フェンネル氏の奇妙な生活

独身のフェンネル氏と2匹の犬と90歳のボケた母親との生活を
通して人生をユーモラスにまたペーソスに一人語りいたします。

memory like an elephant's

2016-09-30 08:15:03 | Weblog

「象は非常に記憶力がよく、自分の身に起きたことは決して忘れない」福島がフクシマになった原発事故の記憶を数編の物語で表した柳広司の「象は忘れない」を読んだ。今年の2月に発刊されたのかな。いま皆がというかマスコミが忘れよう、なかったことにしようとしているフクシマ原発事故。誰も責任を取らなかった世界の不思議の事故。この事故の現実、この事故後の現実、被害者の分断作戦による疑心暗鬼。僕らが知らなかった現実が物語として語られるときへんに真実味を帯びているのはこれは本当のことなんだと暗に意味を込めているからだろうと納得してしまう。現状はこんなことがあって日本が3キロ避難だ10キロ避難だと言ってる間にアメリカは50マイル80キロ避難指示だった。政府や警察や県は原発が爆発する2時間前にどの方向に放射線物質が流れるのかを知っていたという事実。その結果を政府高官や県、警察、さらにはアメリカまでにつたえていた。国民の税金を130億もかけて作ったコンピューターシステムをつかって。何故地元住民には知らせず同心円で避難させて被爆させたのか。僕らも避難民の地元帰還許可ということにマユツバものだと思いつついつのまにかなかったことにしようという風潮に流れがちだがやはり立ち止まって事故の責任追及をしっかりしていかねばならない。ヨウ素131は8日、セシウム134は2年、ストロンチウム90は28年、プルトニウム239は約2万4千年。これが半減期。2011年には覚えていたことがいまではオリンピックに押され忘れてさられていた。この本は、もう一度、日本の在り方を含めて被害にあった人たちの心情に寄り添うべきだと教えてくれた。まるで象の問わず語りみたいに。「原発の建屋はジェット機が墜落してきても壊れません」と原発施設見学会で担当者が得意になって説明していたそうな・・。 「象は決して忘れない」。

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経年疲労

2016-09-29 07:44:21 | Weblog

この前、エアコンが壊れたと思ったらつい最近のこと風呂釜が壊れて経年疲労とのこと。昨日電話機が断末魔の悲鳴をあげてこれも経年疲労によるもの。人も使い過ぎで壊れていくんだから機械が壊れても仕方がないか。それよりいままで壊れずにいてくれてと感謝するべきなのかな。いやはや年月は恐ろしい。人の体で言えば脂肪はつき、関節はすり減り、代謝は悪く、血液の粘度は増し物覚え悪くとっさの判断でも体が反応しない。やたら眠たく笑いも乏しく人に会うのも億劫だ。基板でも壊れているのかなと思うけど人ゆえに基板交換もできない。これではダメだと無理に体を動かすとすぐに体のあちこちがツル。すべてが経年疲労かと残された部品を愛おしむかのように包み込んで寝る。アンチエイジングだと表面的な戯言をいうヤカラは多いけれど誰もリヴァースできてないところをみればヤレヤレと思う。「時間を止める」という発想が今必要なのかな。そう言えば子供の頃「時間よ止まれ」なんて番組がありましたね。ラジオ放送が始まったときの電波受信料契約を経年疲労させることなく平成の世まで生き延びさせるNHKの体制。そう言えば「時間よ止まれ」ってNHKの番組でしたね。時間を止めた方が勝ちなんだね。もうネットの時代に受信料なんてとっくに時代遅れなんだけどね。経年疲労でなくなってもらいたいね。

