青空、ひとりきり

鉄路と旅と温泉と。日々の情景の中を走る地方私鉄を追い掛けています。

奥黒部小散策

2016年08月27日 17時00分00秒 | 黒部峡谷鉄道

(鰻の寝床@欅平駅)

縦に長い欅平駅の全景。手前が出発ホームで、奥が降車ホームですが、最大が13両編成となかなか長い黒部峡谷鉄道の編成ですから、乗る場所によっては出口まで結構歩かされます。有効長の長いホームの上にかかる屋根は鉄パイプとプラスチックの波板の簡素な作りですが、たぶん冬季休業中は取り外しておけるようにあえて仮設っぽくしているんだと思われます。中途半端に常設の屋根を作っても、雪でぶっ潰されるのがオチ。


鉄筋コンクリート製の頑丈そうな欅平駅。1Fには乗り場とお土産屋、2Fには食堂と展望台があります。黒部峡谷探索のベースキャンプ的なこの駅から、登山客はさらに黒部の奥を目指して峡谷沿いの道を歩いて行きます。この欅平駅から続く「日電歩道(水平歩道)」という登山道は、黒部峡谷の断崖の中腹に付けられた僅かな幅の道で、足を踏み外せばあっという間に数百メートルの滑落を余儀なくされる超上級者向けの恐ろしい登山道。もとより黒部の奥地を開発するために、当時の日本電力株式会社(関電の旧会社)が切り開いた道ですが、まとめサイトとか見るだけで股間が縮み上がるレベル(笑)。


とてもじゃないがそんな黒部の奥地に向かって分け入る勇気もないので、帰りの電車の時間まで欅平駅の周辺を散策する程度に留めておきます(笑)。駅から階段を降りて、黒部川の河原に出てみました。河原から見上げるのは欅平のシンボル奥鐘(おくかね)橋の赤いアーチ。ネーミングが億のカネみたいで何だか縁起が良さそうだ。

 

河原には、上流の祖母谷(ばばだに)から引かれた温泉の足湯があってちょうどいいヒマつぶしになります。石鹸水のような白濁した泉質はかなり濃厚な焦げた硫黄臭を放っており、いかにもキキメのありそうな雰囲気。少し足をつけるだけでも結構ポカポカと温まってあっという間に額から汗が滲んでくる。温まったら隣には黒部の清流が待ち構えており、これはこれで真夏にも関わらず身を切るように冷たいのであった。

  

奥鐘橋からの風景。欅平駅の下にあるのが昭和14年に作られた黒部川第三発電所で、前述のとおりここに仙人谷ダムで取水した水を導水路で引き込んで発電している。奥には戦後に増設された新黒部川第三発電所も見えますね。欅平駅から奥鐘橋を渡ると山の岩壁を穿った「人喰岩」と呼ばれる桟道を通って名剣温泉・祖母谷温泉方面へ道が続いています。こちらは日電歩道ほど危険ではなく、普通に歩いて行ける道です。


小一時間の欅平散策を終え、駅の土産物屋を冷やかしたりしつつ帰りのトロッコ電車。窓付きの特別車のみの編成です。この特別車は、ただ窓が付いているというだけで特別車料金が一人500円かかるという詐欺的な車両。一般客車で味わえる開放感もなく、わざわざトロッコに乗る意味を否定するような車両なので、正直言えば有用なのは雨の日かそもそもトロッコ電車に興味のない人間くらいなもんだろうな。


なのになんで特別車のみの列車を選んでしまったのかと言うと…ちょうどいい時間の列車がなかったからとしか言いようがない(笑)。編成が短いのと、山を降りる列車のせいかカマが重連じゃなかった。まあ特別車編成の人気がないので、乗客の重量がさほどでもないのもあるかもしれないな。さすがに復路の1時間20分は子供も飽きたのか旅の疲れか眠ってしまったのだが、背もたれのない一般客車ではなかなか寝づらかったろうからそれだけは良かったかなw
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文学を 黒部の谷に 眠らせて

2016年08月26日 23時08分24秒 | 黒部峡谷鉄道

(黒部唯一の凸型電機@欅平駅)

欅平の駅で入替に活躍している凸型電機EDS13。箱型電機全盛の黒部のカマの中では唯一残る凸型電機らしい。箱型電機のキャブも決して広くなさそうだけど、凸型のキャブの狭さはこんなところに閉じ込められたら発狂しかねないレベルだと思う(笑)。ナローゲージの規格のため、小ぶりの車体ですが台車がとにかくでかくて図体の半分くらいが台車のように見えます。勾配での粘着力を出すには台車にそれなりの重量がないと貨物なんか牽引出来ないんだろうね。

  

