
(コンビ終焉の地@余目駅)
あ、そう言えば正月2日の第25回を以って蛭子バスこと「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」が終了してしまいましたね。正確に言うと番組自体は続くそうなのだが、シリーズ開始以来コンビを組んでいた蛭子&太川のあのコンビが番組を卒業したと。今回は会津若松から羽後本荘(由利本荘市)というもうルート組みからして苦しいなあという感じありあり(笑)。前回の放送時に「もう(バス旅を)やるルートがないんです」と太川さんが言ってたけど、さもありなんだ。今回はそもそものスタート地点である会津若松を抜け出すのに思いっ切り手間取り、初日の宿泊地が郡山、二日目が白石(宮城県)という超スローペースだったんでさすがに無理だと思ったね。仙台~新庄の長距離急行路線バスを見付けて逆襲はしたものの、だいぶ先を残して山形県は余目駅前で無念のリタイア。会津若松っちゃ第16回(館山~会津若松)でも出て来たけど、この時も郡山から会津若松を残して失敗だったんでこの企画においては鬼門としか言えない場所でもあります。ってかそもそもこの収録最終日が土曜日だったみたいなんだが、ただでさえ本数少ない田舎のバスでロケやんのにスケジュールに土日絡ませちゃダメだろプロデューサーさんよ。
それにしてもコンビ10年ですか。最近蛭子さんが露骨に衰えて徒歩中とか歩き終わった後の表情とか死相が出てたんで、ルートがないのもあるけど蛭子さんが限界と言う感じなんだろうなあ(笑)。ルートがなくなるとなれば余計に無理ゲーっぽいルート(徒歩前提)も増えていくのだろうし、個人的に蛭子さんが70になるまでだと思っていたのでいい潮時かなと。また回を重ねるごとに本来ならエリアを管轄する基幹バス会社が運行すべき路線がコミュバス化していたり、そもそも路線が廃止になっていたりと地方のバスのネットワーク自体もあまり機能しなくなっている現実が回を追うごとに酷くなってるよね。「半分以上の路線が存続出来ない」なんて言いだしたJR北海道レベルの話が、地方のバス路線ではとっくに起こっている。太川蛭子コンビが歩いた10年で、確実に地方は老いて衰え痩せ細ったよなあ。今回の放送でも、陸羽西線の清川の駅前で駅前のお店にバスの情報を聞きに行くシーンがあったんだけど、「ここあたりの人は基本クルマでバスの事とか知らないんですよねえ」と言う回答があった。駅前から出てるバスの話を、駅前に住んで商売やってる地元の人が知らんのよ。交通機関としての役割の終わった路線バス、本数が少なく利用者のいないバスは、地元の人にすら関心を持たれていないという現実。ここ重要だと思ったねえ。
まあ疲弊する地方と公共交通の現実を嘯いても、そんな現実どこ吹く風と窓口のババアを問い詰めて繋がったバスに喜び、片田舎のしょぼくれた喫茶店でコーヒーを飲み、県境を歩いて超えて宿でビールを痛飲し快哉を叫んでいたルイルイとマドンナに毒づきまくる蛭子のコンビにもう会えないのは寂しいもの。本当にお疲れさまでしたと言うしかない。企画自体は極めて優良なコンテンツだと思うので、新しいコンビでもこの番組自体は楽しみにしていこうという気持ちに変わりはないんだけどね。