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ヒラリーvsトランプ

2016-09-28 08:02:49 | Weblog

ニューヨーク郊外のヘンプステッドにあるホフストラ大学で昨日行われた大統領候補による討論会「ヒラリーvsトランプ」を見ました。ライブでと思いましたが用事がありましたので録画して夜見ました。ライブだから同時通訳でしたから聞きづらいことこの上ないが通訳がないとさらに分からないテイタラクだから我慢して聞いておりました。               ヒラリーの堂々とした態度と大人しい印象のトランプ。というのかな。彼はいつもの勢いを抑えて好印象を与えようと余裕のあるパフォーマンスに始終してました。勝つか負けるかで白黒はっきりつけるのはアメリカの文化なんでしょうがすぐにクリントンが優勢と発表がありました。私が見たところボロ負けではなかったぶんトランプも踏みとどまったかなと思えるんですが。女性に対し遠慮する古き良き時代の男を演じていた今日のトランプと見えました。「口では女にかなわないや」くらいのノリでさ。政策論でいけば負けると端から分かっていたからの作戦でしょうか。どうもそのような気がします。調子に乗ってヒラリーがネガティブキャンペーンを繰り返すと思わぬところに落とし穴のような感じがします。まぁ、ヒラリーもそこのところは心得ていると思うけどこの時点でも予断は許されないからアメリカの大統領選って面白いね。次は10月9日でしたっけ。また楽しみだ。

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アチス

2016-09-27 07:37:57 | Weblog

昨日の安倍ちゃんの国会での所信表明のとき「今この瞬間も海上保安庁、警察、自衛隊の諸君が任務に当たってます。今この場所から心からの敬意を表そうではありませんか」と拍手をすると自民党議員全員が立ち上がり首相に倣った。と、まるでナチスのハイルヒットラーと同じだね。野党議員はまるで北朝鮮か中国共産党大会みたいだと言ったらしいけど。尖閣のことを念頭に言ってると思うけど何も命かけて仕事しているのは彼等だけではないんだからね。彼らに限って敬意を表されてもなぁ。狙いは憲法改正なんでしょうがあまりにも幼稚なパホーマンスにヒットラーの手法を真似ているんじゃないかと思ってしまう。所信表明も何回目になるのかね。何の成果もなく外交もできずにただ金を配りに海外旅行を国民の税金で繰り返すだけの政権なのに支持率が高いっていうから不思議。これって日本が危機の淵に追いやられてるってことだろう。自民党議員の中から「こいつは狂ってるぜ」という意見が出てこないっていうのがアベ「アチス」の台頭を許したのかな。今ならまだ間に合う。引き戻せ日本を。

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イッテQのアイガー

2016-09-26 08:27:39 | Weblog

「イッテQ」登山部がアイガーに登ると言うのでテレビを見ました。アイガーが美しかったのでテレビの画面を撮った。                             美しい山だね。この山にイモトが挑戦。彼女の登山技術というのかクライミング技術は確実に進歩していてそこら辺の山やじゃかなわない。演出もあるだろうがカメラワークがいいのかとても面白い。イモトは山が好きそうでないのが感じられてその距離感もまたいいね。それにアイガーでクソするなんてその度胸にも恐れ入る。アイガーがすっかり臭いものになった気がしないわけでもないけど快便とはこのことかな。キレットを進むときにはこっちも足がぞくぞくした。いくらビレーされているとはいえタレントでのし上がってきた人は根性が違うんだねと脱帽。本人は女優と言ってるけどその称号も捧げます。「あんたはエライ」と素直に思いました。いい画面見せてくれてありがとう。山っていいね。オレはトレッキングでいいですけど。

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空のはじまり

2016-09-25 08:36:13 | Weblog

どこかで小さな声がした。幼い子供の声だったかもしれない。シャガールの驢馬のこえだったかもしれない。                              空はどこからはじまるのだろう?                         その声が問うように言った

長田弘の「虹の木」という詩の中にこう書かれている。オオヨシキリや朝や昼や夜。風や雲や絵描きにハシブトガラスがそれぞれにここから始まると言い募ってるさなかに

虹だ。ふいに雨上がりの空から声が降ってきた。秘密を初めて打ち明けるような幼い子供の声のようなシャガールの驢馬の声のようなその声が言った。空が始まるんだよ。空に虹の木が見えるところから