定期列車の合間を縫ってやって来る、工事用列車のお相手が現在の凸型電機の役割。ウナギの寝床のような欅平駅の構内を行ったり来たり。我々が乗ってきた列車の乗客はとうに改札口の方に向かってしまっていたので、操車係がステップに箱乗りしながらの入れ替え作業を見学しているのはウチらの家族だけであった(笑)。頻繁なエンド交換をする入れ替え作業には、前後の見通しの良い凸型電機が圧倒的に効率がよさそう。


奥の引き込み線から何やら変わった形の箱が乗った貨車を引き出して来た凸型クン。何だかゴミ置き場に置いてある箱みたいだなと思ったら大正解。これは黒部峡谷の観光地や作業場で出たゴミを麓の宇奈月の街まで降ろすためのゴミ収集貨車で、「峡谷美人号」と名前が付けられている様子。想像を絶する自然が立ちはだかる黒部峡谷は、何をするにもこの鉄道が唯一の生命線になります。


深山幽谷人跡未踏の黒部峡谷に、本格的な開発の手が伸びたのは昭和初期のお話。日本が帝国列強と肩を並べるために、急速な工業化と軍需産業の発展を押し進めるためのエネルギー源として、峻険な黒部谷を水力発電の拠点とせんがためでありました。黒部第三発電所への導水路として、上流の仙人谷ダムからここ欅平までの間で行われた隧道工事は、150度を超える高熱の岩盤を掘り抜くという苛烈を極める難工事。300人を超える犠牲者を出しながら、2年半をかけて開通したその工事を巡る異様な姿を描いたのが吉村昭の「高熱隧道」。この小説はあまり本を読まない自分が珍しく何回も読み返すくらい好きなんだよねえ。

ちなみに吉村昭が「小説新潮」に寄稿した際の生原稿と万年筆が、欅平駅の待合室に展示されています。あんまり観光客の人は関心なさそうで見てなかったけど、アタクシ静かに感動してしまいましたねえ。ドキュメンタリーとして不朽の名作だと思うんだよなあ。まあここであれこれ感想を語るのも野暮だから、ぜひ読んでいただきたいとしか。
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真夏に涼の黒部谷

2016年08月22日 19時30分00秒 | 黒部峡谷鉄道

(紺碧の水湛え@宇奈月ダム)

宇奈月を出て黒部川の渓谷を新山彦橋で渡ると、右側にはうなづき湖の紺碧の湖面が広がります。光の加減もあるんだろうがすげえ色だ。確か井川線に乗って井川ダム見に行った時もこんな色をしていた記憶があるのだが、トロッコ列車とエメラルドグリーンのダム湖は相性がいいのだろうか。


黒薙温泉の最寄り駅、黒薙駅。車窓から黒薙川の谷を後曳橋で渡るの図。出来ればこの構図は車窓からでなく、駅のホームからしっかり固めて撮ってみたいもの。駅から20分の黒薙温泉は麓の宇奈月温泉の源泉で、宇奈月で使われる温泉はここからパイプで送湯されたものである事はあまり知られていない。ちなみに黒薙から温泉を引く送湯管を敷設したのは、現在の富山地方鉄道の電鉄黒部~宇奈月温泉間の前身である黒部鉄道で、黒部鉄道自体も東洋アルミナムというアルミの電気精錬と黒部川の電源開発を主目的に設立された会社の子会社でした。北陸得意の「電源開発&需要者としての鉄道&大工場」と言う産業振興メソッドですね。


猫又駅の近くにある黒部川第二発電所と、サンナビキ山に続くねずみ返しの大岩壁。車窓に続くのは、眺めるのも首が痛くなるような高みに切り立った黒部の峻嶮と、真夏にもその冷たさが伝わって来るような黒部川の清流である。日差しは強く暑い日でしたが、トロッコ電車はトンネルの中の涼しさが嬉しいよね。

  

猫又駅での交換風景。黒部峡谷鉄道は、宇奈月から少し先のダム湖までは並走する道路があるものの、そこから先は人跡未踏の断崖絶壁にに阻まれた峡谷を行くため、列車の撮影場所と言うのは相当に限られる。一般の人間は黒薙・鐘釣の両駅以外途中下車も許されていないので、黒部谷を走る列車の撮影は乗車しながらか、黒薙駅周辺に僅かに撮影スポットがあるだけ。


東鐘釣山と西鐘釣山に挟まれた、錦繍關(きんしゅうかん)と呼ばれる峡谷。秋の紅葉の頃はそれこそ錦織為す素晴らしい情景が広がるのだそうだ。そう言えば、この先の鐘釣には「黒部の万年雪」と言われる夏でも消えない雪渓が車窓から眺められるのだが、冬期間の雪が少ないのと昨今の地球温暖化のせいか、雪渓が消えていた。


