日記というか雑記というか…… 人様にお見せすることを前提とはしておりません。
ねぶた
であるが、
桜新町用に
小さな「ねぶた」を作ったのか、
それとも
青森の「ねぶた」も
実はこれくらいの大きさなのか、
わからないのであるが、
そのうしろを
ハネトたちが踊りながら通り、
さらに
サザエさんねぶた
が
登場するのであるが、
それらには興味がないので
予約でいっぱい
と言われたので、
とんかつ
美味しかったのに、
「食べログ」の評価は低いのね。
一旦帰宅して
休憩して
夜になってから
外出したのであるが、
この日は
近所に住みながら
まだ一度も見たことがなかったし、
「ねぶた」そのものに
興味があったので、
諸般の事情と見に行ったのであるが、
準備中の「ハネト」たちであるが、
サザエさんねぶた
であるが、
これは
わたくしが見たい「ねぶた」とは
違うのであるが、
わたくしが見たい「ねぶた」は
↓
これであるが、
まだ
スタート前なので
灯りがついてなかったのであるが、
そんな「ねぶた」の前では
区議会議員やら関係者やらが
次々あいさつをしていて、
サザエさんや波平さんも
登壇していたのであるが、
ようやく
「ねぶた」が点灯したものの、
サザエと波平がジャマなのであるが、
そうこうしているうちに
波平さんと
サザエさんが
すぐ横を通って行ったのであるが、
19時になって
ようやく「ねぶた」がスタートした。
あっという間に
舗装道路に出てからは
直射日光との戦いであるが、
写真では伝わりにくいが
けっこうな下り坂であるが、
屋根の上に
巨大な鳥であるが、
途中から
川沿いの道を
強制的に歩かされるのであるが、
これが
ただ単に川沿いというだけで
ハイカー向けに整備したわけではないので、
写真すら撮らなかったのであるが、
横須賀市のマンホールであるが、
スタートから3時間12分後に
津久井浜駅に到着であるが、
京急で横浜に移動し、
買い物して帰宅したのであるが、
横浜駅で撮影したのであるが、
ハングルかと思ったら
カタカナだった。
砲台山の
砲台跡であるが、
砲台跡の底から
謎の電波塔であるが、
そこの金網に
小さく
「砲台山」と
書かれていたのであるが、
往路では気が付かなかったが
山頂手前に
謎の石柱があったのであるが、
武山の入り口の手前にも
電波塔があったのであるが、
武山山頂には
すぐ近くに
武山不動院があって、
「御朱印」という文字も見かけたが、
参拝せずに下山開始。
諸般の事情は
「2度と来ない」と
言っていた。
諸般の事情と
ハイキングに出かけたのであるが、
京急長沢駅から
スタートしたのであるが、
情報源は
↓
だけで、
まともな登山地図もない事が
後々悲劇をもたらすのであるが、
登山道の入り口であるが、
ずっとこんな感じの道で
眺望はほとんどないのであるが、
いきなり道がわからなくて、
立ち寄らなくていい
平和の母子像に
立ち寄ったのであるが、
二股に分かれた道であるが、
どちらが正式ルートかわからず、
右の道を少々進んだところ
緩やかに降っていて
登り返しが見えなかったので、
左の道を進んだところ、
道がだんだん細くなり、
藪漕ぎを経て
巨大な蜘蛛の巣に絡まったところで
ギブアップして、
分岐に戻って
右の道を再度進んだところ、
かなり降ってから
登り返したので、
ようやく
正規ルートであることを
確信したわけであるが、
この出来事は
我々の間では
「54歳 真夏の大冒険」
として
後世まで語り継がれることに
なったのであるが、
ロープが用意された
急斜面を登ると、
はじめて
案内板に遭遇したのであるが、
三浦富士の山頂であるが、
三浦半島の先の方が
よく見えたのであるが、
砲台山へのルートは
途中から
このように幅広くて緩やかな道と
合流するのであるが、
砲台山は
昭和初期に造られた高角砲の砲台が
あったそうで、
その砲台の建設や
砲弾の運搬のために
このような道が造られたものと
推測するのであるが、
その途中の見晴台で
昼食を食べた。
血圧 121/82
体温 36.5
体脂肪率 16.9
内臓脂肪 7.5
第三次希望質量まであと 1.9kg
昨日の運動 やってない
横浜マラソンに向けて
そろそろハーフマラソンを走りたいが、
府中多摩川風の道
の10キロで
暑さの中
ヘロヘロになったので、
残暑の厳しい今は
出来れば夜に走りたい、
という事で、
の
ハーフマラソンに申し込んだものの、
15周は飽きるのであるが、
閑話休題、
昨日の夕方
諸般の事情と散歩したのであるが、
「れいわ」
に
マジックで
「へいせい」
と
書かれていた。
「自02」系統の深夜バスは
利用しますので
もっと本数を増やしてください。