青空、ひとりきり

鉄路と旅と温泉と。日々の情景の中を走る地方私鉄を追い掛けています。

I'm in the mirror

2010年07月30日 23時54分48秒 | 日常
私には子供の頃から変な癖がありまして、ふと「自分ってなんで自分なのだろう」と吸い込まれるように考えてしまう時がある。よく洗面所とかで顔を洗った後、自分の顔をまじまじと見ていたりすると起こるのだが、皆さんにもそんな事ってないだろうか。ない?

なぜなんでしょうかね。なぜ自分は自分なのか。メシ食う自分、タバコを吸っている自分、車運転してる自分、屁をこいて寝っ転がっている自分。自分は自分として自分の体を司り、頭で考え意志のままに自分の体を操縦して、今と言う世の中をたぶん生きている。ただ、なぜ自分は自分として生まれて来たのか、という事を根源から考えると、別に自分が自分として生まれて来る必然性ってどこにあったんだろう?別に太宰でもないので「生まれてすいません」とまでは思わないけど、たぶん宇宙の銀河系の中の地球の中の、日本の関東地方の片隅に生まれる確率と言うのは相当に低い。それこそ天文学的数字分の1の確率であろうと思われるが…

そう思うと、実はこの目の前に広がっている今と言う時間が、実は自分が見ている妄想でしかないのではなかろうか、と。世の中と言うのはそんな私の単なる妄想の中で絡み合い、混じり合い、目の前(と言うか自分の精神だな)に広がっているに過ぎず、目の前に見えている有機物も無機物も単なる妄想の中の記号でしかないのではないか。そもそも自分なんてものは存在しなくて、目の前のものはどこかの神様が、水のような入れ物の中で見せている映画みたいなものなのではないか、じゃあそれを見ているのは誰なんだろう…とそんな事をツラツラツラツラ自分の間抜けヅラを写す鏡を見ながら考えていると、ふと自分が自分と言う入れ物から抜け出ると言うか、魂と肉体が分離するような…そんな不思議な幽体離脱体験をする事が出来るのだ。子供の頃はこの永遠に決着のつかない妄想の輪廻みたいなものが怖くてしょうがなかったのだが、大人になるにつれその幽体離脱的なフワフワした浮遊感が心地良くなったりして、たまに意識的に鏡の前で自分の目をじーっと見てそんな危険な自己催眠?にかかってみたりするのである。つか、さっき歯磨きながらやって来たんだけどねw

俺、疲れてるんだろうか(笑)。
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生憎本日未熟者

2010年07月27日 23時22分22秒 | 日常
今日も今日とて部下から悩みの相談が来た。もう面倒臭いのでここにその内容を書き記す事は差し控える。実際悩みってほどのもんでもないような事ですしねえ。つか、「悩みを他人に相談する」って行為は、思うにもう悩んでるサイドとしては答えが出ているものなんじゃないかと思うのだが。ほいでもって、悩んでいる人はその事をなんとなしに人に肯定して貰ってはずみを付けたいとか、裏付けを取りたいとか、そういう気持ちで他人に相談をするのではないかと思うのですね。なけなしのアドバイスを送ったら速攻で「でも」とか「だって」とか言うんだったら他人に相談なんかするんじゃねーっての!ジャンジャン。一応相談にきちんと乗っちゃう自分も自分なんだけどさ。
まあ最近は上司も部下に評価される時代だったりしますから、こっそり人事あてのメモに「あの人は部下の育成能力に欠ける」とか書かれても困るは困るwただ、自分だってそんな人さまにアドバイスを送れるほど大した経験をしてる訳でもございませんのでね。もう最近は面倒臭くなって全ての質問を「ソープに行け!」で済まそうかと思っているのだが(笑)、それってどんな北方謙三。あ、本人の名誉のために申し添えておきますが、人生相談の答えが「ソープに行け!」だった事はたったの2回しかなかったそうです謙三さん。なんか「北方謙三 ソープ」でググったらそう書いてありました。つかググるなよ俺!って感じもしますが(笑)。

