
(桜舞い散る季節に@天竜浜名湖鉄道・桜木駅)
東京は開花宣言が出てから夏日を迎えるなど異常な高温が続き、一気に開花かと思ったらみぞれが降るほどの寒さの強烈な寒の戻りがあったりと、特に関東は体調を崩してもおかしくないほどの激しい寒暖差。これによって、折角進んだ桜の開花は完全に足踏みを喰らったどころか、冷たい長雨に打たれて既に花弁が落ちてしまったものも多い。いずれにしろ、強烈な寒の戻りと大雨で文字通り水を差され、イマイチな雰囲気もある2025年の桜前線。この週末を逃せば恐らくおしまいになってしまいそう。ということで、土曜日にお暇を貰って真夜中に家を出ました。最初は名古屋方面に行こうと思い西へクルマを向けたのだが、国道1号を走りながら静岡付近で夜明けを迎える。明るくなってみると、あちこちの桜が満開に咲き誇ってどこでも「見頃」。何となく急に気が変わって、右にウインカーを出した。天竜浜名湖鉄道・桜木駅。桜の季節に相応しい名前の駅を訪れてみると、昇ったばかりの朝陽に照らされて、桜が満開に輝いていました。

天竜浜名湖鉄道。「てんはません」の愛称で親しまれる、国鉄二俣線転換の三セク路線。掛川から浜名湖の北岸を通り、「森の石松」の森町、天竜市、三ケ日を経由して東海道線の新所原までの67.7km。走っているのはいわゆるNDCと言われる新潟トランシス製の新型気動車だけども、沿線の駅や風景には開業当時からの風格と歴史を感じさせるものが随所に残っていて、何度か訪れたことがあるお気に入りの路線のひとつ。特にこの桜木駅は、国登録の有形文化財に指定された開業当時からの木造駅舎がそのまま残り、そして四季折々の色々な花で飾られている。地元の人に大事にされているのだなあ、という雰囲気が黙っていても伝わってくるのだ。

天浜線の交換駅は、ローカル線の割にはどこも駅構内の有効長が長い。今は基本的に単行のNDCが行き交うだけですが、かつての国鉄二俣線は、軍事色色濃くなる昭和15年、東海道本線の浜名湖橋梁が狙われた場合の迂回路線として建設された過去を物語っていて、いざという時にはある程度の物流を担わせるだけの規模を考慮して作られていました。駅舎側に付いたホームの真ん中に構内踏切が入っていて、上下列車の停車位置は頭合わせ。ひと昔前の通票閉そくを実施していた国鉄ローカル線によくある配線パターンで、この通路を駅員さんが行き来してお互いの列車の通票を受け渡し、信号を開通させていたのだろうなと思われます。


始発列車が到着する前の朝の静かなひと時、好きな駅でまったりと過ごすいい時間だ。待合室のベンチに座り、色々と置かれた調度品や掲示物を見ていたら、いつの間にか構内踏切を渡って園芸用のカマを持った一人の女性がやって来た。「あらあら早い時間からご苦労様ねえ、明日から天気が悪くなるみたいだから、桜も散っちゃうねえ・・・」などと勝手に話しかけて来る元気なおばちゃん、というよりはまあ、おばあちゃんなのだが、聞けばこの駅をボランティアで管理する地元の会の会長さんなのだとか。始発前に駅に来て、駅の掃除や花壇の手入れをしているらしい。三セクの鉄路を守るために、「おらが街の鉄道」を守るために、こういう地元の人たちの地道な活動がある。頭の下がる事である。

「昨日あたりから、写真を撮るのにこの駅に来る人も多くなってきたねェ。このホームから見る桜が凄いって言ってくれるの」と嬉しそうなおばちゃん。満開の桜の中、掛川行きの始発列車がやって来た。地元掛川市で自動車の排気ガスを浄化する触媒を作る日本のトップメーカー、キャタラー社のラッピング列車「キャタライナー号」です。静岡県内の中でも浜松経済圏は工業集積が進んでいる印象が強いですね。温暖な気候と平地に恵まれた浜松周辺は、もともとヤマハやスズキ、河合楽器などを中心とした太平洋ベルト有数の工業都市ですが、東名に加えて新東名が開通し、さらにその傾向が強まってきた感じもあります。東西に広がる物流の動脈が強化されたこともあって、新東名のICの近くには新しい工場も次々と建設されており、天竜浜名湖鉄道は三セクの中では比較的過疎化や人口流出のような傷みが少ない豊かな土壌にあると言えるのでは。実際、補助金込みではありますが、天浜線は6期連続で黒字計上をしている優良三セクでもあります。

キャタライナー号の運転士さんと語らうおばちゃん。この駅のボランティアの代表として、職員さんとも懇意にしているようだ。列車を待つ間に色々と話をしていただいたが、この駅を守ることとか、地域をよくすることとか、大きな理想はあるのだろうけど、ひいては世話好きが高じて・・・といういい意味でのお節介さが感じられるおばちゃんのお話。手に持つポーチには、天浜線沿線を訪れる人向けに渡す車両のカードが入っていた。「掛川から乗ろうとするとクルマ止めるのにお金かかっちゃうでしょ、だもんで、ここ(桜木駅)にクルマ止めて乗ってく観光の人も多いのよ」「エバンゲリオン、あれが人気あるでしょう。ちょっと(グッズ)置いとくとみんな持ってかれちゃうの」と語るおばちゃん。「だもんで」が日常会話にフツーに入ってくるあたりが静岡の人っぽいよな。

朝陽の中を掛川に向けて去って行くキャタライナー号。おばちゃんと二人で列車を見送ると、おばちゃんはホーム脇の花壇の手入れを始めた。手に持ったカマでシバザクラの隙間に生えた雑草を引っこ抜いている。「ここのほかにも、駅の周りに一生懸命シバザクラ植えてるとこあっけど、去年の暑さでダメになっちゃったのもあるんよ」なんて聞くと、気象条件の過酷さは農業に限らず園芸にも影響を与えているのだなあと。おばちゃんの作業を眺めながらまったりしていると、ふいにポケットから取り出したデジカメで「アタシの写真も撮ってよ」なんてせがまれて、作業中の風景を一枚。
「そういえばさあ、さっきの運転士さん、ユミゲタさんって言うんだけども」
「はあ」
「アタシ、交換待ちかと思って、話し込んじゃったのよ!あっち(天竜二俣方面)行くのが来ないと思ってたら、朝一番は交換ないの忘れてたわ!アッハッハ!」だって。
桜の駅守、今日も明るく咲き誇り。