房のスタッフの女性が店に出て
商品を気にするふりをしながら、何気なく男性の様子を見ていたそうです。
すると、その男性は、いきなりその女性に向かって
ものすごい勢いで、歩み寄ってきたそうです。
まずい!と思った女性は、急いで厨房内に入ったのですが
なんと、男性は厨房内まで入ってきて、こう凄んだそうです。
「おい!さっきから何をジロジロみていやがる!」
女性スタッフは、冷静にこう答えました。
「転倒の商品の売れ具合を見ていただけですけど」
「嘘を言うな!俺のことをジロジロ見ていただろう!」
その後、男性の口から驚愕のひと言が。

「俺はな!いっぱい食べなきゃ味が分からないんだ!」

 あ、いっぱい食べたこと認めちゃった…

厨房の中には、男性も含めて、数名のスタッフがいたせいか
女性も、少し強気になったらしい。
「ですが、お客様は、いつも沢山お召し上がりになっていますよね」

そう言われて、男性もさすがに気まずくなったのか
徐々に尻すぼみ状態になっていったらしく
最終的には、女性スタッフが
「不愉快な思いをさせて、申し訳ありませんでした」
と、「先に」謝ったところ、男性も落ち着いたのか
「俺もかっとなって怒鳴って、申し訳なかった」
と、謝り、店を出て行ったそうです。

衛生上の理由で、一般の人が入ってはいけない場所に強引に立ち入り
しかも、大声を出して、一般のお客様を不愉快にさせてしまった。
これで、営業妨害が成り立ってしまいました。
男性は、警備のスタッフにしっかり顔を覚えられ
これから先、もっとジロジロ見られることになってしまいました。

ただの「試食おやじ」が、「要注意人物」になってしまったのです。
とほほ~。