不肖私めも貴方達と同じような時代には似たような悩みを持ってたようには思いますね。基本的には「何かあったら辞めりゃいいんだろ!」くらいの開き直りで過ごしていたような気がします。それでここまで何とかなっているのだから運がいいのか恵まれているのか。批判を承知で言わせて頂ければ、「相談なんかしねえで痛い目に遭う」事も一つの勉強かな、と。そんくらい肝を冷やして、「あ~これもう完全にオワタ\(^o^)/」と言う状態になってこそ初めて身に染みて覚えると言うのも、仕事なり人生なりどちらにも当てはまる真理だと思うのだがいかに。ただ、最近は世の中が失敗して覚える事を許さない環境になっているような気はするな。失敗の前で逡巡する若人→何だか知んないがあそこでボーっとしてる(一応)上司に相談しとくか→失敗しても「○○さんがそーしろってゆいました!」くらい言っておけば俺のせいじゃないし!って事で、私にお悩み相談が頻発するのかもしれない(笑)。

ま、色々グダグダと言いましたが、言葉が過ぎたとしたらお許しいただきたいもの。
そう言えば、人生で一番くだらない相談事と言えば、大学時代某鉄道会社でバイトしてた時に、改札口にツカツカ歩み寄って来たババアにいきなり「入れ歯が合わないんだけど!」って言われた事があったなw見ず知らずの私にいきなりとんでもなく斜め上からの質問を投げかけるババアの心中は察すれど察すれどよく分からないが…なんか嫁姑で揉めちゃってイライラしてたんだかねえ。若くてかわいい子ならいざ知らず、どこの誰だか分からないババアの入れ歯の事なんかなんで心配しなくちゃいけないのッ!他人の入れ歯が気になる人間なんて、カバ夫の父ちゃんの入れ歯が見つかったかどうかが気になってしょうがないサブくらいなもんだぜ!
まあマジレスすると「そこの薬局でポリグリップでも買って来いこのクソババア!」と言う回答がベストアンサーとして「Yahoo!知恵袋」辺りに掲載されるんだと思いますが、正直この時の私はリアクションが取れませんでした(笑)。

我、未熟也。
加藤諦三あたりに弟子入りして来ようかな。
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丑の日

2010年07月26日 23時08分49秒 | 日常
と言う事で、我が家の夕食はウナギ。ちょいと奮発して国産のウナギにしてみましたが、中国産ウナギとはやはりかなりの違いがありますな。中国産は皮がゴムみてえに硬くて身と一緒には箸で切れないんだけど、さすが国産はふんわり柔らかくて身と皮が箸で一緒に切れる。同じ大きさで値段も倍近く違うだけの事はあります。スタミナ付けんとね。

しかし、世の中景気が悪いと言う事で、どの職場も人件費を減らすのに躍起になっていると思うのですが、ことウチの職場も最近はその傾向が顕著になっております。失業率の高い世の中だと、職に就けない人と、職に就いているけれどありえない激務に悩まされるかの二択になってしまうらしい。ウチは間違いなく後者なんだが、こんな状態じゃウナギでスタミナ付けるどころの騒ぎじゃなく、脳がパーになっちまうぜ!
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暑中見舞い

2010年07月24日 16時26分39秒 | 日常

(画像:森の水だより)

いや~しかしクソ暑いですな。
今朝は二日酔いと暑さで朝の9時からエアコン点けてます。
汗ダラダラに耐えきれずエアコン点けて、冷え冷えの風に真正面から当たるのは至高の喜び。
まっことエアコンは人類の産み出した叡智の極みだと思うのですよ。
ったく嫌になるくらい今週は朝から暑くて、こんな状況で電車待ってて目の前の車両が弱冷房車だったらキレますねw
弱冷房車なんて女性専用車以上に不要だと思いません?つか、女性専用車を弱冷房車にしとけばいいじゃねーかと。1編成で2両も無駄な車両並べてんじゃねえ!とブチギレですよ。基本的に女の人ってエアコンを嫌う傾向あるしさ。この時期だけ車通勤許してくれねえかなあ。会社よ。


(画像:雑魚川の大滝)

先週末は高原であるとか山中であるとか比較的涼しい場所にいたのだが、秋山郷は良かったですな~。窓を開けて寝ていたら、夜中は布団かぶらないとちょっと肌寒いくらいだったもんな。梅雨明け以降の関東平野のこの暑さは心底堪える。なんか年々暑さに耐性がなくなっている気がするのだが(笑)、とにかく汗をかく→水分を摂る→汗をかく→水分を摂る→汗を(ryの無限ループに陥ってしまうのがいけないのかもしれない。でも暑いと喉が渇くんだもんしょうがねえじゃん。熱中症には水分を~なんてお天気お姉さんがよく言ってますが、私に限ってその心配はなさげ。