虹の木が現れるとみんな立ち止まって黙って空を見上げた。             そのとき初めて空を発見したみたいに。

暗示しているものは何でしょうね。人それぞれの受け取り方だと思われますがそこらへんに回答があるような気がします。

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渡渉

2016-09-24 08:31:14 | Weblog

橋が壊れていた。ロープをたどって沢に下りる。沢を渡る。もう何回も繰り返してきた

            絵に描けばこんな具合。「滑るから気を付けて」と言われても滑る時は滑るのだ。下りたら登らなければならない。橋が架かっていた高さまで。橋の下が急坂なんだよな足場を探すのに一苦労。なぜかこっちの方が湿っていて滑りやすいのだ。それでも何とか沢を渡りきる。こんな時、不思議なことに後を振り向かない。前だけ見ている。いつもそうだったような気がする。前だけ見るのが登山なのかなとふと思ってしまう前といってもほとんど地面しか見てないけどね。花が咲いてるとかいい景色と言うのは見逃さないけど。僕らよりレベルが高い人達はまた違った景色を見ると言う。最近その景色が気になっている。山に限らずその全てにおいてだけど。普段見ているのとまた違った風景見てみたいよね。あいつの頭の中を見るようにさ。

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ねことじいちゃん

2016-09-23 08:04:03 | Weblog

ねこまきさんの「ねことじいちゃん」を読みました。ねこにはじいさんがよく似合う。                  じいちゃんにはねこがよく似合うのかな。75歳のじいちゃんとねこの二人暮らしをほのぼのと描いたものだが人気らしい。スケッチの参考になるからとバジルが貸してくれたものだけどストーリーがなかなかいい。老人目線と猫目線が交差してゆったりとした猫のリズムで日常が描かれている。「ここは、じいちゃんとばぁちゃんとねこの町」ではじまり「この人は大吉っつあん。吾輩の飼い主にして僕(しもべ)である」とねこが紹介している。これで立ち位置がわかる。猫はどんな猫でも飼い主はしもべと思ってるからね。うちのウルーも最近は外にいるのがお気に入りで朝と夕の餌の時だけ塀の上で声をかけてくるけど降りてこないもの。「おい、下せよ」というかのように抱きかかえられるまで待っている。「お前は何様だ」と言ったら「猫様だ」とでもいうように髭をピンと立てる。ここにも同じような「じいちゃんとねこ」がいるのです。

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飽き

2016-09-22 07:50:19 | Weblog

秋は飽きからきたと誰かが言ってましたね。何でも食べ物が飽きるほどある季節だからと。納得してしまう。人生の秋といえば初老期。飽きるほどの知恵の蓄えがあるのだろうかといえばそうでもない。それなのに生きることへの飽きがくる。「この世にもう飽きた」と叫びたい衝動がどこかにある。飽きないで毎日続けることが才能だとも誰かが言ってたかな。英語でautumnフランス語でautomeneこれにはどんな意味が隠されているのだろう。昨日は夏の終わり、今日は秋の始まり。なんだか不思議な出発の響きがするというようなことを立原道造が書いていたような。そう言えば日本語も秋はあで始まり英語もフランス語もaで始まっているんだね。これって偶然なのかな。そんなことを思いながら「日本百名山」の地図を飽きるほど眺めている。これから紅葉を迎えて山がきれいだと思いをはせながら。飽きないというか懲りないと言うのが当たってるなと苦笑い。これも才能の一つなんだろうか。

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ついてない

2016-09-21 08:00:38 | Weblog

伊吹有喜さんの「今はちょっとついてないだけ」を読んだ。三浦しをんさんふうでクーネルふうで俺たちの旅ふうで面白かった。パコで舌を焼くほどの熱いコーヒーを出したら苦くて飲めないと思うけど人のつながりにパコが妙にうまくて一気に読んだ。女性がアウトドアに絡むと妙に面白いんだよね。直接ではないにしろ男の視点とずれているからか切迫感がなくていい。鈴木みきさんの「山においしいものを食べに行こう」だったっけ、これも面白い。というか参考になりました。酒の名前だったり山小屋のメニューだったりですが。みきさんは実践山派で岩でもなんでも登る人ですがみきさんが書くと崖でも鎖でも簡単にいけそうな感じがするから不思議。その先にビールがあるからかな。こちらも山の仲間とのつながりに酒がみょうに面白いんだよね。どちらも一歩一歩進んでいればまだ見たことのない風景に出会えるってことなのかな。「ついてない時期は抜けたようです」って未来は明るくって言ってますよ。

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