観光鉄道でも工事列車を含めると列車の本数は多く、駅ごと交換のシーンがある。1面1線の黒薙駅以外の全てが交換可能駅で、夏休みと言う事もあって線路容量目いっぱいのダイヤを組んでいる様子。乗務員の皆様もフル回転である。特にトロッコ車輌はオープンエアーで窓がある訳でもないし、列車を離れれば安全の保障は出来ない黒部の厳しい大自然の中。客扱いをしない駅でも全部の列車が停車するので、勝手に降りちゃう観光客の監視などを含め神経を使うところでしょうな。


宇奈月の駅を出て1時間20分、深山幽谷はいよいよ極まれりと言う感じで終点の欅平駅へ。長時間の乗車で子供たちが退屈するorヨメさんが文句を言いだすかと思ったのだが、とりあえずそれはなかったのが幸い(笑)。一般乗客が乗って来れるのはここまでですが、この先も立坑のエレベーターで繋がった上部軌道(関西電力黒部専用軌道)が黒四ダムの発電所まで続いています。欅平の駅は、手前と奥で最大13両の編成を2つ分収容する長い長いホームが特徴で、奥のホームの外側に機回し線が付いている変則的な構造をしている。まあ土地の形状からして横には広げられないので、伸ばせるだけタテに伸ばしたんだろうね。到着列車は奥の降車ホームに入り、その後に機回し済みで待機していた編成が手前の出発ホームに入って来るスタイルです。
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峡谷の朱いシェルパ

2016年08月21日 17時00分00秒 | 黒部峡谷鉄道

(峡谷観光の拠点@黒部峡谷鉄道宇奈月駅)

今回の富山行、地鉄の話ばっかりしてますが2日目は黒部峡谷鉄道のトロッコ電車に乗って来ました。黒部峡谷鉄道と言えば、平成18年にみんなで鐘釣温泉まで行った時に乗った事があるので、9年ぶりになりますか。あん時はGWで、黒部峡谷がまだ芽吹く前の雪が残るかなり寒い時期でしたよね。河原の露天風呂に入れるか入れないかのギリギリの時期で、雪解け直後の谷を降り、落ち葉を掻きわけて露天風呂に入ったのを思い出しますw


と言う訳で前回は途中の鐘釣まででしたが、今回はどうしましょう。基本的には電源開発のために敷設された鉄道なので、観光目的は副次的なものという位置づけのため、乗車する料金がえらい高いのが黒部峡谷鉄道の難点でもあります。途中で折り返しても良かったんだけど、前回のリベンジを果たすべく思い切って終点の欅平までの往復切符を買ってしまいましたが、親子4人で1万円を超えた(笑)。「交通」と言うよりは遊園地のアトラクションみたいな感覚で考えないといけないのかもねえ。


まあ交通費で考えたら同じ県の立山黒部アルペンルートとかもっと容赦ないですけど、今やナローゲージとは言え「機関車牽引の客車で全列車が運行されている」鉄道って全国でも片手で足りる(あとは嵯峨野のトロッコと大井川の井川線くらい?)時代になってしまったので、重連運転で観光用トロッコを牽引する黒部のEDの価値というのも改めて見直さねばならんでしょうな。

 

夏休みですけど、黒部峡谷の奥では365日変わらずダム関連の電源施設の保守作業が行われています。構内では小さな無蓋貨車の入れ替えが行われていましたが、観光客が乗る定期列車の合間に資材を積み込んだ貨車を従えた関係者用の専用列車が走ります。黒部峡谷鉄道は黒部川の電源開発を統括する関西電力の100%子会社ですから、社員さんも関電の関連会社職員と言う事になりましょうか。


宇奈月駅では列車ごとに改札を行うのと、出発時間の関係であまりゆっくりとホームでの撮影を楽しんでいる時間はありません。あと、長編成になっちゃうとホームのギリギリまで列車が止まるのでカマのお顔をじっくり眺める事も出来ませんですかねえ。我々一行を黒部の奥地に誘う牽引機はEDR26&27のコンビ。普通客車7両と特別車6両の計13両を牽引します。


小屋平駅での交換シーン。前回の訪問時はそこまで鉄ヲタ視点で眺めなかったのであまり気づきませんでしたが、そもそも黒部のEDって小さいけれど、メカメカしくてカッコいいですよね。坑道を照らす作業員のカンテラのような大きな丸目のヘッドライトとか、大ぶりのコイルが巻かれたZパンタが全上げのところとか、側面に細かく穿たれた排熱用のルーバーとか、重連らしくカマ同士がジャンパ線で連結されているところとか、横に突き出た空転防止用の砂箱とか、サイズはミニでも峡谷の朱いシェルパは山男の貫禄十分なのであります。
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