と言う訳で今日は少しでも涼しくなるような写真を2枚貼り付けてみました。
私からの暑中見舞いです。
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忘れ里物語

2010年07月20日 21時56分24秒 | 日常

(朝の天池から@秋山郷上ノ原)

燃える森の緑に囲まれた池の湖面に映るは、秋山郷のシンボル・鳥甲山。

ってな訳で(我ながらこの書き出し多いなw)週末の日曜月曜と男四人で新潟と長野に跨がる日本の秘境・秋山郷に行って来たんですが、まずは参加諸氏におかれましてはお疲れさんでござんした。また幹事役の山小屋氏におかれましても、上げ膳据え膳のご対応誠に感謝を申し上げる次第であります。いや、ホントにメシ盛らせたり味噌汁よそわせたりしたもんでw(←人でなし)。


(圧倒的な大自然@秋山郷屋敷)

実は私は五年前に興味があって今回とほぼ同様のルートを通った事はあるんですが、逆に予備知識があった分今回は改めて深く楽しめたかなと。平家の時代からの落人伝説、東は苗場、西は鳥甲と圧倒的な迫力を持って立ち塞がる山々。その山の攻めぎ合う谷を深く深く刻んで流れるのが中津川、その回廊のような渓谷にしがみつくように点在する集落。冬場は多い時では二丈(6m)の雪に閉ざされる秋山郷は、最近では平成18年の豪雪で集落が孤立した事がニュースになった事をご記憶の方も多いかと思いますが、中津川の谷が狭まる見玉~清水川原間のスノーシェッドが出来るまでは、冬期は雪崩が頻発し孤立無援に立たされる事は珍しくなかったようです。戦後になってようやく国道が最奥の切明まで通ずるようになったそうなのだが、それまでは何かの用事があれば津南の町まで30kmを往復徒歩で通っていたそうだ。


(先祖代々、この土地で…@秋山郷屋敷)

泊まったお宿のパンフレットに、江戸時代の作家・鈴木牧之が記した「秋山紀行」を引用して当時の秋山郷が紹介されているのだが、結構面白くて長々と読みふけってしまった。その当時の秋山の人は、「いら」と言う葦麻をつむぎ着物を作り、藁がないためわらじも履かず、藤の蔓で梁を渡して作った粗末な掘っ建て小屋に、編んだ菅を周囲に回して壁として住んでいた。主食は粟、稗、小豆で、その他秋には栃の実、楢の実を拾い、水にさらして乾燥させて粉にしたものを食べていた。極めてタンパク質の少ない食事であるが、近年まで魚と言えば正月に磨きニシンを食べるのがせいぜいだったそうだ。病人には僅かな米の粥を与えて薬とし、重病人が出てもとりあえず山伏を呼んで来て祈祷する事くらいしかやりようがなかったらしい。イメージとしては、苦しんでる病人に志村けんを呼んで「だいじょぶだぁ~」と太鼓を叩かせるような感じか?(違)当然死者が出ても、冬などは里から坊さんすら呼べませんから、弔い事は黒い馬に乗った聖徳太子が描かれた「黒駒太子」と言う掛け軸を死者の上で振りかざし、とりあえず仏さんに現世の引導を渡したと言う。せ、せつねえ。まあ現世でも特に我々のようなしがないサラリーマンは紙切れ一枚で引導渡されちゃう事も珍しくはないのだけれども(笑)。それって要するにクビ(ry


(羽ばたけ、大鷲@秋山郷和山)

山がひしめき耕地が乏しい秋山郷は、天命、天保の大飢饉で滅亡した集落が三つもあるのだと言う。「秋山紀行」が編纂されたのは江戸の中期の頃らしいのだが、既にその時点であまりにも異なる独自文化に驚く作者の言葉が綴られている。まあ要するに僻地過ぎて文明の伝播すらなかった、と言う事なんでしょうが、そんな極めて異質な文化を育みながら時を紡いできた忘れ里である秋山郷を、件の鈴木牧之はこう記している。

「秋山の人はみな温厚篤実で、人と争わず色欲薄く、賭博を知らず、酒屋がないため酒呑みもおらず、昔から藁一本取る人もない」

♪苦しくったって~ 悲しくったって~ 秋山郷なら 平気なの、ってか。
と言うか、たぶんこの土地の人たちは、そこで起こる事をあるがままに受け止めて暮らして来たのでしょう。
自然の厳しさも、貧しさも、あるがままの毎日は、やがて普通の事となるのだろうからね。
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